6話:ただ見ていた。


 俺たちが窓から覗き見たものは魔物化した巨大なウォートホッグが縦横無尽に暴れ回る姿だった。父さんたち相手にも散々暴れまわったのだろう、全身に折れた矢が突き刺さっており、切り傷を負っていた。まさに満身創痍と言った様子だが、それでも農具で武装した村人や補強した柵などお構いなしに村中を蹂躙していく。


「行かなきゃ!」


 咄嗟に背負った弓に手をかけたつもりが、その手には何も握られない。今日は狩りをする準備などしていなかったため、弓も、矢筒も持ってきてはいなかった。腰には短剣が差してあるが、ヨハンの使っていた剣よりも短いこれで有効な傷を与えることはできそうにない。それでも衝動が抑えられない俺は倉庫から飛び出そうとするが、すぐさまレオンに羽交い締めにされ、押し倒された。


「ダメだ!今言っても死ぬだけだ!この倉庫の土壁なら少しは持つかもしれない!」


「でもみんなが!」


「今は生きるんだ!死んだら元も子もない!」


 その時外から大きな悲鳴が聞こえた、村長の声だった。レオンはそれでも俺を押さえつけている。俺の背中になにか伝うのを感じた。俺は思わず動きを止める。それに気づかないのか力を込めたまま、レオンは涙で濡れた声で言葉を続ける。


「僕は村長の子供だ、だから、一人でも多く、村人を守らなきゃいけない!お前だけでも生きててほしい!だから行くな!」


 俺の願望から出る行動とは違う、限界まで理性に身を委ねた言葉だった。本当は誰よりも父親にすがりたいのは他でもないレオンのはずだった。だとすれば俺の行動は決まっていた。一瞬力が抜けたところを見計らい、拘束を抜け出して柵を組み立てる時に使った長い杭を取る。レオンは非常に焦ったような表情で俺を咎める。


「ジークお前!」


「大丈夫だ。出ていかない、でも何も準備しないのも違うだろ?」


 俺は行動で示すかのように座り込むと、杭の先に短剣をロープで括り付ける。削った杭よりも、鉄の短剣のほうがよっぽど効果的だと思ったからだ。レオンは服の袖で涙をこすると俺を習うように杭を取り加工していたナイフを括り付ける。もし倉庫が破壊された時に、ウォートホッグと戦うための武器にするためだ、短剣やナイフよりは、槍のほうがまだましだ。俺たちは半分ヤケになっているようだった。



「オイオイ!何だこれは!」


「遅かったか!」


 倉庫で唯一木製の扉に、やりを向けて息を潜めていると、聞き覚えのない声が外から聞こえた。冒険者がやってきたのだろう。俺たちは再び窓から外を覗く。そこには魔物に立ち向かう4人の冒険者の姿があった。金属鎧に金属の大盾を構えた戦士が大声を上げる。いわゆる鬨の声ウォークライというものだ。それに惹きつけられた魔物が戦士に向けて突進する。戦士は盾を構えたまま微動だにしない。




「土の精よ!我に強固な守りを与え給え!【鉄壁アイアンウォール】!」


 戦士を橙色の光が包み込むと共に魔物の突進を真正面から受け止める。カールのことを思い出し、一瞬目をそらしかけたが、そこには地面がえぐれた跡があるものの、突進を真正面から受け止める戦士の姿があった。お返しとばかりに目に剣を突き刺そうとするも、俺が矢を弾かれたのと同じように剣が弾かれる。リーダーらしい槍を構えた青年が即座に状況判断を行い一党パーティに指示を飛ばす。


「魔力障壁だ!アンナ、支援を頼む!マリーは村人の治療を頼む!」


「わかったわ。火の精よ、力の一端を我らの刃へ宿らせたまえ【付与術エンチャントファイア】」


 女魔術師が呪文を唱えると戦士と槍術士の持つ武器の刃に赤い光が宿る。戦士が襲いかかる魔物の蹄や牙を盾で反らしながら再び剣で攻撃する。先程は弾かれた斬撃が、今度は容易に魔物の毛皮を肉ごと切り裂き、血肉が焼ける嫌な匂いがあたりに広がる。魔物は悲鳴に近い鳴き声を上げ、その巨大な体躯で押し潰すように戦士に襲いかかるが、金属鎧の重量を感じさせない軽快な足取りでそれを避けるとお返しとばかりにまた斬りつける。鼻先を切り裂かれた魔物は怯んだのか戦士から大きく顔をそむけた。


「風の精よ!我に神速を与えたまえ!【加速アクセル】!」


 槍術士は戦士の斬撃で怯んだ魔物の隙きを見逃さず目にも留まらぬ速さで跳躍するとその背中に深々と槍を突き刺し、かき回すかのようにひねる。明らかに内蔵に重篤なダメージを負ったであろう魔物の口元からは泡立ち濁った血液を大量に吐き出した。それでもなお目の前の戦士に襲いかかろうとするウォートホッグに女魔術師が止めの一撃を加える。


「火の精よ、燃え盛る炎の矢にて、我らの敵を貫きたまえ!【火矢ファイアボルト】!」


 杖の先から放たれた炎の矢が魔物の体を貫き、ついに巨大な獣は地に倒れ伏した。確認する必要もないと直感するほどで、躰の穴から向こうが見えるようだった。リーダーの槍術士は念には念を入れてえぐれた心臓のあたりをついた後、力を抜くように息を吐く。それと同時に纏っていた緑の光が消えるのがわかった。


「よし、仕留めた。満身創痍で助かった。マリー、村人の様子はどうだ?」


「5人も生き残っていません……家もほとんど潰れてしまっています……。」


「大丈夫なのはあの倉庫みたいな建物だけだな。」


 俺たちは今度こそ倉庫を飛び出した。冒険者の一党はこちらを見て構えるが、俺たちが人間の子供だと見て取れたのかすぐに警戒を解いた。俺たちは周りを見回し、もはや見る影もない村の状況を確認した、まるで一人ひとり念入りに殺そうとしたかのように潰れた家々、あたりから漂うひどく不快な臭い。そして至るところにこびりついた赤。俺は反射的に自分の家があった場所を見る。まだ母さんがいたはずのその場所にはただの瓦礫の山があった。

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