第38話ラスボス
シャルロッタも愛華と走るのを愉しんでいた。
集団を抜ける時、初めはあまり当てにしてなかった。それどころか、自分の捨て身とも言える追い抜きに、金魚の糞のようについて来る姿に苛立ちすら覚えた。
自分じゃなにもしていないのに、エレーナ様に褒められようとしている。
しかし、シャルロッタは気づいた。無茶苦茶な走りをする自分に、愛華は傷つき消耗したエレーナとスターシアが無理せず追走出来るラインとリズムでついて来ていることを。
自慢じゃないが、自分には絶対出来ない走りだ。自分がブロックをこじ開け、隙を作っているとはいえ、遅れず続くだけでも容易いことではないはずだ。レース経験のないに等しいビギナーが、必死に追いすがるのではなく、後ろを気にする余裕までかましている。
それは驚きと同時に、頼もしくも思えた。
(もしあたしだけだったら、エレーナ様とスターシア御姉様を上手く引っ張れた?)
愛華がエレーナを護っているから、後ろを気にせず思いきり暴れられる。愛華がいなければ、あれほど早くエレーナ様とスターシアお姉様を集団から脱け出させることは出来なかったにちがいない。
愛華のおかげで、自分の攻撃力を存分に活かせた。高慢なシャルロッタにもそれは理解出来た。
アイカが高いレベルで安定した走りが出来るライダーであることは認めてあげるわ。ここからは、更に速いスピードを持っているかを試させてもらうから。バレンティーナを倒し、エレーナを優勝させるには、あんたの協力が不可欠なのよ。
これまでのレースではエレーナとスターシアにフォローされてきた。速く走らせてもらってた。一方的に保護されていた。エレーナ様のために優勝することが自分の役割だと信じていた。
今日、初めてエレーナ様を優勝させるために走っている。もう一人も同じ目的で走っている。一人で出来ない事も二人なら出来る気がする。
初めて対等なパートナーに出合えたかも知れない。
シャルロッタがコーナーから立ち上がる。
エンジンが吹け上がる。
ピッタリのタイミングで愛華が飛び出す。
二段ロケットのように加速が続く。
次のコーナーでは愛華が先行して抜ける。愛華のエンジンが吹けきる直前でシャルロッタが前に出る。初めて組んだコンビとは思えない息の合った連係だった。愛華の走りは、確かにとびぬけたテクニックはない。逆にそれが信頼出来る。基本技術だけでこれだけ走れるのは驚きだ。愛華の潜在力に震えた。
エレーナの驚きは、シャルロッタ以上だったかも知れない。シャルロッタの才能を活かそうと、随分苦労した。結局どれも徒労に終わった。何回か優勝出来たのは、
「私とスターシアが万全だったとして、果たしてあの二人に対抗出来るだろうか?」
客観的には、まだエレーナとスターシアのペアには届いていなかったが、エレーナは近いうちにチームの主軸を明け渡す事になると感じた。
集団を抜け出した愛華たちは、追いすがる他チームのライダーたちを振り切って、バレンティーナを追った。
単独で逃げるバレンティーナを、ストロベリーナイツがチームで追うという展開。本場でもなかなか観られない手に汗握る追走レースに、少し前までのスローペースに退屈しかけていた観客の興奮も一気に高まった。初めてレースを観た愛華の友人たちなど、お嬢様であることも忘れて
既にリタイヤでレースを終えていたラニーニは、複雑な心境でレースを見守っていた。エースライダーのバレンティーナの優勝はほぼ間違いない。しかし、自分の転倒がエレーナを巻き込んだ負い目と、そのエレーナを友だちの愛華が懸命に引っ張っている姿に、思わず応援したくなる。
(アイカちゃん、がんばれ!)
ライダーとしてエースの逃げきりを願いながらも、心の中で友だちに声援を送っていた。
バレンティーナは勝利を確信していた。ここまで引き離せば、安全圏だと見ていた。必ずエレーナのチームは追い上げて来るとは予想していたが、残りの周回数を考えれば追いつくことは不可能だ。
予想通り、ストロベリーナイツが集団を抜けて追い上げていることをピットから知らされても、焦ることはない。余力を振り絞り、自分もペースを上げた。
追う立場の者は、目標が近づけば勢いにのる。逆に、いくら追っても、追いつけないと見せつけられれば、簡単に折れる。最後まで飛ばす必要はない。見えてた背中が見えなくなるだけで、大抵のライダーは諦める。
エレーナには通用しないのはわかっている。しかし、エレーナはどうやら転倒のダメージを抱えているらしい。スターシアもかなり消耗しているようだ。それにスターシアに根性は似合わない。
愛華の粘り強さは、前に思い知らされたが、彼女にこの差を詰められる走力はない。
シャルロッタのスピードは要注意だが、あのすぐに投げやりになる性格は、この場合怖れる必要はない。
バレンティーナは、勝利を確かなものにするため、もう一度ペースを上げた。
バレンティーナの渾身のペースアップにもかかわらず、その差は一周で2秒も縮められた。1対4というハンデを差し引いても、信じられない勢いで迫っている。いったいどういうことなのか?
「アイカか!?」
バレンティーナは愛華に対して、説明の出来ない驚異を感じていた。エレーナのお気に入りと言うだけでなく、どうにも自分と相性が悪い。初登場のドイツGPでは思わぬ苦杯を味わった。あれからレース毎に成長している。しかし、今の実力を客観的に見れば、自分が怖れる相手ではないはずだ。
「相性なんてただの思い込みだよ。ありもしない驚異に囚われて、自分からマイナスに嵌まっていってるだけさ。大丈夫、このペースを守れば、ゴールまで逃げ切れる。フィニッシュラインを1ミリでも前で通過すればいいんだ」
彼女は自分に言い聞かせた。計算上では、まだ自分に歩がある。
しかし、次の周には3秒近く詰められていた。もはや物理的優位性はない。そうなると精神的にも追い詰められるのはバレンティーナの方だった。既に苺騎士団は、自分の姿を絶えず捉え、ますます勢いづいているはずだ。背後に迫る影に脅え、ひたすら逃げるしかない。
ラストラップ、ダウンヒルストレートの下りで、遂にストロベリーナイツはバレンティーナを捉えた。ゴールまであとコーナー四つ。ぎりぎりの場所だ。
シャルロッタが猛然と襲いかかる。バレンティーナも意地でも譲らない。残り三つのコーナーを抑えれば勝ちだ。
シャルロッタに気を取られていると愛華が隙をついて来る。走路妨害すれすれのブロックで凌ぐ。
そして最後のビクトリーコーナーで、同時に仕掛けられた。
左右に並ばれ、もう防ぐ事は不可能だ。それでも最終的にエレーナさえ抑えれば自分の勝ちだ。
エレーナの位置を探る。振り返る余裕はない。直感で愛華の後ろにいることに賭けた。愛華をアウト一杯に押しやり、前に出るコースを塞ぐ。その時、シャルロッタの背後からすり抜ける影を視線の片隅で捉えた。
「そっち!?でも甘いよっ!」
ぎりぎりでシャルロッタの横にラインを移す。
「絶対にエレーナだけはボクの前にいかせない!」
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