第41話敗戦

 残す所あと二戦となったアラゴンGPに、ブルーストライプスは最新のジュリエッタRS80type12Dをチーム全員に投入してきた。改められたジュリエッタは、日本GPでバレンティーナがライドしたものより、更にパワーアップされており、予選から圧倒的な性能差を見せつけた。


 決勝でも、パワーを生かしたスタートから逃げ切り体制に入られ、ストロベリーナイツ一丸となった追走も届かない。それでも彼女たちの猛追は、ブルーストライプスの一角を突き崩してエレーナが四位に食い込み、意地を見せた。




Top バレンティーナ・マッシ(イタリア)

 Bストライプス、ジュリエッタ


2 ラニーニ・ルッキネリ(イタリア)

 Bストライプス、ジュリエッタ


3 マリアローザ・アラゴネス(スペイン)

 Bストライプス、ジュリエッタ


4 エレーナ・チェグノア(ロシア)

 ストロベリーナイツ、スミホーイ


5 リンダ・アンダーソン(USA)

 Bストライプス、ジュリエッタ


6 シャルロッタ・デ・フェリーニ(イタリア)

 ストロベリーナイツ、スミホーイ


7 アナスタシア・オゴロワ(ロシア)

 ストロベリーナイツ、スミホーイ


8 ナオミ・サントス(スペイン)

 Bストライプス、ジュリエッタ


9 河合愛華(日本)

 ストロベリーナイツ、スミホーイ


10 アルティア・マンドリコワ(チェコ)

 アルテミス、LMSスミホーイ


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 これにより、ランキングは再びバレンティーナがリードし、ジュリッタスタッフとバレンティーナファンの多くは、タイトルを確信した。


 バレンティーナとエレーナのポイント差は8ポイントで、最終戦のバレンシアGPで仮にエレーナが優勝しても、バレンティーナが三位に入れば同点、チャンピオンは優勝回数の多いバレンティーナのものとなる。


 ストロベリーナイツのライダーたちなら、決して再逆転も不可能ではない差だが、スミホーイとジュリエッタの性能差は、今回のレースで明らかになった。もしエレーナが二位に終われば、バレンティーナは七位以内でゴールすれば、チャンピオンが決まる。現状、アクシデントかマシントラブルでもない限り、バレンティーナが八位以下は考えられないから、エレーナが自力でチャンピオンになるには、エレーナの優勝と苺騎士団の表彰台独占しかない。


 とは言え、バレンティーナはこれまで何度もエレーナと彼女のチームに煮え湯を飲まされてきた。どんなに優勢であっても油断は出来ない。女王とそれに仕える騎士たちは、絶対に諦めたりしないのを身を持って知っている。リードしてるなんて思ってたら食われる。


 ストロベリーナイツの先行を一度でも許せば、三位以内に割り込むのも困難だろう。スタートからパワーの差を生かして、逃げるしかない。


 バレンティーナ優位には違いないが、優勝をめざす覚悟で挑まなくてはならないだろう。



 バレンティーナの予想通り、ストロベリーナイツのライダーたちの士気は、レースを終えてもまったく下がっていなかった。シーズン途中のシャルロッタ負傷で、一度は諦めかけたタイトルをここまで追いつめた勢いは衰えていない。失うものがない者の強みだ。


 新型ジュリエッタに対しても、スタートさえ出遅れなければ、対抗出来る事がわかった。集団としてレース全ラップを通じて高いアベレージで走りきる事は、現状のブルーストライプスのチーム力でも難しいようだ。コーナーリングでのパフォーマンスは、十二分にスミホーイでも対抗出来る。チームとしてのまとまりは、苺騎士団が上回っていた。




「次こそ、この身に代えてもエレーナ様を表彰台の頂点へ立たせてみせます!」


 如何にもな大袈裟なセリフでエレーナに忠誠を誓うのは、中二病に冒された天才、シャルロッタ・デ・フェリーニである。二次元アニメの世界から、そのまま現実リアル世界に抜け出してきたような、左右色の違う瞳カラーコンタクトと完璧なゴスロリファッションが、あまりに似合い過ぎている。そしてアニメ並みのチートなライディング能力を有している。


