第39話苺大福と罰ゲーム
バレンティーナがコースを変えたその背後から、エレーナが飛び出した。シャルロッタの後ろで動いたのはスターシアだった。エレーナはバレンティーナの動きを読んで、愛華のすぐ背後からタイミングを合わせていた。観客からは、バレンティーナがエレーナに道を譲ったようにも見えただろう。
見事に裏をかかれたバレンティーナは、慌ててエレーナを追うが、コーナー立ち上がりで何度もラインを変えたバレンティーナと始めから狙ったラインで加速体制に入っているエレーナたちとでは、スピードの乗りが違う。
ゴール手前でシャルロッタと愛華に並びかけるものの、一瞬早くシフトアップした二人にも先を越された。
エレーナの優勝。そしてスターシアが二位。三位愛華、四位シャルロッタ。ストロベリーナイツの上位独占で日本GPMotoミニモ決勝の幕は閉じた。
単独で逃げに出たライダーを集団が追い込むという展開は、よくあるシーンだったが、これほどの逆転劇は本場でもなかなか観られない。大抵、逃げるのはレースを掻き回すアタッカーで、余程の確信がなければエースライダーはギャンブルはしない。今回、バレンティーナには十二分に勝算があった。事実、一時は誰もが逆転不可能と思う大差まで拡げた。バレンティーナが油断した訳でもない。十分警戒していた。大差をつけても、ずっと速いペースを維持した。苺騎士団の集団としてのスピードが速すぎたのだ。
シャルロッタの突出したスピードを愛華がバックアップして、エレーナとスターシアに繋ぐ。最後はエレーナとスターシアの連係したフェイント。これがチーム戦術だと言うレースを日本のファンに魅せてくれた。
そして遂にポイントランキングでエレーナが首位に立った。
パルクフェルメにマシンを入れたエレーナは、自分でマシンを支えることも出来ない状態だった。マシンはレース後車検が終わるまでチームの者も触れない。係員に助けられメディカルセンターに向かうよう促されるが、フェンスの外側で歓喜しているニコライに近寄っていった。
「肩が外れている。はめてくれ」
フェンス越しに力無く下がった左肩を向ける。ニコライは、エレーナの脱臼に慣れているようだった。マシンだけでなく、人間の修理も出来るらしい。
「癖になっているから、あまり無茶しないでくださいよ。アイカちゃん、エレーナさんの体、押さえててくれる?」
愛華は言われるままに、エレーナの胴に腕をまわした。
「もっとしっかりと脇を支えてくれ」
愛華はエレーナの脇に潜り込むようにして抱きかかえた。
「こうですか?痛くないですか?」
「外した時は痛かったが……!」
エレーナが言いかけた時、突然エレーナの体が引っ張られ、ゴキッと鈍い音がした。エレーナの顔が歪む。
「 ……っ!はめる時は、もっと痛い……ぞ、ニコ!いきなりするな!」
エレーナの苦痛の表情に、愛華は自分だったら絶対失神すると思った。
「わたしが怪我したら、人間専門の医者に診て欲しいです……」
思わずつぶやいた。おそらくレース中も絶えず苦痛に顔を歪めていたのだろう。改めて『エレーナさんは凄い女性なんだ』と尊敬の念を強くした。
苺騎士団一色の表彰式には、最高峰のMotoGPクラスの決勝が控えているにかかわらず、大勢の観客が押し寄せた。白百合のお嬢様たちも一番前で大はしゃぎしていた。
そして、パドックに移る。苺騎士団恒例のイベントが待っていた。
今日は特別に愛華の友だちの作った苺のスイーツが振る舞われる。
「今日の勝利は、シャルロッタとアイカによって獲ったものだ。不甲斐ない私をよくもゴールまで連れていってくれた。そして、こんな私を勝たせるためにマシンを整備し、支えてくれたすべてのスタッフ全員に感謝する」
女王の言葉に、スタッフ全員が逆に自分たちの仕事に報いてくれたエレーナとライダーたちを讃えた。
そのチームの一体感に、愛華の友だちたちも感動する。その女子高生たちに向かい、エレーナは言葉を続けた。
「そして、我々の勝利を信じ、とっておきのスイーツを用意してくれたアイカの友人たちにこの勝利を捧げたい」
些か芝居がかっていたが、エレーナが言うと様になる。しかもつい先程、感動的な逆転劇を観たばかりの夢見がちな女子校育ちのお嬢様にとって、このチームは本当にファンタジーの世界の女王と騎士たちに思えてくる。そしてその騎士の一人が自分たちの親友であり、自分たちまで女王様から感謝された。感激のあまり泣き出す子もいた。
「私たちこそ、こんな素敵なチームを応援出来て、幸せ……です」
元クラス委員長(たぶん現職)の紗季が律儀に応えた。感激の余り涙ぐんでいる。
「みんないい子たちだな。アイカからも何か一言頼む」
エレーナに促されて、愛華は友人たちに頭をさげた。
「みんな本当にありがとう。みんなのおかげでわたしもチームの足引っ張らないで頑張れました」
「なに言ってるんだ!愛華もすっごくカッコよかったよ。私、初めて生でレース観たけど、バスケ以外でこんなに感動したの初めてだよ。なんか愛華に惚れたわ」
「智佳が愛華に惚れてるのは、前からじゃん。でも今日は私も愛華に惚れちゃった」
智佳が茶化しぎみに言うと、美穂もうれしそうに愛華を讃えた。シャルロッタには、愛華が日本アニメ定番の美少女ハーレム状態なのが憎らしい。
