第48話激戦

 再び先頭の二台に追いついた愛華は、それまでと同じようにシャルロッタと交代でエレーナを引っ張った。独断で行動したことについてエレーナは何も言わなかった。シャルロッタもまったく変わりない。


 もしシャルロッタが誤った行動をとるならそれを止めさせ、エレーナを守ると決意したものの、実際何をしたらいいのかわからない。本当にシャルロッタはエレーナさんに挑もうとしているかすらわからない。


 ただひとつ、自分のすべきは、エレーナさんを頂点に、この三人で表彰台を占めることだ。スターシアさんに誓った。



 スターシアは、徐々にトップ三台から遅れていく。見通しのいい回り込んだコーナーでは、愛華たちが振り返らなくても視認出来るまで拡がっていた。つまりコーナーひとつ分、遅れている。それは周を重ねるたびに大きくなっていった。




 ブルーストライプスのライダーは、激しくスターシアをプッシュしていた。それでもスターシアは譲らない。遅いペースに、やがて他のブルーストライプスのライダーも追いついて、五人掛かりでスターシアを攻めにかかる。


 さすがのスターシアであっても、ストレートだけでなくコーナーでも抜かれる場面が何度も出てくる。それでも次のコーナーではブレーキングをぎりぎりまで遅らせ、ほとんどロック寸前でインにこじ入り、大きくタイヤをスライドさせて前を塞ぐ。何度もあやわ転倒かと思わせるほどバランスを崩すシーンもあった。そこに『GP全クラスで最も美しい』と称えられた洗練した美しさはない。なりふり構わない捨て身のブロックだ。捲き込まれるのを恐れて、ブルーストライプス勢も迂闊に近づけない。



「なにやってるんだ!もたもたしていると本当にエレーナに逃げられちゃうぞ!どんなペナルティ受けても構わない、そいつを潰した者は来シーズンの契約はボクが保証するから、早く道を開けろ!」


 バレンティーナは、チームのライダーたちに叫んだ。

 Motoミニモでは、バイクのエネルギーが小さく速度も比較的遅いため、余程危険でなければ多少の接触は黙認される。明確に線引きされているわけではないが、そのあたりのルール運用は、ロードレースというよりモトクロスレースに近い。


 そもそもスターシアの走りも、走路妨害とされるぎりぎりラインだ。ブルーストライプス側が抗議の意志を示せば、先にペナルティを受けていたのはスターシアの方だろう。しかしバレンティーナは、敢えて抗議行動を取らなかった。どんな走りであっても、五人がかりでたった一人を崩せないとあっては、チャンピオンチームとしてのプライドが許さない。オフイシャルにチクるのではなく、力ずくで捩じ伏せる道を選んだ。


 ヨーロッパの自転車レースなどに見られるような『不文律のルール』については賛否あるが、レースを面白くしているのは事実だ。逆にルールブック上、反則とされてなくてもレースの精神に反すれば、ファンから厳しい批判に晒される。プロフェッショナルライダーとして、オフイシャルからのペナルティより厳しい処置と言える。


 この場合、スターシアからハードな戦いを挑み、バレンティーナが承けたのである。今さら際どい当りを受けたからといって抗議したのでは、Motoミニモライダーとしての誇りを疑われる。



 レース3分の2を過ぎた頃には、トップ三台とセカンドグループの差は、長いストレートでも見えなくなっていた。トップを行く愛華たちからは、第2ターンを折り返した所で一瞬、第1コーナーを立ち上がるセカンドグループが見えた。


 それは、まるで手負いのライオンに襲い掛かるハイエナの群れのようだった。


 遠目で一瞬見えただけであっても、スターシアが明らかにダメージを受けているのがわかる。あれほど美しく貴高いライディングフォームだったスターシアが、今や死に物狂いで走っているように見えた。容赦なく攻めるブルーストライプス勢。本来なら触れる事すら叶わない相手に、群れとなって襲い掛かる。美しき獣は、チームのために体を張って時間を稼いでいる。愛華は今すぐにでもスターシアのところに飛んで行きたい気持ちを懸命に堪えた。


(エレーナさんにも見えたはずだ。エレーナさんだって、わたし以上にスターシアさんを助けたいと思っているにちがいない。でもじっと耐えている。スターシアさんの思いを無駄にしないためにも、わたしはエレーナさんを表彰台のてっぺんに立たせなきゃならないんだ)


 前を走っていたシャルロッタにも、スターシアの姿が見えたにはずだ。愛華には彼女の背中が僅かに震えているように思えた。しかし、すぐに震えは収まり、淡々と走り続ける。


(お願い、シャルロッタさん。今日はわたしと一緒にエレーナさんを優勝させて。わたしは一番下手だけど、エレーナさんとスターシアさんと、それにシャルロッタさんとずっと一緒に走りたいの!)


 愛華の気持ちが届いたかどうかはわからない。シャルロッタの背中からは何の感情も伝わってこない。ただハイペースで走り続けてるだけだった。



 残り5ラップをきった頃、スターシアは、タンクにほとんどガソリンが残っていないことをマシンの軽さから感じていた。先ほどまで感じていた、タンク内で残り少ない液体が揺れる音も聞こえなくなった。


(もってあと一周かしら。アイカちゃん、あとは頼みましたよ。そしてシャルロッタさんとエレーナさんの、最後の真剣勝負をしっかり見届けるのよ)



 スターシアが気を弛めた一瞬、アウトからラニーニとマリアローザが被せていた。スターシアは外に意識を向ける。その隙に、遂にバレンティーナ自らがインを刺してくる。スターシアはリアを振って、マシンをインに向けるが、既にバレンティーナに並ばれていた。バレンティーナのステップが肘に触れる。まだいける、そのまま立ち上がれば、Rの大きい外側のスターシアの方が早く加速体勢に入れる。スロットルを開けてトラクションを掛けようとするが、反応がない。それどころかエンジンの回転はストンと落ちていく。反射的にクラッチを握り、惰性だけでマシンを起した。


 転倒こそ免れたが、ガス欠で鼓動を止めたマシンはフラフラとアウトに張らんでいった。


 勢いを失なったスターシアのマシンは、サンドトラップにめり込んですべての動きを止めた。


「よくここまで頑張ってくれましたね。無理させてごめんなさい」


 力尽きたマシンをそう労って、駆け寄ってきたコースマーシャルに愛機を委ねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る