第4話

「――ホントにあの男が映ってたの? アタシ、この辺りも隈なく捜したけど見つからなかったわよ?」

 真夜中に近づく繁華街の外れ、裏通り。夜道を気だるげに歩く幸夜の後ろから、それ以上に怠そうな声が不平タラタラでついてくる。

「これで見つからなかったら今度こそお給料カットだわ……まったくナンだか知らないけど、ボスったらメチャクチャ機嫌が悪いんだもの……あーんな言い方しなくたっていいじゃない……」

 文句を垂れつつ、ヒールの踵でアスファルトを蹴り上げるようにして歩くリリコもだいぶ機嫌が悪い。おそらく長時間捜索の疲労が溜まっているのだろう。――幸夜の知ったことではないが。

「たしかに、ボスがあそこまで荒ぶってたのは珍しいけどな。……ま、幸夜の目が見つけたんだから間違いねぇだろ。すぐに見つかるさ」

 土色のナップザックを担いだ柾紀が、首だけ振り返ってリリコをなだめる。

 柾紀もリリコに付いて数時間余り、この辺り一帯を捜索させられていたはずなのだが、特にクサっている様子もない。根が鷹揚な性格のうえ、この筋肉ダルマはちょっとやそっとじゃ疲れを感じることがないのだと、幸夜は思っている。


「……しっかし、カメラの端っこを一瞬かすっただけのあんな不確かな映像、普通は見つけらんねぇぜ。ノブが興奮してたもんな。『幸夜さんスゴイよ!』って」

「あの子はユキヤの “信者” だもの。ユキヤが夜な夜な熟女を渡り歩いて、淫らなわいせつ行為にふけってるのを知っても『幸夜さんスゴイ!』って言うわよ」

「 “公然わいせつブツ” がかしてんじゃねーよ」

 すかさず幸夜が吐き返せば、リリコはダンッと地面を踏みしだいた。

「アタシのどこが “わいせつブツ” なのよ! モザイクかけられるような恰好はしてないわ!」

 キンキン声でまくし立てるリリコ。柾紀が「こらこら」と制す。

「二人ともやめとけって……ほら、この辺じゃねぇのか?」


 幸夜たち三人が進んできたのはアルビナ通りと名がつく裏通り。そして今立ち止まっているのは、そこから細く枝分かれした狭い小路への入り口である。古ぼけた飲み屋や小汚い雀荘などが窮屈そうに並び、陰気臭いばかりで出歩く人影もない。

 数刻前、幸夜と信孝はようやく、例の逃げた男の映像を発見した。この小路より一区画手前に小さな月極駐車場があり、そこに取り付けられた監視カメラが、小路に入り込んだ男の姿を遠目に一瞬だけ映していたのである。

 車両も通れないこの細い小路は、木枝のように小さく折れながら二百メートルほど先で袋小路になっており、途中横道もないため、通り抜けはできない。にもかかわらず、監視カメラには小路から男の姿が映っていなかった。今も、事務所に残る信孝に引き続きチェックをさせているが、男が出てきたという知らせはない。つまり、まだこの付近に潜伏している可能性が高いということだ。念のため、この近隣一帯にある監視カメラはすべて調べたが、どのカメラにも男の姿は映っていなかった。

 とはいえ、逃げた男がこの小路に入り込んでから、かれこれ六時間以上が経過していることになる。なぜ出てこないのか、あるいは出てこられないのか――


「――みなさん!」

 突如、聞き覚えのある声がして振り向けば、よろめくようにして走ってくるツイードのジャケット姿。

「おお、鴨さん。よくここがわかったな。何度かコールしたんだが繋がらなくてよ」

 駆けつけた鴨志田は喘ぐように肩で息をしながら、三人を順繰りに見た。

「すみません、携帯のバッテリーが切れてしまいました。さっき事務所に戻ったら信孝くんがこの場所を教えてくれたんです。――あの男が見つかったって、本当ですか?」

 切羽詰まったように意気込む鴨志田の背を、柾紀が「そう焦るなって。これからだ」と力強く叩く。鴨志田はゲホッとむせた。

「例の小松大樹らしき人物が、あそこにある監視カメラにほんの一瞬だけ映ってたのを幸夜が見つけてな。んで、ノブが画像解析にかけてみたら、どうも歩く体勢がおかしい……こう、右腕を抑えてびっこを引いているようにも見えたんだ。しかも、その抑えている右腕の袖に大きな赤黒いシミ」

「赤黒いシミ……? まさか、出血……」

「確かなことは言えねぇが……ヤツが鴨さんたちを撒いてから、最初に映った監カメはベロニカ通り……ノブが見つけた映像だな。それは全力疾走していた。けど、幸夜が見つけたあのアルビナ通りの監カメに映っていた姿は、一転してびっこを引いていた。その間、時間にして約三十分……ベロニカ通りからこのアルビナ通りに逃げてきたその三十分の間に、何かあったんだろうな」

 柾紀の説明に、鴨志田の表情が曇り出す。

「それは……例えば、誰かに襲われたとか……」

「どうだろうな。よりによって、この辺は役所管轄の監カメが少ねぇんだ。範囲を広げてチェックしたが、それらしき悶着は映ってなかったらしい。派手に目立つ悶着ならおまわりがうろつくはずだが、そんな様子もなかったっつーし……」

「――んもぅ! どうでもいいから早く捜しましょ! 夜が明けちゃうわ!」

 少し離れた場所で仏頂面をしていたリリコが苛立った声を上げて、柾紀はひょいと肩をすくめる。

「へいへい。んじゃ、秘密兵器の出番だな」

 わびしい光を落とす外灯の下に行き、柾紀は片肩に担いでいたナップザックを降ろした。中から得意げに「テッテレー」と取り出したものは――

「――最新試薬 “ブルーステイン” ――そんでもういっちょが、特殊代替光源 “ALSハイパー” 」

 華々しく掲げたわりに、出てきた物は地味である。何のラベルもついていないプラスティック製のスプレー容器と、二十センチほどの長さの懐中電灯に似た細い筒状の道具。

 鴨志田が目をしょぼつかせた。

「ALS……というと、ルミノール反応ですか? たしかに、もし彼が怪我をしていたならその血痕を辿るという方法は有効かもしれませんが……しかしルミノール試薬では、仮に血痕が見つかったとしても、ヒトのものか獣のものか判別するのは難しいと聞いたことがあります。たとえヒトの血痕だと判別できても、彼のものだと断定できるかどうか……」

 心配そうな鴨志田に、柾紀は大きな口で二ッと笑んだ。

「従来のルミノール試薬はそうだな。だがしかし。これは科学捜査用にアメリカで開発された超高感度試薬でな、ヒトの血痕のみに反応する優れものだ。さらにこの最新型ALSは血痕の新鮮度合いによって発光が変わる。より新しい血痕ほど、より明るく青白く光るんだな。ヤツがこの場所を通ってからまだ半日も経ってねぇんだ。痕跡を見つけられる確率は高いぜ」

 半信半疑の顔で覗き込んでいたリリコが、ボソッと口を挟む。

「お値段も高そうね」

「おお。コネと経費がなきゃ庶民が手にすることはできねぇシロモノだ。『どんな手を使ってでも』ってのがボスの命令だからな」

 いつになく柾紀は得意げだ。その風体に似合わず、手先が器用で機械工学に精通している彼だが、探偵業に携わるうち捜査科学にも造詣を深めつつあるらしい。

「お前…… “海外製品” は受け入れるんだな」

 幸夜がちらりと横目で見上げると、グッと詰まった柾紀は大きな鼻の頭にしわを寄せた。

「……科学や技術に恨みはねぇよ」


 捜索の道すがら鴨志田は、小松大樹を名乗る男についての調査はほとんど進展なしでしたと、申し訳なさそうに語った。

 『悠遊ネット』のオーナーはすでに訊き出したこと以上のことを知らず、店の従業員も小松大樹の詳しい素性は知らなかった。アパートの貸主は半年前に亡くなっており、別の不動産管理会社に所有権が渡ったものの、売却手続きはぞんざいで賃貸契約時の詳細が有耶無耶になっている始末。わかったことといえば、毎月の家賃が滞納せず納められていることだけでしたと、鴨志田は眉尻を下げた。

 しかしながら、小松原大毅に関しては大きな動きがあったようだ。つい数刻前に発覚した、邨川道臣の遺産に関する骨肉の争いに、メディア各社は大騒ぎとなっているらしい。それに付随して、鴨志田は思案気に語った。

「実は、白鷺絢子さんが所属する芸能事務所の『シータバック』ですが、経営が上手くいっていないとの噂があります。小松原大毅氏が “HIROKI” の名で活躍していた頃に比べると、だいぶ悪化しているようですね。ここ数年の間にも、主要な所属俳優やタレントたちが次々に辞めていますし。今や白鷺絢子さんが、あの事務所で最も古株なんですよ」

「白鷺絢子ほどの大女優なら、他の事務所に移るなり、自分で事務所を立ち上げるなりできそうな気がするけどな」

「ですよね……十代で銀幕デビューしてからこのかた、『シータバック』の看板女優として名を馳せてきた矜持なのでしょうか……」


 そんな話をしながら、捜索開始から数十分――思ったよりも容易たやすく、逃げた男は見つかった。

 営業しているのか定かではないスナックの隣に、一階部分がガレージのようにぽっかりと開いた今にも朽ち落ちそうな家屋があり、割れて埃をかぶった電飾看板やら、壊れた自転車やら、錆びた鉄パイプの束やらが無造作に置かれている。その奥に、男は一人横たわっていた。

 リリコが見落とすのも無理はなく、表から軽く覗き込んだだけでは見つけることができなかっただろう。ごく微量の血痕を捉えた柾紀の秘密兵器が、功を奏した形となった。

 柾紀が向けたALSライトの光に浮かび上がった男は、灰白い砂埃にまみれて意識を失っていた。が、柾紀が助け起こすと、かすかに目を開け反応した。

「おい、しっかりしろ」

 リリコが携帯端末のライトで男を照らし、柾紀が注意深く調べる。男の呻き声が上がった。

「……やっぱり腕にケガを負ってんな。出血は辛うじて止まってるみてぇだが……あとは、足首んところがずいぶん腫れてる。もしかしたら骨折してるかもしれねぇぜ。早いとこ医者に診せた方がいいな」

「救急車、呼ぶ?」

「所長にも連絡を入れませんと……あ、僕の携帯、バッテリーが切れていたんでした」

 リリコが心配そうに覗き込み、鴨志田が取り出した携帯端末に向かって肩を落とす。――と、男がまた小さく呻いた。

「……いや……だ……もどり、たく……ない……」

 ひび割れた唇から漏れる悲痛な声音。リリコたちは顔を見合わせる。

「……戻りたくない……?」


 幸夜は、塵埃に汚れた哀れな男に視線を落とした。

 小松原大毅――元二世俳優 “HIROKI” 。かつての栄華は見る影もなく、ただ無様に枯れ萎んだ成れの果てでしかない男。

 嘲笑にも似た溜息が漏れて、幸夜はジャケットのポケットから携帯端末を取り出し電源を入れる。思えば、昨夜電源を切ってから今まで一度も入れていなかった。よくあることだ。

 起動してすぐのタイミングで着信が入った。今まさに、かけようと思っていた人物である。


『――あ、幸夜? やっと繋がった。今どこ? 例の彼、見つかった?』

「ああ、見つけた」

 答えながら訝しむ。亮の声に少し焦りが混じっている。

『そっか。さすがだね。……あ、ところでさ、幸夜はその男が “小松原大毅” だって……陽乃子ちゃんの証言に間違いはないって、分かってるんだよね?』

「何が言いたい」

『陽乃子ちゃんがね、もう一つ、興味深い証言をしたんだよ。最初は誰のことを言ってるのか全く分からなくてね。信くんに検索を手伝ってもらって、やっと判明したんだ。それが事実かどうか、僕には判断できないんだけど……』

