第3話
その夜、タマコがお店回りへ出かけてからすぐ、陽乃子は部屋へ戻って桃色のパーカーを着込み、例のガマ口を首にかけた。いつもなら一日の記憶整理をする時分だが、今夜はあとにしようと決めている。
外靴のローファーに履き替え、陽乃子は静かに部屋を出て階段を降りた。他の面々は調査に出ているのか、誰の姿も見かけず静かなものだ。信孝だけはほとんど外出しないので部屋にいるかもしれないが、夜は滅多に部屋から出てくることがない。陽乃子がいなくとも気づかれないだろう。
玄関わきにある解錠ボタンを押し、大きくて重くて滑らかに開く玄関扉をそっと押し開けて滑り出ると、戸外に設置されている感応式外灯が点灯する。陽乃子は慎重に扉を閉めた。
サブロ館のすべての出入り口はオートロックになっているので、出かける時の施錠がいらない。そして、外からの施錠解除は静脈認証とパスワード入力なので、個々が合鍵を持つ必要もない。
厳重なセキュリティ管理には慣れている。むしろ陽乃子にとっては物珍しいのは、こうして自由に出ることができる点である。
玄関扉から正門まではコンクリート敷きのアプローチが続く。高台に吹く夜風が陽乃子の腕を取り背を押すように巻き立った。小走りで正門に向かうと――
「――どこへ行くんだい」
背後の暗がりから声が上がった。ビクッと振り返れば、先刻よそ行きに着替えて出て行ったはずのタマコが、外灯の光の中にぬっと姿を現す。
光るラメが散りばめられたウィッグ頭を揺らしながら近づいてきたタマコは、鼻息荒く陽乃子を見下ろした。
「ここまで無鉄砲な子だとはね。大人しくしてろって言われたの、忘れちまったのかい?」
「すみません、でも」
陽乃子は俯いた。
明るく陽気に笑うリリコの顔と、険しく思い詰めたリリコの顔……二つの顔が頭の中でグルグルと回っている。こないだの信孝の時と同じだ。こうなるともう、陽乃子はじっとしていることができない。どうしてだろう。幸夜の言う通り、自分は無力だとわかっているのに。
「だいたい、リリちゃんの居場所がわかるのかい? あんた、携帯も持ってないだろ?」
「あの、西町、というところに行ってみようかと」
タマコは呆れたように溜息を吐いて、光る石がたくさんついたハンドバッグから携帯端末を取り出した。小指を立てつつ人差し指で操作して、端末を耳に当てる。
「――もしもし……案の定出てきたよ。予想通りだったね……わかった、伍番街についたら連絡するよ……ああ、居場所を教えてくれるだけでいいからさ……ありがとねノブちゃん、恩に着るよ」
通話を終えて携帯端末をバッグにしまったタマコは、幾何学模様の衣装をサッと
「さてね、行こうじゃないか」
キョトンと見上げる陽乃子に、タマコは片方のつけまつ毛をパチンとさせる。
「雑用係二人がちょいとヤボ用に出たところで、正規の業務に支障はないだろうからね」
そう言って正門に向かう大きな背中を、陽乃子は跳ね飛ぶように追った。
タマコと陽乃子は伍番街の中心部でタクシーを降りた。
メインストリートであるカルメン通りは、最も喧噪高く賑わう時間帯だけにどこもかしこも熱っぽく、あちらこちらで熟れて弾けている。
溢れかえる人混みの中でリリコを見つけるのは至難の業だと思えたが、結果から言うと案外簡単であった。タマコの携帯端末を通じて信孝からリリコの現在地を教えてもらい、大通りを歩くこと数分――
「いました。あそこに」
「え? どれ?」
小さなハンドバッグを手に、ブラブラと一人歩くその人物はリリコで間違いないが、タマコの眼にはそうと映らなかったようだ。
Gジャンにミニ丈のスカート、ニーハイソックス。胸元まである黒髪は垢抜け切らず、真っ赤な唇はどこか背伸びした感があり……繁華街でよく見かける若い学生を思わせる格好だ。どういうテクニックか、リリコご自慢の蠱惑的な曲線美もかなり抑えられている。
「ずいぶん若く
こちらに向かってくるリリコは、気ままにあてもなく歩いているように見えて、その表情には緊張と警戒の色が濃い。
タマコと陽乃子が正面に立ちはだかると、足を止めたリリコは驚きに目を見開いてから、気まずげに逸らした。
「……ナニしに来たの」
「あたしらでも、ネコの手くらいにはなるかと思ってね」
「何か、お手伝いできることはありませんか?」
胸を張るタマコと覗き込む陽乃子。リリコの顔が泣き出しそうに歪む。そしてタマコの胸元に痛くなさそうなパンチが入り、陽乃子の頭は抱きしめられた。
「……ありがと」
まずは詳しい話を聞かせてもらおうか、とタマコは馴染みの店へ案内すべく二人を先導した。
その道中、陽乃子はとても興味深い光景を目にする。
以前、タマコと二人で壱番街に出向いた時、タマコの奇天烈な格好にはずいぶんと好奇の眼が集まったものだが、伍番街という場所では不思議と馴染んでいるように思えた。通りを歩く最中、タマコと似た派手な風体の人たちを何度か見かけたし、そういう人々はすべからくタマコに声をかけてくる。皆がタマコを慕い、一目置いているような感じであった。
リリコによると “タマコママ” は、とある界隈の、とある特殊な業種のオーナーや店主たちから直々に世話役を頼まれており、夜な夜な何軒もの店を回っては、人手の足りない店を手伝ったり、トラブルや揉め事の相談に乗ったり、従業員たちの労働管理状況などをチェックしたりしているという。
あの顔はダテにデカくて広いわけじゃないのよ、とリリコに耳打ちされながら陽乃子は、皆がタマコに相談したくなる気持ちはよくわかる気がした。
タマコが二人を連れてきたのは、イザベラ通り――通称カマ通り――という、伍番街の中でもひときわ極彩色に煌めく界隈にある『バルドヴィーノ』というお店であった。
派手な外観とは打って変わって、シックで落ち着いた雰囲気の店内に入れば、タマコと同種と思われる人々が陽気に歓迎してくれた。いたって普通の女性も何名かいて、彼女らはこの店の客なのだという。カウンターの中には、首元がふわふわした縞柄ドレスの小肥り男や、イガ栗のようなツンツンヘアーがいて、タマコは彼ら(彼女ら?)からの
栗皮茶の着物を着たイガ栗頭が三人分の飲み物を持ってくると、タマコは「構わなくていいからね」と告げる。イガ栗が小粋に片目をつぶってカウンターに戻っていき、これで人払いは完了らしい。
かくして、リリコの話は二日前の夜のことから始まった。
――あの日、ボーイフレンドとクラブで飲んでから二軒目に向かう途中、リリコはプリシラ通りの片隅に、並んで歩く中年の男と若い女の子を見かけたそうだ。どう見ても、通りを抜けた先のラブホテル街へと向かっている。
あらやだママの言う通り、ホントに売春が流行っているのかしら……と思ったのもつかの間、よくよく見るとその女の子、なんと妹の香穂ではないか。リリコは慌てて二人に駆け寄り、驚き喚く中年男を尻目に香穂を
「とりあえずボーイフレンドとはそこで別れて、手近なカラオケ屋に香穂を引っ張り込んで、どういうことだって問い詰めたら……あの子、泣いてたわ。気づいたらこんなことになってて、どうしようもなくなってたって」
リリコはグラスの中をストローでかき回しながら、投げやりな様子で話した。グラスの中身は陽乃子と同じくオレンジジュースのようだ。
「売春……してたのかい?」
恐る恐る尋ねたタマコに、リリコは首を振る。
「ギリギリセーフってところね。それでも、何回か男と会ってお金をもらってるから、アウトって言えばアウトなんだけど」
「何回もっ?」
タマコがギョッと身を乗り出す。リリコは沈鬱な顔でテーブルに片肘をついた。
「高校のクラスメイトから、簡単に稼げるアルバイトを紹介してあげるって言われのがきっかけだったそうよ。もちろん、それが援交や売春につながるだなんて思ってなくて、危ないコトをしている自覚もなかったのよ。世間知らずにもほどがあるわね」
溜息とともに吐き出して、リリコはオレンジ色の液体を少しだけストローで吸い上げた。
