第34話愛華の応援団
愛華は、フリー走行であまり細かくセッティングを詰める事が出来なかった。しかし、それはいつもの事で、彼女には細かくセッティングを追い込んでいくだけの経験も知識もない。なんとかセッティングの仕方を学ぼうといろいろやってみるのだが、担当になったメカニック、ミーシャを却って困惑させるだけだった。それでもミーシャは、愛華の曖昧な要望をよく理解して、安心して攻められるマシンに仕上げてくれていた。
今回はむしろ、100分の1秒を削るシビアなセッティングのために走行時間を使うより、スターシアとずっと一緒に走れた事の方が愛華にとって得るものは大きかった。スターシアのきれいなライディングから、無駄のないライン取りとコースのポイントを学ぶことが出来たのは、結果的によかった。そしてそれはシャルロッタにも言える。
シャルロッタの場合、知識と経験がないと言うより、セッティングと言う根気のいる作業が苦手であった。細かなデータを取り、感覚的な感想を言葉にして伝え、メカニックと何度も相談しながら進める地味なセッティング作業が、早く言えばめんどくさい。シャルロッタのライディングは、当然の如くライン取りなども直感的なもので、時に無理矢理曲がらなくてはならない状況に陥ったりする。それでもあり得ないマシンコントロールでクリアしてしまうので、本人は改善しようとしてこなかったし、乗りやすいように、マシンを合わせようという気はあまりおこらない。
それがフリー走行で、エレーナとスターシアにつきっきりで周回を重ねる事により、 スムーズに走れるラインを体が覚え、老練なセルゲイおじさんが、エレーナのセッティングを参考にしながら、彼女の乗り方に合わせてくれていた。自覚はなくとも確実に速くなっている。
そしてエレーナが終了間際に叩き出したベストタイムは、ライバルたちの闘志を挫くほどのもので、非公式ながらこのコースのレコードを塗り替えていた。
バレンティーナは、あくまで平常を装っていたが、内心かなり焦っていたのは事実だ。ニューマシンの仕上がりは素晴らしく、耐久性もレースシュミレーションテストでは全く問題なかった。この日本GPでその差を見せつけて、エレーナのタイトルへの希望を打ち砕くつもりだった。しかし、公式練習でエレーナの記録したタイムは驚異的である。バレンティーナは本気でタイムアタックはしていなかったが、正直予選であのタイムを越えられる自信はない。
予選は予選、と自分に言い聞かせていたが、ストロベリーナイツの最初のライダー、愛華がフリー走行でのエレーナのレコードに迫るタイムを記録し、自チームのライダーたちに動揺が拡がった。バレンティーナはこの時点で悪い予感がしていた。
予感は悪い方へと転がり始める。愛華のタイムを越えようと限界のアタックをするブルーストライプスのライダーたちが、次々とミスを侵し、更にはストロベリーナイツ二番手のシャルロッタが、エレーナが記録したサーキットベストを上回るタイムを刻んだ事で、スミホーイも格段に戦闘力をあげてきているという事実を認めざるえなかった。自分たちのマシンの圧倒的優位性が崩れた精神的落胆は大きい。バレンティーナと同程度の性能であるマシンを駆るラニーニすら、どこか自信のない走りで、愛華のタイムにも届かない。
スターシアがシャルロッタに次ぐタイムを記録し、バレンティーナのアタック直前でエレーナが再びサーキットレコードを更新した。
すべての人々が見守る中、最後のアタックに挑んだバレンティーナは、ついにエレーナのポールポジション最年長記録更新を阻止出来なかった。シャルロッタのタイムにも届かず、何とかスターシアの前に割り込めたのが、せめてもの救いだった。
日本GP
モトミニモ予選結果
Top エレーナ・チェグノワ
ストロベリーナイツ・スミホーイ
2 カルロタ(シャルロッタ)・デ・フェリーニ
ストロベリーナイツ・スミホーイ
3 バレンティーナ・マッシ
Bストライプス・ジュリエッタ
4 アナスタシア・オゴロワ
ストロベリーナイツ・スミホーイ
5 河合愛華
ストロベリーナイツ・スミホーイ
6 ラニーニ・ルッキネリ
Bストライプス・ジュリエッタ
7 アルティア・マンドリコワ
アルテミス・LMS スミホーイ
8 マリア・ローザ・アラゴネス
Bストライプス・ジュリエッタ
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グリッド二列目までに、5台のスミホーイが並び、しかも最前列4台の内3台のストロベリーナイツのライダーが並んだ。愛華は二列目になるが、エレーナのすぐ後ろからのスタート位置である。この時点迄は、エレーナの作戦は想定以上に上手く進んでいる。しかし、こういう時ほど気を引き締めなくてはならないのは、誰よりもエレーナは知っていた。
