第2話 77.777
珍しく目覚めると静かな朝が私を迎えてくれた
まだベッドしかない私の部屋
オリオンの2階には部屋が3つある
ひとつはマスターの部屋、ひとつは私が今いる部屋、もうひとつはコーヒー豆やその他の在庫などを置いている物置部屋
枕元の時計を見るともう11時だった
さすがに寝すぎたか そう思いながら昨日借りたジャージ姿のまま1階に降りた
下に降りるとマスターがカウンター席で座って本を読んでいた
おはようございます
私が声をかけると、マスターは本を閉じ、こちらを振り向いた
「おはようございます、よく眠れましたか?おや、昨日よりは顔色がいいですね」
と声をかけてくれた
最近の中では1番快眠でした
今日はお店休みですか?
「それは良かったです、今日は臨時休業です。千尋さんの色んな準備などもありますので。」
準備??
「そうです、とりあえず朝ごはんにしましょうか」
そう言いながらトーストと目玉焼きを出してくれた
いただきます
とても久々の朝ごはんだった
途中でマスターがホットコーヒーを出してくれた
「この店の一番人気のオリオンブレンドです」
ふんわりと甘い匂いのする、カップを手に取り1口飲む
優しい匂いとは正反対のキリッとした濃い苦味の味だった
ブラックは苦手だったが不思議と美味しく感じた
美味しい、ブラック苦手だったんですけど、この味好きです
「それは嬉しいですね。ブラックデビューですね」
マスターはそう言って微笑んだ
美味しかった 素直にそう思った
その感情だけが頭に浮かぶ
もうあの家の事なんて頭にない
今の居場所は違う
私の食べた皿を下げたマスターが1枚の紙を持ってきた
「一応このお店で働いてもらうので契約書的なものを作りました。よく読んで、問題がなければサインをお願いします」
〜雇用契約書〜
・学校へは週3.4回行く
・給料は黙って受け取る
・何かあったら絶対些細なことでも報告する
・パチンコは辞める
・タバコは…程々にする
・死なない
・休みの日は思いっきり休む
私は全て読み終えて微笑みながらサインした
「ありがとうございます。ではこれからよろしくお願いします」
こちらこそよろしくお願いします!
私は立ち上がりお辞儀をして言った
1度、2階にあがりマスターに渡された服に着替える
白のカッターシャツに黒のズボン、黒のロングエプロン
緊張しながら1階へ降りる
「とても似合ってますね。服の色が地味だから金髪のショートヘアが映えますね。素敵です」
素直に照れてしまった。
この髪の事褒められたの初めてだった
マスターに一通りコーヒーの入れ方、豆の扱い方、ポットなど場所を教えてもらった
「あー、あとこちらがメニューです。少ないのですぐに覚えられると思いますが」
と言いながらメニューを渡された
DRINK
・ブラックコーヒー
・オリオンブレンド
・アイスコーヒー
・アイスティー(アールグレイ)
FOOD
・ナポリタン
・オムライス
・カツサンド
・アップルパイ
結構少ないですね
そう言いながら一通り目を通した
「そうですね、何せ一人でやってるものですし」
プルルル
マスターと話しているとお店の電話が鳴った
マスターが電話に出る
「はい。分かりました、よろしくお願いします」
静かに受話器を置いた、マスターが私に話しかけた
「今日、千尋さんの為に常連さんが練習台になってくれるので頑張ってくださいね」
え?え??この後ですか?
「はい、もうまもなく来ると今電話がありましたので」
ドキドキするな、そう思いながらマスターと並んでカウンターに立って、お客さんを待っていた
カランカラン
店のドアの開く音がした
「よっ!タケちゃん来たぜ」
マスターとあまり歳の変わらないであろう男性だった
その男性は私の立っているの向かいの席に座った
いらっしゃいませ
私が声をかけると腕を組んで下を向いた
マスターの方を向くと
「この人はいつもメロンクリームソーダを飲みます
メニューにはないですが物はあるので用意してください」
え??
