オリオンとシュガー
晴川 滝
第1話 コップの底の砂糖
先生ここが気持ちいいんだ?
「お、おい、宮前止めろって、落ちるだろ!」
私の抑えている、椅子の上に立つ先生に怒られた
ちょっと足こそばしただけじゃん
「はぁ、もういいぞ、帰りな」
掲示物を貼り終えた先生が降りてきた
うん、じゃーね!また明日ー
私の名前は宮前千尋
高校2年生
髪は茶髪、学校もたまにしか行かない
友達もあまりいない、家に居場所もない
タバコも吸う、ギャンブルもする
将来、特にやりたい事もない
世間では不適合者なのかもしれない
でも何も不自由ない
私はそれでいいし周りも何も不自由ない
それで良くない?
私は学校の帰り道、駅のトイレで私服に着替えてからパチンコ屋に入る
学校に行った日はこれが日課だ
うるさくて、臭い空間が私を出迎える
適当に見回りスロット台の前に座る
機械の音がうるさいのでイヤホンをする
メダルをスロットに入れ、回す
ひたすら繰り返す
何が楽しいんだろ
勝ってお金が出来ても何に使うあてもない
どうせまたスロットにつぎ込むかタバコ代になる
負けたらまたバイト探さなきゃいけないのに
時間が潰せるからいいけど
早く当たんないかな暇だな
そう思いながらタバコに火をつける
癖のある臭い匂いが鼻に入る
灰を落としもう一度吸おうとした時、当たった
やっと当たったよ
でも今日は勝ちかな
タバコの火を消して打ちなおす
時間はまだ6時半前
まだこんな時間か
時間を見ていたスマホに通知が来る
彩花からだった
「今日呑み行かないー?男2人といるんだけど」
またか
彩花の連れてくる男はろくな奴居ないから嫌なんだよな
こないだも、1人はやたら横座って体触ろうとしてくるし持ち帰ってヤろうとしてんの見え見えで気持ち悪かったし
ごめん、今日バイトだわ
返信してスマホをポケットに入れる
結局+か
今日はよく出たな
パチンコ屋から出てまたタバコに火をつける
苦くて、臭い匂いが鼻に入る
タバコを吸いながら自転車の止めてある駐輪場まで歩く
ん?
どしたあの人
私が歩いていると駐輪場の少し手前の歩道で四つん這いになっているお婆さんが居た
私は、素早くカバンから取り出した携帯灰皿にタバコを入れて、小走りで向かう
大丈夫?
私がそう声をかけるとお婆さんは顔を上げて私を見る
「ごめんね、さっき自転車にぶつけられてねぇ、コケた時に腰をうってしまったみたいで立てなくて」
マジか、とりあえずここ危ないから端っこ行こ?
ウチが肩貸すからちょっと掴まってみて?
お婆さんは私の肩を弱々しく掴むと何とか立てた
ちょうどあそこにコンビニがある
中に座って飲食のできるタイプだ
ゆっくりゆっくりお婆さんとコンビニにたどり着いた
ここに座ってちょっと待ってて
私はお茶と絆創膏を買ってお婆さんの元に戻った
ほら、お茶、あと手出して、擦りむいてるでしょ
「ありがとう、ごめんね、こんな老いぼれなんかに構ってる暇ないのにねぇ」
何言ってんだよ、ほら
レジで貰ったウエットティッシュで手を拭き、絆創膏を貼る
お婆さん身寄りの人は?
「いないねぇ、爺さんは亡くなってしまったし、息子も家には居ないからねぇ」
そっか、お婆ちゃん、家は近いの?
「ここから二駅の〇〇町だよ」
そっか
私は返事して外を見る
運がいいことにここは大通りの前だ
ちょっと待ってて
私は外に出てタバコに火をつけて、スマホを取り出す
番号番号っと、あった
直ぐにかける
あーすいません、1台寄越してくれますか?
はい、△△駅の近くのコンビニ前まで
え?行先?
〇〇町です
10分後?分かりました
はいお願いします
コンビニに戻り声をかける
お婆ちゃん、帰れる?もう痛くない?
