3話:討伐

 結局、ペーターとカール、そして俺の弟子組3人は全員の同行を許された。俺は予備で置いてあった一回り大きな弓と短剣を持たされた。弓は引くのに多少力はいるが、十分に使える、いつもより遠くの獲物だって狙えるだろう。


 体格のいいカールは板材を重ねて作った大きな盾と先を尖らせた杭に革紐を巻いてグリップを効かせたものを槍の代わりに持たされていた。カールは片手で軽々と持ち運んでいるその盾は見た目からでも重く見える。普通のウォートホッグならば軽々受け止められそうなものだが、魔物相手にどれだけ対応できるかは未知数だ。冒険者的には盾役タンクの役割になる。


 ペーターは後方支援用のスリングを持ち出してきた。彼は弓よりもスリングの扱いが上手い。投石というものは案外強力なものでうまく当てれば大物のウォートホッグすら一撃で葬ることが可能だ。それに何より、弓と違って投射物の制限が少ないのがいい。ペーターは何やらとっておきを持ってきたらしいが、秘密だと言われた。


 クラウスはいつもの狩装束とナタ程度のものだが、ヨハンは皮鎧一式と剣を差し、大きな袋を背負っている。


「ヨハン。俺はカールがかすり傷でも追ったら許さねぇからな。」


「街の霊殿へでも連れてってやるさ。蓄えはある。」


 先導して森を進むヨハンとクラウスは何度も同じようなやり取りを繰り返している。いつもはここまで深く森の奥へ進むことはまずない。魔力が淀んだ瘴気は人体にも悪影響を及ぼすため、あまり深くまで潜り込まないようにしている。しかし魔物は瘴気をむしろ好ましく感じる傾向にあるため、今は森の奥深くにまで隠れてしまっている可能性が高い、とヨハンが言っていた。しばらく歩いた頃、茂みが揺れるのが見て取れた。俺たちは各々武器をとるが、茂みから現れたのは父さんだった。


「ヨハンとクラウスか?足音が多いが……ってお前ら!」


「俺が許した。手数は多いほうがいいのはお前だって知ってるだろう。責任は俺が取る。ほら、お前の分だ。」


 父さんは俺たち弟子組を見て潜めていた声を思わず荒げた。しかしヨハンの強い眼差しに根負けしたのか、大きな袋を受け取り頭をかきむしって一つ大きな深呼吸をして無理やり気持ちを押さえつけた。父さんが袋を開くと驚いた様子でヨハンに一瞬目を向けてから袋の中のものを取り出す。それはヨハンの来ているものと同じくらい古ぼけた鎧だった。


「村長にはジークから話をさせたはずだが?」


「あぁ、だが討伐隊が来るまでまる1日はかかる、それまでに村が襲われるのはお前が一番良くわかってるだろう。」


 父さんはなれた手付きで鎧を装着すると、最後に今まで見たこともないような立派な弓を袋から取り出した。輝くような白銀の金属で作られた弓で中央部には宝石のような赤い石が埋め込まれている。これ一本で村に庭付きの家が建てられるような一品、いやそれ以上に活のある品物に見えた。硬い金属の弓であるにも関わらず父さんは難なく弦を張り、その張り具合を確かめる。


「黙ってて悪いなジーク。俺も実は昔、ヨハンと一緒に冒険者をしてたんだ。この装備もその頃のものだ。全く、未練に残るから処分しろって言ったのに。母さんはお前のことをよくわかってるからな、このことをお前に話せばお前は冒険者になりたがるだろう。母さんはそれを望んでいなかった。」


 父さんは懐かしそうな目で手の中の弓を見るとそれを強く握りしめる。ヨハンもそれを見て剣を引き抜くと俺たちも武器の準備をした。


「やつのねぐらは見つけた。ジーク、続きは帰ったら話してやる。」


 父さんの先導でしばらく森を歩くと、北端が壁のように立ちふさがる崖になっている開けた場所に出た。空気はやや淀んではいるが、瘴気が発生するほどのものとは思えない。せいぜいしばらく開けてない倉庫程度のものだろう。俺は背後に気をつけながら様子をうかがっていると父さんは手で一行に静止を促す。続いて指差した先には洞窟が口を開けていた。


