すぐそこにある2035年問題
西暦2035年、日本は団塊ジュニアと呼ばれた人々が65歳を超えて、人口の三割以上が高齢者という超高齢社会を迎えていた。政治家や政府の官僚たちが問題を先送りにしたつけが回って、労働者人口は激減し、年金制度は破綻するかに思われた。
しかし『必要は発明の母』と呼ばれるように、危機が引き金となって、日本のAI技術と自動化の技術は急速に発展をとげた。今では、工場はもとより、農業や漁業、都市部のサービス業のほほとんどが、これらにとってかわられた。労働者そのものが不要となり、日本政府は法人税で大いにうるおった。
ある一組の老齢の夫婦が孫娘の結婚式に出席するために東京駅へと降り立った。
「おい、お前。東京に来るなんでオリンピック以来だな」
「そうね。ここも随分と変わったわね」
二人は物珍しそうにあたりを見回す。掃除ロボットがせわしなく走り回り、床をピカピカに磨き上げている。自動販売機らしき鉄の箱に取り付けられた大型の3Dディスプレーが、砂漠の景色を映しながら新発売のジュースの宣伝を繰り返していた。
「あなた、喉が渇かない」
「そうだな。あれを見ていると喉が渇く。ちょっと飲み物でも買って休むか」
二人は鉄の箱の前に立った。二人がそばに近づくと、自動販売機は広告をやめて、ジュースのボトルの画像を映し出した。
『いらっしやいませ。どれになさいますか』
「そうだな。俺はコーヒー。こいつはお茶だな」
『お支払いを先にお願いします』
年老いた男は財布からクレジットカードを取り出した。
『カードは使えません。顔人認証をおこないますので少しお待ちください。・・・。残念ですが、お二人とも登録がないので販売できません』
自動販売機は再び広告モードに戻って二人を無視した。
「なんだ、飲み物も買えんのか。情けない」
年老いた男性は少し憤慨(ふんがい)した。
「まあまあ、お店で買えばいいじゃない」
連れの女性がなだめる。二人はお店を探して歩いた。
「おっ。コンビニがあったぞ」
仕切りのない店の前で中の様子を見る。若い男がサッと商品をポケットに隠して、レジを通さずに歩き出てくる。
「おい、キミ。万引きは良くない。ちゃんとレジで支払いをしなさい」
年老いた男性は若い男に声をかけた。
「田舎じじい。なにボケてるんだ。この街にレジなんてないよ」
若い男は、声をかけられたことがよほど不満なのか、そう吐きすてて立ち去った。年老いた男がコンビニをのぞくと、確かにレジらしきものがなかった。店員もおらず、客は商品をポケットやカバンにつめて立ち去る。その場でパッケージを破いて食べだすものもいる。
「コンビニではないのか。無料で配るなんて都会は便利なものだ」
二人は中に入って欲しい品を適当に持って店を出た。
ピー。
大きな音が店中に響きわたる。
ビシュ。ビシュ。
天井に設置された自動小銃のようなものが何かを発射した。二人はめまいでも起こしたかのように、ゆっくりと地面に座り込んで意識を失った。
・・・・・・・・・・・・
「もう、何やっているのよ」
二人が目覚めると孫娘が不満そうにのぞき込んでいた。
「ここはどこだ」
「私のマンションよ。二人が万引きしたって警察から電話があったのよ。自動タンカーに乗せて、無人タクシーで送ってもらったわ。おかげて散財したわよ」
「すまないわね」
年老いた女性があやまる。
「いいい。東京は街中いたる所に設置されたカメラが顔認証をおこなっているので、お店も交通機関も病院も、なにもかもが顔パスなの。使った分だけ後で決済されるシステムなのよ」
「買い物もできず、電車にも乗れんのか」
「そう。だから私が帰ってくるまで、ここにいて。冷蔵庫の顔認証は解除してあるわ。好きなだけ食べても飲んでもいいから」
孫娘は冷蔵庫から飲み物を出すと、怒って部屋を出て言った。
「しょうがない。テレビでもみるか」
年老いた男は、なにもない壁に向かって告げる。
「テレビ、オン。12チャンネル」
『アクセスできません。顔認証登録がされていません』
壁が答える。二人はすっかりしょ気返った。
「散歩でも行くか」
「そうね」
二人が部屋を出るとドアが勝手にしまった。
「あなた。カギは」
二人がどんなことをしてもドアは開かなかった。
「さっきお茶を飲んだから。トイレに」
年老いた女が急を告げる。二人とも年のせいでトイレが近くなっている。
「俺もだ。大丈夫。表に行けばコンビニがある。買い物はできなくてもトイレは借りられるだろう」
二人はコンビニに向かった。空いていたコンビニの扉が即座に閉まる。
『万引き犯はご入店できません』
自動ドアが二人に冷たく言い放った。
おしまい。
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