「気持ちは有難いが、シャルロッタにリタイヤされては困る」


 エレーナが、暑すぎるシャルロッタとは対照的に、冷めた口調で拒否した。今回は歓びの宴も苺のスイーツもない、些か寂しい反省会だ。しかし、完敗ではあったが、絶望はしてない。



 チーフメカニックのニコライが、レース中のデーターロガーの解析結果を報告する。

 今回初めて全車に組み込まれたLMS社製電子制御システムは、何ら問題はなかった。ほとんどの面でこれまでのものより上回っている。


 シャルロッタと愛華にはメカニカル的な話はあまり理解できない。それでも彼女たち自身が、感覚として感じていたものと共通する結果でもあった。


 ただ、ジュリエッタのパワー、特にスタート加速でのパワー差があり過ぎる。格下のアシストライダーにすら引き離されていく光景は悔しくて堪らなかった。それでも、四台が連係してドラフトを使えば、トップスピードではそれほど引き離されない事もわかった。


「もう少しでいいから、パワーを高める事は可能か?」


 エレーナが細かな説明を続けるニコライに質問した。


「技術的にはまだ余裕があると思います。ただ燃費が厳しくなるでしょうね」


「スタートの加速をもう少しだけ遅れないようにして欲しい」


「エレーナさん、わかっていると思いますが、たとえば5%パワーを上げれば、5%燃費が悪くなると言うものじゃないんです。今でもギリギリのバランスでセッティングしているんです。これ以上ハイパワーよりに振れば、極端に燃費が悪くなるでしょうね」


「スタート時だけでいい」


「新しい制御システムには、確かにそういうプログラムも組めますが、データがないので賭けになりますよ。いくらコンピューターでシュミレーションしても、実際に同じ条件で走らせないと正確な予想は出来ないんです。それにしたって、レースでは何が起こるかわかりません。しかも最終戦は来週ですからね」


「私とスターシアのマシンだけでいい」


 ニコライは、エレーナのやろうとする作戦を理解した。


「シャルロッタとアイカちゃんの方がまだ少しは余裕があるから楽なのに……」


 そうつぶやいてLMS 社から派遣されたエンジニアと打合せに入った。



「またシャルロッタちゃんとアイカちゃんに負担をかけることになりますね」


 ずっと黙って聞いていたスターシアが、シャルロッタと愛華をいとおしそうに眺めた。二人はよくわからなかったが、

「任せてください!」

「なんだってしますっ!」

 と意気込んだ。


「アンタ、わかってるの?」


「シャルロッタさんこそ、わかってるんですか?」


「当り前よ!」


「なんですか?教えてください」


「アンタこそ、わかってないんでしょっ!」


 シャルロッタと愛華は、まるで子犬がじゃれあうような可愛い口喧嘩をする。最近は愛華も打ち解けて、下僕と言うより、漫才の相方のようになっていた。


 それがマシンの性能差で敗れた事に、責任を感じ少々沈みがちだったメカニックたちに、笑顔と意欲を甦らせていた。


「二人とも、ちゃんと説明してやるから、もうやめろ」


 エレーナが止めなければ、延々と続きそうだったので、二人にもわかるように説明を始めた。



 つまるところ、スタートさえなんとか出来れば、勝機はある。


 そのスタートも体重の軽いシャルロッタと愛華に関しては、ジュリエッタ勢に決して遅れていない。


 問題は、ウェイトのあるエレーナとスターシアであり、パワーの上回るジュリエッタにテクニックだけでは太刀打ち出来なかったのが敗因だ。


 シャルロッタも愛華も、せっかくスタートを決めても、二人を待たねばならず、その間にバレンティーナたちに差を拡げられた。



 電子制御システムの調整で、エレーナとスターシアのスタート加速を向上は可能だが、燃料を消費してしまうため、シャルロッタと愛華が先導してバレンティーナを追いつめ、最後にエレーナがトップでフィニッシュをめざすというのが、大まかな作戦だ。スターシアには、後ろからの追撃を払う役割をしてもらう。


 シャルロッタと愛華に頼った作戦と言えるが、二人に異存はなかった。むしろエレーナこそ、自身の不甲斐なさを感じていたが、それがチームレースであり、チームにタイトルをもたらすには、エレーナの優勝以外ない。

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