すぐそこにある野菜ジュース問題
私の仕事は野菜ジュースメーカーの広報です。
野菜ジュースは、果物ジュースに比べて美味しくないという欠点があります。しかし、世の中には美味しいものは体に悪いという、都市伝説にも似た、何の根拠のない説が広まっています。
「昨日、飲み過ぎたから今日は野菜ジュースにしとくわ」
「お昼がラーメンだったから野菜、足りねーな」
「朝食にサラダをつくるのが面倒なのよね」
「食べ過ぎで太ったからダイエットかなー」
「トーストだけじゃ栄養が足りないか」
「うちの子、野菜嫌いだから」
「スイーツを食べたから取りあえず野菜とっとこ」
人々は不健康な食生活への罪滅ぼしに、野菜ジュースを手に取ります。日本政府が『野菜一日350g』と言うスローガンをかかげたのも後押しとなり、安価で手軽に野菜がとれる野菜ジュースは庶民の味方となりました。野菜ジュースはスーパーでもコンビニエンスストアでも飛ぶように売れます。
私の会社ではニンジンを年間16万トン、野菜ジュースにしています。国内のニンジンの収穫量がだいたい70万トンですので、約23パーセントを消費しています。トマトも同様に14万トン。国内の収穫量は約60万トンで4分の1に当たります。
たった1社でです。各社の野菜ジュースを全て国産でまかなうと、スーパーの店頭から野菜は消えてなくなるのです。ですから輸入原料を使っています。
野菜ジュースのパッケージを見てみると『濃縮還元』と書いてありますよね。野菜をそのまま運ぶと、かさばるので現地でつぶして、一度ジュースにしてから煮詰めてペーストにするんです。ドロドロのペーストを海外から運んで、日本で混ぜて水で薄めます。なので、国内製造と記しています。国産とはいってません。
生鮮野菜はそのまま運ぶと痛むので殺虫剤や防カビ剤、殺菌剤などの農薬をかけます。ポストハーベスト農薬と呼ばれています。しかもこのような農薬はけっこう高いんです。ペーストで持ち込めば、このような心配がなく安全で安くつくれます。
各国から輸入したペーストを混ぜるだけなので20種類、30種類の野菜をミックスしても原価はあまり変わりません。高い材料はちょっとだけにしておけばいいのです。含有量は表示しませんので。たったいっぱいで何十種類の野菜がとれるのです。
いかがですか。野菜ジュースって素晴らしいですよね。
私は宣伝用の原稿を書き終えて、職場の仲間とお昼をとることにしました。会社の近くの定食屋でトンカツ定食です。肉食系女子の私たちにとっては大満足。もちろん野菜は足りてません。定食屋のテレビが栄養補助食品の通販をやっていました。
『宇宙旅行用に開発された、近未来の高濃度野菜圧縮技術がつくり出す魔法のタブレット。なんと、この錠剤一粒で、一日分の野菜が丸ごととれるんです。もうまずい野菜ジュースを飲む必要はありません。大きなパッケージを持ち歩く必要もありません。ポケットに入れておけば、いつでもどこでも野菜補給。ギルトフリー、ベジタブルタブレット。今ならオシャレなケースをプレゼント』
私たちはポケットから、テレビに映るタブレットケースを取り出した。
「そろそろ転職した方がいいかしら」
おしまい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます