第47話誰がために
スターシアはもとより完走するつもりはなかった。セーブしてぎりぎりゴールまでたどり着けるセッティングである。スターシアに限らず、チームの目標はエレーナをチャンピオンにする事にある。つまりこの最終戦にエレーナを優勝させ、且つバレンティーナを表彰台に上がらせない事がストロベリーナイツの目的だ。
予想通り、バレンティーナたちは激しいアタックを仕掛けて来ている。セーブして防ぎ切れる相手ではない。しかもバレンティーナ自身はまだ本気で攻めてない。
ラニーニのアタックがバレンティーナの愛弟子と言われるに相応しい圧力を有しているのはわかっていた。それより厄介なのはマリアローザの方だった。ずば抜けて速いライダーではなかったが、ブロックするスターシアの嫌なポジションに必ず入ってくる。長年アシストを担ってきただけに、守る側の心理を知り尽くしている。このままずるずると終盤までまとわり憑かれ、自分の燃料が尽きれば表彰台の一角が崩され兼ねない。速くはないが、シャルロッタや愛華にとっては厄介な相手だ。彼女たちには、こういうレースを知り尽くしたライダーを相手するには経験が足りない。
スターシアは、早期に自分が壁となってバレンティーナたちから自チームの三台を引き離す走りに変えた。
エレーナはすぐにスターシアの動きに気づいた。しかし、いくらスターシアでもたった一人で三台を相手にするには危険すぎる。当然バレンティーナもスターシアの意図に気づくはずだ。決定的な差が開く前に何としてもスターシアを崩そうとするだろう。タイトルが掛かっているのだ。スターシアを簡単にパス出来ないとなれば、以前愛華を弄んだような遊びでなく、本気で潰そうしてくるだろう。スターシアも完走出来ないのは覚悟の上だろうが、彼女一人に負担を強いるのは心苦しかった。
愛華をカバーに回すことも考えたが、すぐに否定した。スターシアは、バレンティーナを表彰台に近づけないために盾になろうとしている。愛華が一旦下がれば、スターシアの燃料が尽きた場面で、一人でバレンティーナたちに競り勝つのは難しい。日本GPではシャルロッタと愛華が自ら順位を落として、好結果をもたらしたが、似たようなシーンであっても、レース毎に状況は違う。リーダーとして冷静な判断を下さなければならない。
改めてチームリーダーがエースライダーを兼ねる事の難しさを感じた。自分のために信頼する部下を犠牲にする決定は、エレーナにとっても心地よいものでない。
果たして自分にはスターシアに犠牲を強いてまでチャンピオンになる価値があるのか?何度も自分自身に問いかけてきた。現役最多のタイトルを誇るエレーナも、一度として自分の力だけでタイトルを獲ったとは思っていない。それを自覚してる故に、他の者もエレーナに尽くす。それがまたエレーナの責任となり、のしかかってくる。そのプレッシャーにエレーナは耐えてきた。エレーナだから耐えられたと言える。並みの者なら、傲慢になって自分を見失うか、押し潰されて自滅するかのどちらかだろう。そのエレーナにさえ、エースライダーで監督という立場は、大きなストレスだった。
(シャルロッタにも、エースライダーの重荷を自覚して貰わねばならないな。そしていずれは愛華にも……)
若いライダーに、早く責任を押しつけたいエレーナだった。
その愛華が、エレーナの指示を待たずに動いた。自分からスターシアのポジションまで下がっていく。
「スターシアさん、わたしも一緒にバレンティーナさんたちを食い止めます!」
ラニーニを抑えるためにインベタのラインを強いられていたスターシアに、アウトから被せようとしたマリアローザのすぐ前へと、愛華が立ちはだかった。
予想外の流れに、バレンティーナは驚いたが、むしろ好都合だ。無理にトップを追わなくてもいい。二人を潰せばいいのだから。
マシンを並べた愛華に、スターシアは厳しい態度を示した。
「何をしているのです!あなたの仕事はエレーナさんのサポートでしょ!」
「だからスターシアさんと一緒にブロックしますっ!」
「必要ありません。早くエレーナさんのそばに戻りなさい」
スターシアは冷淡に突き放した。
「……でも、スターシアさん一人じゃ危ないです。手伝わせてください!」
愛華は食い下がったが、スターシアは認めない。
「あなたのすべきことを考えなさい。あなたにはエレーナさんとシャルロッタさんの走りをゴールまで見届けて欲しいのです。あなたにはその義務があるはずです」
スターシアに言われて、ハッとする。シャルロッタにどんな事情があるのか、何をしようとしているのかすら愛華は知らない。ただチームの意向に反する行動をしようとしているのはわかる。或はせざるえないのかも知れない。どちらにせよ、シャルロッタは自分の分まで愛華にエレーナさんを守るように頼んだ。もし、シャルロッタがエレーナさんを裏切るつもりなら、彼女は愛華に自分を止めるように依頼したことになる。なぜスターシアがそのことまで知っているのかわからないが、自分にしか出来ないなら、そして約束した以上、どんなことがあっても成し遂げなければならない。
「スターシアさん!エレーナさんを必ずチャンピオンにしてみせます。だから絶対無理しないでください!先にゴールで待ってますから、必ず来てくださいっ!」
何かを成し遂げようとするなら、相応の代価を支払わなければならない。ここでの支払いは、スターシアが引き受けてくれる。それは愛華を甘やかすためでなく、もっと大切な仕事を果たしてもらうためだ。
「心配しないで。みなさんが逃げ切るだけの時間を稼いだら、私もうまく振り切りますから。エレーナさんとシャルロッタさんは任せましたよ」
「だあっ!」
愛華は再びエレーナのアシストに戻るためにペースを上げた。
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