「最初は一時間の散歩だったそうよ。知らないオジサンと参番街あたりをぶらぶら歩くだけで手も握られなかったって。その報酬が小遣いの約二か月分。こんな簡単に稼げるのかって気抜けしたらしいわ。次は映画、その次はカラオケ。全部違う男で、どの男も父親くらいのオジサンだったって。それで、四回目は “添い寝” 」
「添い寝……?」
陽乃子が繰り返すと、タマコがぐりんと目を剥いて「文字通りを想像しちゃダメだよ」と釘を刺す。リリコも眉を
「またカラオケだと思って行ったら “添い寝” のオプション付きとかなんとかで、ラブホに連れ込まれそうになったって。さすがにヤバい感じがして、その時は断って逃げてきたらしいの。でも次の日、一度受けておいて途中で逃げ出すのは契約違反だ、違約金を払え、って言われたんだって。その額、十万」
「巧い金額をもってくるね」と、
「払えないなら親に連絡して払ってもらうしかない、ただしもう一度、添い寝オプション付きを受けてくれるならそれでチャラにする、って言われそうよ。それが最後でいいからって。……香穂は、父親にだけは知られたくないって思ったんだわ。母に言えば必ず父親にも知れてしまうから母にも相談できなくて。それで、どうしようもなくなって引き受けたみたい。――それが二日前。運よくたまたまアタシが見かけたってわけ」
「そうだったのかい……」
ほぅと一息ついて、タマコは琥珀色の液体が入った背の低いタンブラーに口をつけた。
「よかったじゃないか。リリちゃんが止めてなきゃ、おそらくその先は地獄だよ」
「ホント。ムリヤリ
「そうだよ」と頷いたタマコは、その大きな顔をズイッと陽乃子に近づけた。
「ヒノちゃんも肝に銘じておくんだよ。簡単に大金が稼げる仕事の話なんて、ゲスくて危ないに決まってるんだから。いいね」
と、言い聞かせたタマコはリリコに向いて、
「……しかし、不躾なことだけどさ、リリちゃんちって、そんなに困ってんのかい?」
「ううん、どっちかって言うと裕福な部類よ。
「じゃあ、ナンだって香穂ちゃんはそんなアルバイトなんか……」
「……アタシのせい、でもあるのよ」
キュッと眉根を寄せて、リリコは重い息を吐く。
「ママには前に話したわね……うちの母親が再婚だって。実の父親は照明機材を扱う仕事をしていたんだけど、アタシが三歳の頃、仕事中に起きた事故で死んじゃってね。美容師だった母は、素地はまぁまぁいい方だから、アタシが小学校に上がってすぐの頃、今の継父と再婚したの」
物憂げにストローを
「クソがつくほど真面目な人よ。小さな信用金庫だけど、一応支店長なんてやってるからそれなりに出世もしてるわね。でもアタシとは合わなかったわ。連れ子と継父の確執なんてよくある話」
自嘲めいて話すリリコに、腕を組んだタマコがしかつめ顔で頷く。
「母が再婚して生まれたのが七歳下の香穂。継父とは合わなかったけど、新しくできた妹は可愛かったわ。アタシ、しょっちゅうおままごとして遊んであげたのよ? 香穂は継父より母親に似てて、アタシに似てるの。人形に可愛いお洋服を着せ替えするのが大好きで、大きくなったらお洋服屋さんになりたい、って言ってたな。そういうところも母やアタシに似たのよ」
リリコは誇らしげな笑みを浮かべたが、すぐにまた眉根を寄せた。
「でも
「敷居、だね」
タマコが遠慮がちに突っ込んで、リリコは「どっちでもいいわ」と投げやりに言った。
「そのせいもあって、継父は香穂にすっごく厳しいの。家からそう遠くない、品行方正だけがウリのツマんなそうな女子高に通わせてね。小遣いから門限まで厳しく管理されて、当然アルバイトも禁止……キュークツな青春よ。母は継父の言いなりで味方になってはくれないし。将来、スタイリストになりたいって夢も、継父は絶対に許してくれないでしょうね。アタシが好き勝手なことして家を出ちゃったから、香穂だけは自分の思い通りにしたいのよ」
「でも、リリちゃんがこっそり援助してるんだろ? 知ってんだよ、アンタが妹のために少しずつ貯金してるの」
タマコが言うと、リリコはほんの少し頬を赤らめたものの、やるせなさそうに息を吐く。
