2話:魔物狩り

「こりゃあ……まずいな。魔物化してやがる。俺はちょっと様子を見てくるから、お前は村長に報告してこい!」


 父さんは偵察と警戒を兼ねて森の奥へ進んでいく。本当は俺もついていきたかったが、今の俺がやるべきことはそれではない。弓を背負い森を出ると村の中央の村長の家へと真っ直ぐに走った。息を切らせながらドンドンと扉を強く叩いた。


「どうした?って、ジークじゃないか。」


 扉を開けたのは村長の息子のレオンだった。レオンは俺と同い年で親の手伝いを始めてからもよく一緒につるんでいる親友のような間柄だ。キョトンとした表情のレオンに俺は頭の中を整理しながらなんとか言葉を紡いでいく。


「ハァ…ハァ……森に、魔物、村長は……?」


 レオンは頭の回転が速い、俺の拙い言葉でもすぐに理解したのか一瞬顔を青くするも一息つくとすぐに気を取り直して表情を引き締めた。この世界の生態系も地球のものとは大きく変わらない、せいぜい個々の生物や生態が変わるだけだ。ただ、この世界に存在する魔力というものを考慮すると事情は大きく異る。森の奥や洞窟などでは魔力が淀んで瘴気となることがあるそうで。その瘴気を浴び続けた生物は凶暴化、攻撃的になり物によっては大型化することもある。そうなってしまった生き物は魔物と呼ばれ討伐対象となる。しかし、討伐隊を組織するには村長の権限が必要だった。


「わかった、父さんに伝えてくる。ジークは戻ってきたばっかりで悪いけど大人の人に伝えてきてほしい。」


 俺の村には狩人が俺のような手伝いを除いて三人いるが、魔物を相手にした時にどうなるかは未知数だった。司祭様は魔物になると元の生物とは比較にならないほど危険と言っていたのでウォートホッグのような本来複数人で狩る生き物が魔物化しているとなると、討伐できる期待値は低い。しかし、だからと言って伝えなければどうもこうもならないだろう。


「うん、わかった。気をつけて。」


「ジークも!」


 俺たちは短く言葉をかわすと慌ただしく走り始めた。俺はまず森に面した畑を持つ家に向かった。魔物が一番最初に目をつけるであろう場所は間違いなく食料が豊富な畑だろうという考えからだった。自分で言うのもなんだが、普段から村の人のためになろうと働いていたのが幸いしたのか、子供の言うことだと邪険にせずに俺の話を聞いてくれた。


 次に俺は父さんの猟師仲間が詰めている森近くの小屋に走った。すると運良く二人共そこで猟具の手入れをしているところだった。その手伝いの子供も一緒だった。俺より年上だがあまり仕事に乗り気ではないようだ。


「よぉ、ジーク。今日は一人か?」


「クラウスさん!ヨハンさん!良かった。ウォートホッグが魔物になったって父さんが偵察に行ったんだ!」


 父さんの猟師仲間のクラウスとヨハンは俺が魔物のことを伝えると急に表情を険しくした。二人が愛用している弓矢だけでなく大きなナタや斧を目の回るような速さで用意する。特にヨハンさんはどこにしまってあったのか古そうな革鎧まで用意している。


「カール、ペーターお前たちは柵の補強を手伝ってこい。ジーク、村長には伝えたか?」


「伝えた!畑の人にも言ってあるから他の人達にも伝えてくる!」


「いや待て!」


 走り出そうとする俺を引き止めたのはヨハンだった。古くはあるがよく手入れされた鎧をまとったその姿は狩人と言うよりも噂に聞いた冒険者のようだった。今までさわるなと言われていた鍵のかかっていた箱の蓋を開けるとその中からは今までに見たこともなかった物が取り出された。それは刃渡り60cm前後のヨハンの大柄な体格からすれば短い『剣』だった。思わずそれに見とれていると、それよりもさらに一回り小さい短剣を取り出して、それを俺に差し出してきた。


「おい!まだ子供だぞ!」


 クラウスはヨハンの意図を理解したのか血相を変えて彼の肩を掴む。それを見て俺は本能的にその意味を悟った。


「ジークは弱ってたとはいえ成長したウォートホッグを仕留めてみせた。狩人としては一人前だ。あいつには悪いが3人で魔物化したウォートホッグを仕留めるのは難しい。ジーク、お前は俺達と来い。」


 俺は差し出された短剣を受け取る。少々重たく感じるが、振ることくらいはできるだろう。鞘から引出抜いたその刀身は普段使っているくず鉄でできた鉄器とは比較にならないほど混じりけのない鋼鉄で出来ていた。俺の手に、力が握られているような気がした。俺は小さくうなずくと腰帯に短刀を差した。


「ヨハン!ジークも何してんだ!」


「俺が責任を取る!」


 半分激昂しているクラウスにヨハンは毅然とした態度で返した。クラウスは半ば諦めたような表情で舌打ちを一つすると半ば諦めたような表情で腰に下げていた鏃袋の一つを俺に渡してきた。ずっしりと重たいその袋の中には、短刀と同じ、混じりけのない鋼鉄で作られた鏃が入っていた。


「お前を守れない弱い大人で悪いな。鋼鉄の鏃は重たい。少し上を目掛けて狙うんだぞ。」


 その様子を見ていたカールとペーターは唖然とした様子だったがすぐに気を取り直した。ようでヨハンとクラウスにつっかかり始める。


「ジークだけずるいぞ!俺たちも連れてけよ!」


「そうだよ、親父!俺だって親父みたいな冒険者になりたいんだ!」


「ラビットの突進で尻込みしてるやつが何してやがる!」


 二人は痛いところを突かれたようで一瞬口ごもったが、ヨハンの息子でもあるペーターはそれでもなお食い下がる。俺は今まで知らなかったがペーターはヨハンが元冒険者であることを前々から知っていたようだった。それ故に冒険者の息子である自分を差し置いてただの猟師の息子で、しかも年下の俺が選抜されるのは、あまり心境のいいものでもないだろう。カールだってそうだ。だから俺は二人と一緒に行きたかった。


「俺からもお願いします。ペーターたちと一緒に連れて行ってください!」

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