──────
「おーい、アイカ。可愛いコスプレのサポーターが来てるぞ」
予選終了後、エレーナとシャルロッタが予選上位者の記者会見に出席している間、しばしリラックスしていた愛華は、会見から戻ったエレーナから呼び出された。
自分が知らぬ間に有名人になっていた事には気づいていたが、まさか応援団までいるとは思っていない。しかもコスプレだという。不安な気持ちでテントの入り口へ向かった。
エレーナが許可するのだから、おそらくあまり危ない人たちではないはずだ。
「あいかーっ!ひさしぶり〜ぃ」
なんと外にいたのは、愛華の中学時代の友人たちだった。コスプレではなく、白百合女学院高等部の制服を着ている。スターシアの影響で日本のアニメをいつも観させられていたエレーナは、その制服をアニメのコスプレと勘違いしたらしい。いくら異文化とは言え、日本の女子高生の普通のスタイルだと判りそうな気もするが……。
「みんな!来てくれてたんだ、ありがとう!予選の前にあの横断幕見つけて、びっくりしたけど、すごく気合い入ったよ!」
跳びあがって喜ぶ愛華を六人ほどの制服を着た女子高生が取り囲む。
「ね、愛華の応援にあの応援幕は欠かせないでしょ?」
「美穂、ありがとう!」
「気合い入った割りには5位って、ちょっと情けなくない?」
「智佳!あんたの応援が足りないからだよ!だいたい世界の5位だよ、すごいよ、愛華」
「紗季ちゃんもありがとう。でも智の言う通り、わたし、まだまだ頑張らないとね」
「その意気だぞ、愛華!みんなも、もっと上をめざす愛華に5位ごときで褒めるのは失礼だぞ」
他の子より一段背の高い智佳と呼ばれた少女は、取って付けたようにつくろい、愛華を含め他の少女たちを見回した。お嬢様然とした他の子たちとは少し雰囲気が違い、小顔でショートカットの如何にもスポーツ少女という感じで少し浮いている。
「遠いところ来てくれて本当にありがとう、みんな。でもどうやって来たの?それにどうして制服なの?」
「山崎先生が連れて来てくれたの。『我が校の誇りある代表が、世界の表舞台で戦っているのに、応援にもいかないでどうするんだーっ』て、学校側に直訴してくれて、授業も公欠扱いで、交通費まで全部学校から貰えることになったんだよ。その替わり制服着用になっちゃったわけ」
「山崎先生って……?」
必死に思い出そうとするが、愛華には山崎と言う名前の教師は記憶にない。もしかしたら結婚して名字が変わったのかもと考える。
「なに言ってるの?亜理沙ちゃんだよ。あいか、いちばん仲よかったじゃない」
「あっ、そうか、亜理沙ちゃんって山崎って名字だったんだよね。忘れてたぁ」
山崎亜理沙先生は、美術課程の担当教師である。年齢よりずっと若く見える外見と天然さで、生徒たちから『亜理沙ちゃん』と慕われていた。美術教師でありながらデッサンの腕前はかなり残念だった。本来の専門は、写真をベースにしたCGアートで、作品は結構な評価がされているらしい。広告などの依頼も多いが、自分の芸術へのこだわりからそういった仕事を受けないとのことだった。どうして美術の先生に採用されたかは不明だったが、生徒からの評判も良かった。愛華が直接教わる事はなかったが、女性アスリートの写真を素材にした作品作りをライフワークにしており、よく愛華もモデルを頼まれたりしていた。自分の写真が幻想的な絵画のようになっていくのに感動して、よくラボに遊びに行き、先生と生徒と言うより友だちのように親しくしていただいた。しかし、名字を忘れた言い訳にはならないので、申し訳なくて恥ずかしくなるが、肝心の亜理沙ちゃんが見当たらない。
「それで山崎先生はどこにいるの?」
「さっきまで一緒だったんだけど、どこ行ったのかな?たぶん、その辺で美人ライダーかレースクィーンの写真撮ってるんじゃない?亜理沙ちゃん、美女に目がないから」
「あははっ……」
愛華は苦笑いでスルーした。亜理沙ちゃんの趣味は中学の頃からよく噂になっていた。別に個人の芸術作品の素材として写真撮っているだけで、やましいところはないのだけれども、なんとなくあぶない人と思われがちだった。本人は「女が女を撮るんだから、別にイヤらしくないでしょ?」と言うのだが、生徒たちは逆に「男の人ならイヤらしいのもわかるけど女なのに、女だから余計に危険」とか言って、いろいろ噂していた。それでもみんな撮られてわいわい歓んでた。
美女ならこのチームのスターシアさんが一番なのに、と早く亜理沙ちゃんにスターシアさんを紹介したい愛華だった。
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