「服飾の専門学校に通わせてあげたくてね。継父からは、そのままエスカレーターで短大に進むよう命じられてるんだけど、香穂がホントにスタイリストの道を望むなら、学費くらいは出してあげたいなって。……でも、いくらアタシが小遣いを援助しようが学費を負担しようが、父親に縛られるストレスからは解放されないのよ。香穂にしてみれば、好き勝手に生きてるアタシからの援助なんて、
苦悩に歪むリリコ。タマコが慌てて身体を揺らした。
「そ、そんなことないさ……香穂ちゃんもきっとリリちゃんに感謝してるよ。――ああ、香穂ちゃんは今、どうしてるんだい?」
「あのあと家に帰して、とにかく普段通りにしてなさいって言ったわ。またお金を要求してきても無視すること、親に連絡するって言われても相手にしないこと、って。そうしたら昨日、仲介役のクラスメイトから『今回の違約金は五十万』って言われたそうよ。無視しときなさい、とは言ったけど」
聞いているタマコの喉奥がグルグルと鳴った。
「そのクラスメイトってのはナンなんだい? まるで斡旋屋じゃないか」
「香穂も特に仲良しってわけじゃないみたい。クラスの中でも派手で目立つ……Aグループっていうの? その中のリーダー格らしいわ。それがある日突然『簡単に稼げるアルバイトがあるんだけど、どう?』って声をかけてきたって。香穂だけじゃなくて、他の子にも声をかけてるみたいなんだけど」
と言いながら、リリコは脇に置いてあったハンドバッグの中から携帯端末を出した。手早く操作して、タマコと陽乃子に端末画面を見せる。
「SNSに自撮りが山ほど上がってたわ。意識高い系の金持ちお嬢さんって感じ。……名前は、
見せられた画像は、大きなクマのぬいぐるみを抱きしめ、やや上目遣いに見上げる若い女の子であった。他にも同じ女の子の、値札がついた高価そうなバッグを掲げている画像、キラキラした小さな石がいくつもついた爪を見せている画像、何を飲んでいるのかストローに吸い付いている画像……などなど多数。これだけ何枚もあれば、現物でなくとも陽乃子の脳内に入る顔情報は確かな線を描く。描くがしかし、画像から伝わる一抹の小さな違和感は……何だろう。
無意識に陽乃子の指が端末画面に伸びて、女の子の眼球付近を
「そういうアプリがあるのよ。目を大きくしたり鼻を高くしたり、シミやしわを消したり、ね。プロのメイク師としては商売上がったりよ」
肩を
「どうやらこの子が、裏にいる本物の斡旋屋とのパイプラインみたいね。バイトの日時や場所も、全部この子を通じて連絡をもらうみたいで、香穂が斡旋屋の男と直接やり取りしたことはないって」
リリコの説明を聞いているのかいないのか、タマコは目をシバシバさせて、携帯端末に顔を近づけたり離したりしている。
「ただバイトの初日だけは、その森居莉那と一緒に斡旋男と会って挨拶をしたんだって。森居莉那は男のことを “
「捜してるのかい?」
「直接会って話つけるのが一番手っ取り早いでしょ? JKビジネスだかナンだか知らないけど、女子高生を売り物にするなんてサイテーのゲス野郎に決まってるわ。いざとなったらケーサツ呼んででもカタをつけるつもりよ。でも名字だけじゃね……昨日からあちこち捜してるんだけど、それらしい男は見つからない」
口惜しそうに首を振るリリコに、タマコも腕を組んで考え込んでいたが、ふと顔を上げて陽乃子を見た。
「じゃあさ、ヒノちゃんに協力してもらえばいいじゃないか。香穂ちゃんはその男の顔がわかってんだろ? ほら、ケーサツが目撃者の証言をもとに犯人の似顔絵を描くってやつ。同じようにして、香穂ちゃんの証言をもとにヒノちゃんが顔を描くんだ」
というタマコの発案に、リリコが「できそう?」と覗き込む。だが、陽乃子ははっきりと頷くことができなかった。視覚以外で顔情報を認識したことがないからだ。
「じゃ、試してみるかい?」
タマコはそう言って席を立った。カウンターに行き、しばらくすると紙と鉛筆を持って戻ってくる。
「あたしの言う通りに描いてみておくれよ。えーと、ヒノちゃんが会ったことのない人がいいだろうねぇ」