「大丈夫だよ、少し痛いけど落ち着いてきたねぇ家に帰って湿布貼って安静にしたら治るよ」
そっかなら良かった
少し話している内にコンビニの前にタクシーが来た
お婆ちゃん行こっか
「え、タクシー呼んでくれてたのかい?本当に申し訳ないねぇ」
私の肩を掴みながら、立ち上がり先程よりかはスムーズに歩いてタクシーまで向かう
運転手がこちらに気づきドアを開けてくれた
お婆ちゃんがゆっくり乗り込む
じゃあね
「何もお返しできなくてごめんね本当に助かったよ、名前だけ聞いてもいいかい?」
いいんだって、名前?千尋だよ
「千尋ちゃんかい、いい子だよ千尋ちゃんは」
私の手を掴み何かを渡す
何かの紙のようだった
そこには住所と名前が書いてあった
「何も出来ないけどねぇ、もし何かあったら、ご飯でも食べにおいで千尋ちゃんならいつでも大歓迎だから」
ニコッと笑いながらそう言われた
私が離れるとドアが閉まった
私は素早く助手席の窓を叩く
「何か?」
運転手が運転席からこちらを見ながら声をかける
私は5000円を渡す
「〇〇町までならお釣りが出ますが」
んー、じゃあ呼び出し料で取っといて
「では、ありがとうございます」
運転手はそう言うと窓を閉めて車を出した
後ろの席からお婆ちゃんが手を振っていた
私は振り返して、駐輪場に再び向かう
自転車に跨り、帰路につく
だけど家には帰らない
どうせ帰ってもご飯はない
今日はファミレスにしよっかなー
夜7時過ぎだったがあまり混んでいなかった
あ、そっか、今日平日か
そう思いながら喫煙席に腰掛ける
メニューは見ないいつも決まっている
ドリアとサラダとドリンクバーだ
店員に注文をしてから飲み物を取りに行く
席につき、サイダーを飲む
炭酸が疲れた体に染み込む
ぷはぁーー
息を吐き、カバンからタバコを出す
箱が軽い
あーしまったさっきコンビニで買えばよかった
退屈しながら、スマホでニュースを見ているとドリアとサラダが来た
スプーンで適当にかき混ぜて、ドリアを口に入れる
美味しくも不味くもないいつもの味がした
ご飯なんていつもこんなもんだ
味に感情なんて抱かないし、作業みたいなもんだ
手早く食べ終えて席を立つ
いつもならもう少しゆっくりするがタバコがないから、ゆっくりできない
会計を済まし、店を出てまた自転車に跨る
いつもなら曲がる角を通り過ぎて、コンビニに向かう
タバコを2箱買い、我慢できないので店の前で火をつける
ふぅーー
やっと一息ついたって感じだぁー
空を見上げながら煙を吐く
帰りたくないなぁ
そう呟き、火を消して
今度こそ帰路につく
自転車を止めて、玄関に手をかけて引く
リビングがうるさい
もう毎日だよ
喧嘩をしている声だ
昨日もしていた
リビングに顔を出す
ただいま
そう言うと母がこちらを振り向いた
「あんた、またパチンコ行ってきたんでしょ!タバコ臭いし!」
無視して扉を閉める
痛い、右足が痛む
昨日、父に殴られて赤いアザが痛む
少し右足を引きずりながら階段を上がって部屋に入る
ベッドに体を預けて、天井を見上げる
父はアル中、無職、母にも私にも暴力を振るう
母は父のせいで精神崩壊、私が邪魔者だと毎日言ってくる
昔は幸せだった、今だからそう思うのかもしれない
学校行事も懇談にも来ない
親も何が楽しくて何が目的で生きているのか分からない
こんな家に毎日帰りたくないが泊めてもらう友達もいないしお金もないから帰るしかない
ドタドタドタ
私は気づくと寝ていた
誰かが上がってくる
ガチャン!!