私は少し戸惑いながら、グラスをとり、メロンソーダを入れてアイスを上に乗せて、ストローを添えて
カウンターに置いた
お待たせしました
その男性は肩を揺らしながら大声で笑いだした
「俺、炭酸飲めねぇよ」
私が少し眉間にシワを寄せてマスターを見ると
手を口に当てて 静かに笑っている
「こりゃ失敬」
マスターが私に言った
「タケちゃんも中々悪いなぁ」
男性も楽しそうに笑いながら言った
私は何も楽しくない!!
「ハメられたなぁ、お姉ちゃん。名前は?」
私はカウンターに置かれたクリームソーダをとりながら少し怒り混じりに答えた
千尋です
「千尋ちゃんか、可愛いね。俺は細川。ここの常連だから、よろしくね」
そう言いながら右手を差し出された
私も右手を差し出し握手をする
「細川さんはいつも、オリオンブレンドです」
カップと豆を出しながらマスターが言った
私はそれを受け取り、先程教えて貰った通りに入れる
コーヒーは一気に抽出しない
輪を書くようにお湯を注ぐ
最初のお湯を注いでから30秒蒸らす
初めて注いだコーヒー
上手くいったかな
そう思いながら細川さんの前にカップを置いた
お待たせしました どうぞ
細川さんは無言で受け取り、1口飲んだ
深く目を閉じた後
「センスあるんじゃない。豆のエグ味が出てなくて初心者とは思えないな」
嬉しかった
褒められた
少しドヤ顔でマスターを見ると先程間違って作らされたクリームソーダを飲んでいた
「良かったですね、千尋さん。細川さんは、たまに私のコーヒーにも文句を言ってくるくらいのクレーマーなんですよ」
その言葉に細川さんは何も言わなかった
その後は3人でたわいも無い話をして過ごした
「千尋ちゃんまた来るねー!ごちそうさま」
細川さんが手を挙げながらドアを開けて出ていくのを
ありがとうございました。とお辞儀しながら、見送った
マスターと並んで洗い物をする
私はカップや、スプーンを
マスターはドリップの機械を
平和だな
なんか久々に楽しい日だった
これからずっと続くといいな
今日よりもっと楽しい明日になるといいな
素直にそう思った
洗い物を終え、手を洗い、伸びをしていると
「千尋さん、今日はお疲れ様です。これは初任給です」
初任給と綺麗な字で書かれた封筒を手渡された
あ、ありがとうございます
受け取った瞬間、不思議に思った
すごく重たい、その上、分厚い
すいません。これ今開けてもいいですか?
「構いませんが?」
マスターは少し不思議そうな顔をして返事した
封筒を開けて中身を出す
そこには
1万円札が7枚
1000円札が7枚
100円玉が7枚
10円玉が7枚
1円玉が7枚
77.777円……
マスターこれは受け取れません!!
「おや?契約書にも書いていたはずですが給料は黙って受け取ると、それともその数字を見るとパチンコ屋さんに行きたくなりますか?」
微笑みながらマスターに言われた
私はカウンターに手を付き、下を向いた
顔の真下にある封筒が濡れる
ポツポツと音を立てて封筒が涙で濡れる
なんで、なんでこんな私にそんなに優しくしてくれるの?こんな事してもマスターの為になんてならないのに
「私は千尋さんのこれからに投資しただけです。もちろん今日の働きがそのお金の量っていう訳ではありません。これからここで住むのに物もいるでしょう?貴方はまだ若い、これからもっと学ぶことも沢山あります。こういう人間もいるということ今日でひとつ賢くなりましたね」
顔を上げてマスターを見る
「そんなに泣いては、美人の顔が台無しですよ。涙を拭いてください。そうだ、必要なものがあるなら一緒に買い物へ行きましょう。この老いぼれでも荷物持ちにはなりますから」
ありがとうございますありがとうございます
私は何度もその言葉を繰り返した
2人で、外に出るとほとんど落ちてる夕日が私たちを明るく照らした
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