いいかい?と、タマコは頭に思い浮かべたらしい人物の特徴を次々に羅列していった。
――目は切れ長で、鼻はすっと通っていて、唇は程よい感じ……ああ、違うね、もう少し薄くて……輪郭は丸っぽい……いや、もっと角張ってたような……
タマコの説明はとても抽象的で線を決められない。それでも一心に聴きながら鉛筆を走らせるが、やはり実物通りの顔にはならないらしい。何枚も紙を消費し、テーブルの上は描き損ねたいくつもの “顔” が散乱していく。
見るに見かねたリリコが「ママの説明がヘタなのよ」と一蹴し、新たにリリコも挑戦したが、やはり上手くいかなかった。リリコ曰く「似てる気もするけどナンか違う」のだそうだ。
「顔を、覚えていないので……」
消沈し俯く陽乃子に、タマコが慌てて慰めた。
「いつも描いてる顔が似すぎてるのさ。ケーサツの似顔絵もこんなモンだよ」
とは言うが、期待に応えられないというのは思いのほか落ち込むものだ。三人揃って肩を落とした時、堪りかねたようなダミ声が耳に届いた。
「タマコママってば、さっきからナニしてるのよぅ」
気づけばいつの間にやら、カウンターにいた縞々模様やイガ栗のほか、五~六人の派手なお仲間たちが、陽乃子たちのいるテーブルを遠巻きにしている。
「……ああ、ちょいと行き詰ってね」
タマコがボヤいた途端、遠巻きにしていた仲間たちがドドドッと押し寄せてきた。
「ナニナニぃ? あたしたちも混ぜてよぅ」
「うっそぉ、リリちゃん? アンタ、リリちゃんなのぉ?」
「ねぇねぇ、このオカッパちゃん、どこの子? ダレの子ぉ?」
テーブルはたちまち群がる化粧お化けたちによって囲まれ、キャラキャラと
やんややんやと騒ぎ立てる仲間を、タマコはやれやれと見回した。
「――あんたたち、貫木っていう男を知らないかい? 女子高生に悪いコトさせて金儲けしてるヤツなんだけどね」
顔を見交わした妖怪たちは「ヌクギィ?」「やぁだ、サイテーなヤツゥ」「どの辺でぇ?」「聞いたことあるぅ?」と口々に
陽乃子の脳内辞書には載っていない特殊な言葉――その口調とタマコの表情から、倫理上好ましくない言葉なのだろう――が飛び交い、
「――香穂……?」
画面を見たリリコは、怪訝な顔で端末を手に取る。
「――どうしたの……? ……――はぁっ? どういうことっ……?」
にわかに叫び立ち上がったリリコに、周囲の姦しい鳴き声が止んだ。それぞれが丸く見開いた目をパチクリと瞬く様子は、極彩色豊かな熱帯系野鳥の群れを思わせる。
携帯端末を耳に当てているリリコの顔が見る見るうちに険しく紅潮していき、通話を終えた時には怒りで顔が引き
「やられたわ」
「どうしたんだい……?」
タマコ以下、熱帯系野鳥たち全員が注視する中、リリコは唇を震わせた。
「あの子が援助交際してるって噂が学校中に広まってる。今日の夕方、母さんが学校に呼び出されたって……継父に知れるのは時間の問題だわ」
ンまぁ……と、何人かが息を呑む。
「噂って……いったいどうして」
「香穂が男とデートしている時の画像が動画サイトに上がったんだって。顔と実名は伏せられているけど、『中年男をとっかえひっかえ誘って小遣いを稼ぐ援交JK』ってタイトルをつけられて……ラブホに入る瞬間の画像もあったって」
「だって、実際には入ってないんだろ?」
「実際は入ってなくても、入ったように見える角度から撮られたのよ。しかも――」
リリコはギリと奥歯を噛んだ。
「香穂の兄はニューハーフだってことも、おまけ話よろしく出回っているらしいわ。兄妹そろってマトモじゃない、ってね」
その途端、取り囲む妖鳥たちが一斉にゴウゴウと轟き出した。中には完全に野太い男声を張り上げる輩もいる。怒号の中で、リリコはハンドバッグと携帯端末を引っ掴んだ。
「リ、リリちゃん……? ナニするつもりだい……?」
「決まってるわ」
ギラリと、リリコの眼が燃え立った。
「――流したヤツを見つけ出して、ブッ飛ばす」
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