ドアが乱暴に開けられる
父だ、しかもだいぶ酔っている
「おい、千尋、ちょっと来い!」
嫌だ
「なんだと、コイツ」
私は近づいてきた父に胸ぐらを掴まれた
制服のシャツのボタンが飛ぶ
父を振り払い、部屋の外に向かう
階段を降りようとした時、後ろから押された
フッと体が軽くなり、足が地につかない
そのまま下まで転げ落ちた
痛い、全身が
心臓の音が耳いっぱいに聞こえる
音を聞きつけた、母が来た
「おい、生きてんだろ、残念」
私の顔を見てそう言った
涙が止まらなかった
母自身は精神崩壊かも知れない
でも、私にとっては唯一の母親なのに
父親に蹴落とされて、母親に罵声を浴びせられて
いつもなら我慢できるのに
何故か今日は出来ない
遠くで父の怒鳴り声が
横の部屋では母がテレビを見る音が
鳴っていた
はずだけど、聞こえなくなった
床に手をつき立ち上がり、玄関を出た
私は外に出て走った
裸足で、必死で
走った
何から逃げてどこへ向かうのかも考えずに
どこを曲がって、どっちに進んだかも覚えていない
ふと目の前に、喫茶店を見つけた
泣きたい、1人にして欲しい
その時はそんな感情だった
CLOSE
その看板がかかったドアを力いっぱい引き、店内に入る
カウンターでコップを洗っているマスターがいた
私は早足で店の奥に向かい、涙を拭きながら
トイレ借ります
とだけ伝えてトイレに入った
マスターの声は聞こえなかった
鍵を閉め、便座に座り必死に泣いた
その頃やっと体中の痛みが追いついてきた
ここに来るまでは痛みを感じなかったのに、今、体のあちこちが痛い
私もうどうしたらいいんだろう
誰を信じて何をして生きていけばいいの
もう私なんていらないんじゃ…
コンコン
ノックをされた
泣く声を抑えて無視した
コンコン
するともう一度ノックされた
私は恐る恐るドアを少し開けた
そこには先程は確認できなかったが60歳くらいの背の高いマスターらしき人が立っていた
「大丈夫ですか?」
そう聞かれたが私は無視した
私の手に何かモフモフな感触が触れた
顔を上げると大きめのクマのぬいぐるみだった
「人が泣く時は何かに抱きつくと落ち着くと聞いた事がありまして、私にはできませんのでこれで」
そう言いながら、マスターはぬいぐるみを差し出した
何も考えず受け取りまた泣く
ぬいぐるみが涙で濡れる
どれくらい泣いたかわからない
ふと顔を上げると、開いた扉からマスターの後ろ姿が見えた
「落ち着きましたか?あまり泣いてる姿を見てはいけないと思いましたので」
後ろを向いたままのマスターがそう言った
ごめんなさい。急に来てこんな事して
「大丈夫ですよ、私以外誰もいません。何に気を使うこともありません」
冷えきった体の真ん中だけが熱くなった
「失礼ですが何があったか聞いてもよろしいですか?」
私が頷くと、カウンターに座るようにマスターに言われた
ふと目に入った時計をみて少し驚いた夜の2時だ
マスターは暖かいお茶を出してくれた
私は今までの虐待や、親の話、私自身の話
今まであったこと全て話した
マスターは頷き、ひたすら聞いてくれた
私が話終わると
「居場所なんてものはどこにでもあるんですよ、あなたが気づいていないだけです」
私が意味がわからず は、はいと生返事すると
「私は、蔵川彰仁(くらかわあきひと)と申します。この喫茶店 オリオンのマスターです。独り身です。年金受給者です。」
私はここの喫茶店そういう名前なんだと思いながら
蔵川さん と口にした
「はい。何か?」
優しい表情でマスターは返事した
さっき蔵川さんは居場所なんてものはどこにでもあるって言ってくれたけどそれは自分で決めてもいいのかな
と私は尋ねた
マスターは少し黙った後、笑顔で
「それは自分で決めなければいけないものではないでしょうか?人に決められるものでは無いと私は思います」
私は少し黙り、マスターの目を見て言った
私ね、居場所見つけたよ
暖かくて、余所なのに全然そんな感じがしない
そう!ここ!!
私が笑顔でそう言うと
「そうですか、お気に召されましたか、居心地がいい所が1番です」
それはマスターなりのOKだった。
私はここで住み込みでバイトすることになった
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