「まず俺が射掛けて誘き出す。出てきたところを弓と投石で攻撃する。それで倒せればいいが、無理そうならカール、お前が前で受け止めるんだ。できるな?」


「は、はいっ……」


「あ、あのっ……」


 魔物の討伐の手はずを考えている中、ペーターが口を挟む。一つツバを飲み込むとおずおずと作戦を語りだす。持ってきたとっておきのものというものを取り出すと父さんは子供のように顔を輝かせて作戦を組み立て直した。


「よし、これで行ってみるか。」



「よし、俺ならできる!くらいやがれ!」


 とっておきと言いつつも、それの出番は一番最初だった。とっておきをスリングで振り回し、洞穴に向けて正確に投擲する。かなり距離が離れているにも関わらず、十分な高さで洞穴に吸い込まれていったそれが中で割れる音がした。それから数秒もせずに悲鳴のような鳴き声とともに歪に巨大になったウォートホッグの魔物が飛び出してきた。走る方向はメチャクチャでのたうち回るようでもあった。


「よく効いてるな。」


 ペーターが持ち出したのはペパの実をすりつぶした香辛料の入った壺だった。壺が割れて中に詰まった粉末がぶちまけられたのだ。こればかりはウォートホッグもひとたまりもないだろう。しかし、だからといって目潰し程度の役割にしかならない。だが、されど目潰しというものだ。向こうから攻撃を受けることなく一方的に攻撃できる時間を稼げる。


「よし、叩くぞ!」


「ほら、こっちだ!」


 ヨハンの掛け声で全員で一気に射掛ける。盾役が一人しかいないので攻撃が散らないように大盾をバリケード代わりにしてその後ろから攻撃している形になる。カールはもうすでに吹っ切れているようでやけくそ気味に叫んでいる。しかしそのおかげでむちゃくちゃに動き回らずにある程度動きを制限できている。


 いつも使っている弓とは勝手が違ったので最初は少し外したが、コツを掴んでからは命中するようになった鋼鉄の鏃のその威力は、舌を巻くほどだった。分厚い毛皮を突き破って肉に完全に食い込んでいる。それでももう矢筒の半分以上は矢を射掛けているが、まだ倒れそうにない。


「よし、ジーク、こういうタフな手合いのやり方を教えてやろう。」


「アーデム、そんなことやってる場合か!」


「まぁ、みてろよ。」


 ヨハンに文句を言われつつ父さんはそう言うと暴れまわるウォートホッグの足を正確に射抜いた、バランスを崩したウォートホッグが倒れ込み、そこに刺さっていた矢がより深く突き刺さる。ウォートホッグの口元から血が流れ出すのが見える。おそらくいまので内臓が傷ついたのだろう。


「これなら頭も狙いやすいな。ジーク、やってみろ。」


「アーデム!!!そんなことできるなら最初から頭を狙え!!!!!」


「やってみる!」


 そう言って俺が狙いをつけようとしたとき、風を切るこぶし大の石がウォートホッグの頭部にめり込んだ。遠目から見ても頭蓋骨が陥没して脳が破壊されているのがわかる。魔物になっていたとしても、元は生物だ、脳や心臓などの重要な部位を潰されればどうしようもない。ウォートホッグもその楔からは逃れられず、その一撃でついに力尽きた。もちろんこの中でスリングで投石しているのはペーターだけだ。彼の方を見てみるとスリングを握りしめて感慨深そうに力を込めていた。


「あぁ!投げすぎて肩痛ぇ!どうだ親父!これで一人前だぁ!」


「アーデム、教育熱心なのはいいが、今回はペーターの手柄だぞ。カール、一緒に来い。念の為盾は構えておけ。」


「あ、うん。」


 俺と父さんはなんとも言えない表情で視線を交わすと自然と苦笑いに変わった。ヨハンは盾を持ったカールを連れて倒れたウォートホッグに近づく。生命力の強い生き物は最後の力を持って反撃してくる場合もある。なので剣や杭のようなもので確実に息の根が止まったかどうか確認する必要がある、と父さんが説明してくれた。


「よし、大丈夫だ、もう心臓も止まっている。」


「ヨハンさん!」


 次の瞬間。凄まじい衝撃音とともに大盾ごとカールが吹き飛んだ。

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