「わたしなんかまだまだだよ。シャルロッタさんに後れないように必死だったんだから。それに最後のエレーナさんとスターシアさんのコンビネーションはさすがだったんだよ。わたしもすっかり騙されちゃった。シャルロッタさんの後ろにいたのは、エレーナさんだとばかり思ったの。だから」
「アイカ、レースの話はそれくらいにしておけ。それよりみんな早くイチゴダイフクというのが食べたくてウズウズしているんだ」
エレーナがまだまだ続きそうな愛華のスピーチを遮った。これ以上、チームの足を引っ張った自分が褒められるのは気恥ずかしくもある。
「すみません!でも、チームのみなさんに、苺大福食べてもらえて、本当に良かったです」
「だからまだ食べてないって。早く食べさせて欲しいわね」
シャルロッタも、いい香りのする丸い未知の食べ物を目の前にして、イライラしていた。愛華は完全にチームに打ち解けていたが、チーム内で一番年下の新人だ。やはり皆の前でスピーチするのは苦手だった。
「すみません……。それじゃあ、いただきます」
愛華がいつもの様に、両手を合わせて「いただきます」と言うと、シャルロッタは目の前の苺大福を口に放り込んだ。他の者たちはそれぞれのやり方で祈りを唱えてから、恐る恐るという感じで苺大福を口にする。
「ん……、いけるな、これ」
エレーナが一口食べて満足そうに唸った。
「おいしい……甘くてちょっとすっぱい乙女の味です」
スターシアの感想に「乙女まで食べるなよ」と突っ込みたいエレーナだったが、誰も気づいていないようなのでスルーした。スターシアから誘われたら、簡単に堕ちてしまいそうな純粋無垢な娘たちだ。そんなことになれば愛華に申し訳ない。
「まあまあじゃない?あっ、あんたの苺、あたしのより大きいじゃないの!取り替えなさいよ!」
「ええー、でもシャルロッタさんもう食べちゃってるじゃないですか?それ五つ目ですよね」
「うるさいわね。セコいこと言わないで、交換しなさいよ」
「それは交換って言わないです」
「シャルロッタさん、いっぱい作りましたから、どうぞ安心してください」
愛華とシャルロッタの掛け合いに、美穂がおかわりの載った皿を持ってきてくれる。
「べ、べつにそんなに欲しかったわけじゃないけど、せっかく作ってくれたんなら、食べないとわるいわね」
口をもぐもぐさせながら、嬉しそうに苺大福が山盛りの皿を美穂から受け取った。
「まさか一人で全部食べるつもり!?」
愛華は驚きつつも、みんなが喜んで食べてくれることは嬉しかった。作ってくれた友だちも喜んでくれていることが、ますます嬉しい。エレーナも今日だけは多少シャルロッタがはめ外しても大目に見ているようだ。
「でもアイカちゃんのトーストくわえた制服姿、ちょっと観たかったですね」
愛華とシャルロッタ以外にウォッカが回り始めた頃、スターシアがぽつりと言った。
「たとえ優勝出来なくても、今日はアイカに罰ゲームはさせられんだろう。しなければならないとすれば、私だな」
「待ってください、エレーナ様。罰ゲームならあたしにご命じください」
突然シャルロッタが立ち上がりエレーナに懇願した。
「いや、今日に限ってシャルロッタを罰っする理由がない」
「いえ、ピットからの指示もないまま、勝手に首位を明け渡しました」
「しかしあれは私のために動いたのだからな。結果的にも大殊勲ものだ」
エレーナはシャルロッタが何を望んでいるのか、薄々気づいていたが惚ける。愛華には未だ意味不明だった。
「その上、あたしは表彰台を逃しました」
「いやいや、一番の貢献者を表彰台に上げられなくて心苦しく思っている。本来なら私が一番上がる資格がない」
なんとなく愛華も申し訳なく思えてきた。バレンティーナに負けないように夢中でスロットルを捻っていたけど、自分よりシャルロッタさんこそ表彰台に上がるべきだったと申し訳なくなる。
「シャルロッタさんに罰ゲームなんてさせられません。やっぱりわたしがします」
恥ずかしいが意を決して立ち上がった。それでみんなが楽しんでくれればいい。シャルロッタさんも納得してくれるはずだ。しかし、
「あんたはすっこんでなさい。これはあたしのケジメなの!あんたに関係ないわ」
シャルロッタは譲らなかった。
「そんなっ。シャルロッタさんが表彰台あがれなかったのはわたしのせいです!」
「あんたに関係ないって言ってるでしょ!あたしの罰ゲームなんだから」
「いいえ、わたしがします」
「うるさいわね、あたしがするって言ってるでしょっ」
「美穂ちゃん、制服貸して」
「ちょっと、あんたズルいわよ!あたしだって一度してみたかったんだからっ、制服トースト!」
…………………。
シャルロッタが大声をあげた瞬間、パドックを静寂が包んだ。
「シャルロッタ、やりたかったんだ……制服トースト」
「最初から素直に言えばいいのに」
メカニックたちのボソボソが聞こえる。
「ちがうの!ちがうんだから!罰ゲームだから仕方ないの。エレーナ様の命令だから、本当はそんな恥ずかしいカッコしたくないけど、エレーナ様の命令だから仕方なくするんだからねっ!勘違いしないで」
愛華はぽかんと口をあけて、ようやく理解した。また余計なことを言ってしまったようだ。スターシアには最初からオチが見えていたが、ここまでお約束通りだと微笑ましい。エレーナが笑い声をあげると、全員が爆笑した。
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