「だから、なに」

『あのね――、』

 続いた亮の説明に、幸夜は思わず「へぇ」と口端を上げる。

「あいつ、そんなことまで」

 だが、さして驚きはしなかった。もありなんな展開だ。あのキノコ娘の隠しスペックも、大女優が秘する

『どうする? テレビで見たけど、なんか大変なことになってるみたいだし、佐武朗さんに知らせた方がいいよね?』

「ああ……そうだな」

 倒れた男を見やれば、彼を抱える柾紀が「お」と何かに反応して、「鴨さん、わりぃ、俺のも電話だ」と言った。鴨志田が心得たように、柾紀の尻ポケットから携帯端末を抜き出し「所長です」と言って代わりに通話し始める。こちらも見計らったようなタイミングの良さである。


「――亮、丸宮のハゲオヤジ、起こしてもらえるか?」

『え? 今から? なんで?』

 ギョッとしたような声が返ってくる。幸夜が簡単に男の状態を説明すると、亮は心底嫌そうに反論してきた。

『市立病院の夜間救急があるじゃない。わざわざうちみたいな町医者に頼らなくてもさ。僕の休みを潰す気?』

 そういえば亮は明日――もう今日か――非番だったか。

「休日出勤手当は佐武朗に請求しろ。じゃ、よろしく」

 亮の返答を待たずに、幸夜は通話を切った。

「――柾紀、そいつを丸宮の診療所に運ぶ」

「マジか。オヤッさん、茹でダコみてぇになって怒るぜ……」 

 柾紀は渋い顔をしながらも、男を背に抱え直す。通話中の鴨志田は「ええっと今、幸夜くんが丸宮の診療所へ連れて行くと……」と説明し始め、リリコは呆れたように天を仰いだ。

 幸夜は携帯端末をポケットに突っ込んで、代わりにチョコ菓子の小箱を出した。ぐったりと柾紀にもたれる惨めな男をもう一度見やり、アーモンドの艶玉を口に放り込む。

 今や世間中の目がこぞってこの男の行方を捜しているという。ならばできる限り、人目に触れさせない方がいいだろう。この男がどうなろうと知ったことではないが、依頼人の不興を買い、調査報酬が反故にされて給料カットになるのは勘弁願いたい。そのうえ佐武朗からさげすんだ眼を向けられるのはなおさら癪に障るというものだ。


「――ハイエナどもよりはマシだろ」

 少なくとも、依頼人からは感謝されこそすれ、恨まれることはないはずだ。



   * * *



 ブーンと低い音が鳴って、開いた自動ドアから足早に現れたのはスーツ姿の偉丈夫。仁王像のような顔はますます険しく、眉間に刻まれたしわはいつも以上に深い。

「佐武朗さん」

 亮が長椅子から立ち上がると佐武朗はいかめしい顔をこちらに向け、遅れて立ち上がった陽乃子を射るように見た。

「連れてきたのか」

 空気を震わす低い声音。しかし亮はまったく動じず、ニコニコと笑んでいる。

「陽乃子ちゃんから直接説明を受けた方が納得すると思ったんですよ。――ああ、彼女の身体を考慮して、しっかり安全運転で来たから心配しないでください。メットもちゃんと被せましたし」

 ポンポンと陽乃子の頭を軽く叩く亮に、佐武朗の歯の隙間から舌打ちが聞こえた。

 亮の移動手段はもっぱら大型二輪車――バイクなのだそうで、陽乃子はこの診療所まで後部シートに乗せられてきたのである。生まれて初めての経験に、亮の背にしがみついたまま目を開けることさえできず、バイクから降りた時には若干目眩を感じたほどだ。


「あいつらは」

 眉間にしわを寄せたまま、佐武朗は胸内ポケットに手を入れる。

「もうすぐ来ると思いますよ。お捜しの男性、何があったのか複数の外傷があるらしいですね。意識は辛うじてあるみたいですけれど……、禁煙ですよ」

 亮の釘差しに佐武朗はギリと歯噛みして、口に咥えた煙草を小箱に戻した。

「厄介な事態になったもんだな」

「だから、診療所ここにしたんでしょうね」

 誰もいない静まり返った待合室。亮によると、小さな町医者ゆえに入院患者がいない日は夜間の当直もつけないことになっているらしい。

 おもむろに佐武朗は、陽乃子に視線を移した。

「――話は亮から聞いた。その根拠は? なぜそう思った」

 例の “違和感” についてだ。

 陽乃子は、長椅子の上に束ねて置いてあった数枚の紙を長椅子の上に並べた。描いた紙を持ってきたのだ。実際に指し示して説明するしか、陽乃子には上手く伝える方法が思いつかない。

 並んだ三つの “顔” を、陽乃子は説明とともに指さした。

「あの……この方なんですが……こちらの方には重なる部分が一つもないのに、こちらの方にはいくつかありました。特に重なると思ったのは、この部分と、ここと……あとこの辺りも……この辺は薄っすらとなんですが、この部分は強く重なっていて――、」

「――わかった。もういい」

 さえぎった佐武朗は亮を見た。亮はにっこり笑って肩をすくめる。

「つまり、お前が言いたいのは――」

 と、佐武朗が言いかけた時、再び自動ドアが開いてバタバタと足音がなだれ込んできた。


「――所長! ……おや、亮くん……陽乃子さんまで」

「やっだ、ヒノちゃん! どぉしたのよ」

 最初に駆け込んできたのは鴨志田、そのあとにリリコと柾紀が入ってきた。柾紀の背にはぐったりとした男性が負ぶわれている。例の男性――利用していたネットカフェの従業員だ。

 驚く三人に少し遅れて、幸夜がのんびりとした足取りでやってきた。その手には相変わらずチョコレート菓子の小箱がある。

 陽乃子に目を止めた彼は、その視線を長椅子に並べられた数枚の紙に移す。彼の口角が仄かに上がった気がした。

 ――と、待合室の奥にあるドアの一つが勢いよく開いて、紅潮した禿頭が現れた。

「――わしの安眠を妨げおった患者はどこだっ? さっさと連れて来んか! このバカ垂れどもが! ――亮っ! お前も来い!」

 がなり立てて、ドアがバタンと閉まる。

 溜息を吐いた亮が、男を背負った柾紀を誘導して診察室に向かった。鴨志田も慌ててそのあとを追う。どうしようか迷う素振りのリリコに佐武朗が言った。

「お前はそいつを連れて先に帰れ」

 リリコは戸惑った風に陽乃子を見たが、すぐにフッと息を吐く。

「……りょーかい。ユキヤたちはボスの車に乗せてもらってね。――帰ろっか、ヒノちゃん」

 指に引っ掛けた車のリモコンキーをくるりと回してリリコが微笑む。陽乃子は頷いて、長椅子の上にの散らばった紙をまとめた。

 ――と、またもや自動ドアが開いた。


「――権頭さん……! 大毅ひろきが見つかったというのは――、」

 息せき切って駆け込んできたのは、口髭を生やした大柄の中年男性。上背があり肩幅が広いので堂々たる雰囲気がある。着ているスーツは上等そうだが慌てて着込んだような乱れがあり、焦りに満ちた顔は疲労の色が濃かった。

呉竹くれたけさん、お待ちしておりましたよ」

 対して慇懃な口調で迎えた佐武朗は、幸夜とリリコに向いて低く言った。

「――『シータバック』の社長、呉竹くれたけ哲生のりおさんだ」


 陽乃子の瞳がその男の顔を真っ直ぐに捉えた。

 長椅子の上に散らばった紙、そのうちの一枚に描かれている、――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る