すぐそこにある原子力発電所問題
「こちらが最新型の原子力発電所です」
私は緊張しながら、視察に訪れた内閣総理大臣を案内した。同行しているマスコミの目が厳しい。震災後、初めて建造された原子力発電所だけに、批判的なマスコミも多い。お役所的な組織の経営幹部は失態を恐れて、新米の広報担当である私に大役を押し付けた。
「キミなら多少、間違ったことを言っても笑ってごまかせばいい。我社が若手の女性を積極的に登用しているアピールにもなる。いいかい。何か起きたら、まず笑顔。そうそう、キミは美人だから」
こうして私は内閣総理大臣ご一行を引き連れて、原子力発電所の内部を説明して回ることになった。
「こちらが新開発の原子炉です。原子炉の下には、それぞれ地下五千メートルの巨大なトンネルが掘られています」
私は持ち込まれた大型液晶画面に映し出されるコンピューターグラフィックを指し示しながら説明を加える。
「巨大な地震や津波で施設が制御不能に陥った場合、ここにある三基の原子炉は地底深くに投棄されます」
液晶画面には、遊園地のジェットコースターのように落下していく原子炉のシミュレーション映像が映し出された。
「原子炉は垂直に落下してから横に動き、地下、三千メートルにある強固な岩盤の下に回り込みます。それに合わせてブロックごとに設置された隔壁が自動で閉じます。最後はトンネルそのものを爆破し、原子炉ごと地底深くに閉じ込める仕組みになっています」
私は昨晩、必死になって覚えたセリフをなんとか言い終えた。マスコミの後ろで、経営幹部が「笑顔!」と書いた手帳をカンペがわりにかざしている。私は引きつりながらも笑顔を添えた。
「なるほど。災害対策に加えて懸案だった廃炉時の処理まで考えられているのか」
内閣総理大臣は初めて知ったと言わんばかりに、マスコミのテレビカメラに向かっておおぎょうに語った。三流役者かこいつ。私がとまどっていると、女性アナウンサーと目が合ってしまった。
「質問をしてもよろしいでしょうか?」
彼女が意地悪そうな笑みを浮かべて私にマイクを向けた。背中に冷たい汗が流れる。
「はい」
「先の震災のように電源が途絶えて、コンピューターが故障した場合は、どのように落下させるのですか?」
「総理の目の前にあるレバーを手で引きます。原子炉を支える油圧式のロックが外れて、後は自由落下です。落下のエネルギーを使ってギアを回し、隔壁の閉鎖やトンネルの爆破をおこなっていきます。電源は必要ありません」
私が説明を終えた直後だった。
「警報。警報。巨大地震発生」
アナウンスがなると同時に床が激しく揺れ動いた。総理もマスコミも私も立っていられないほどの激しい揺れだ。
「な、なんだ」
マスコミたちが、レバーにつかまって揺れにたえている内閣総理大臣に注目する。マスコミが持ち込んだドローンのカメラが内閣総理大臣をとらえている。
「私は決断できる男だ」
内閣総理大臣は力いっぱいレバーを引いた。
ガシン。ガシン。ガシン。
三基ある原子炉のロックが解除される。
シュ。シュ。シュ。
巨大な原子炉が順に穴の中へと消える。
ガシャン。ガシャン。ガシャン。バフ。バフ。バフ。
隔壁が閉じる音に続いて、トンネルが爆破されていく音が穴から響き渡った。視察の参加者は茫然(ぼうぜん)とそれを見守った。
程なくして、何事もなかったようにゆれがおさまる。一基数千億円の原子炉が、三基とも目の前から消えて、廃炉となった。説明の必要がなくなった私は、ただ笑顔でほほ笑むしかなかった。
おしまい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます