すぐそこにある消滅可能性都市問題

 西暦2020年、東京オリンピックは意外な結果をもたらした。オリンピックに向けて建造された施設によって、東京の利便性は大きく向上した。半面、人口減少で空き家が増加した。高層マンションの価格は下落し、田舎暮らしを嫌った若者の多くが東京へと移り住んだ。


 政府は膨大な予算を投じて地方再生を試みたが、計画する当事者自身が東京生活に執着しているとマスコミ各社は揶揄(やゆ)した。若者を地方に留めるために投じられた税金は無駄に消えた。のんびりした地方暮らしに憧れていた移住者も、年老いて病院や介護施設の充実した東京に舞い戻った。


 西暦2040年、政府の予想をはるかに超えて全国の自治体の八割強の市区町村が消滅していた。第一次産業はAIを搭載したロボットによってまかなわれた。正に『神の見えざる手』によって日本は再構築され、東京は世界有数の人口過密都市に返り咲いた。材料革命によって超高層マンションが次々と誕生し、新たな階級差別を生み出した。


 野尻守(のじり まもる)の家族は『日本橋アーバンシティマンション』の18階に住んでいた。マンションの高さは地上1,500メートル、600階建て。総世帯数328,570、総居住者数668,653人をほこる巨大なものだった。内部に複数のショッピングモールや総合病院、幼稚園から大学まで備え、かつての地方自治体が丸ごと入る大きさだった。


「まーもーる!おまえのセキュリティーカード、100階までだってな」


「なんだよ!カバンをつかむなよ」


「勉強ができるからって生意気なんだよ」


守は学習塾の帰りに、高層世帯に住む塾生達に取り囲まれた。


「うっせいな。俺だって日本橋大学に合格したら600階まで行けるカードが手に入んだよ」


「どうかなー。下層世帯の収入じゃ特待生でもない限り無理ってもんだ。ハードル、高くね」


高層世帯に住む塾生達は最上階行のエレベーターに向かって、笑いながら立ち去ろうとした。


ドドドドドドドドド。


マンションが大きく揺れる。守達は立っていることもできなかった。周りの人々も壁や柱につかまって揺れをやり過ごした。


「やべえ。大地震じゃん」


「大丈夫。この程度の地震じゃびくともしないよ」


バシ。バシ。バシ。


照明が次々と消えていく。


ヒューン。


エレベーターが停止した。


『緊急放送です。ただいま北陸大地震が発生しました。北陸地方の人口は既にゼロに近く、人的被害はそれほど大きなものではありません。しかし、原子力発電所を含めた発電設備のほとんどが壊滅したとの知らせが入っております。エレベーター設備は今後数年間は閉鎖を・・・』


『こちら自衛隊です。水、食料と言った災害支援物資の配布は各マンションの一階ラウンジで・・・』


『高層階の居住者は自力で階段をのぼるか、下層階の住民に避難の要請を・・・』


暖房が停止して辺りはゆっくりと冷えていく。


「まもるーう。頼むよー」


「1,000メートル越えの階段ののぼりおりか。おまえら、体があったまりそうだな。じぁあな」


守はそう言い残して、一人、低層階行の階段へと向かった。






おしまい。

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