第33話シャルロッタには友達が少ない

「アイカ、コイツに近づくとバカが感染るから注意しろと言ったろ。アイカなら自制出来ると思ったが、私が甘かったようだ」


 エレーナは、失望というより呆れていた。愛華が謝罪しようとしたのを、シャルロッタが「ここはあたしに任せて」と、先に口を開いた。


「エレーナ様、聞いてください。悪いのはあたしなんです。アイカに勝負を持ちかけられ、一度は断ったのですが、エレーナ様を侮辱され、それだけは我慢できずつい理性を見失ってしまいました。新人の手本となるべき立場にありながら挑発にのってしまったのは、すべてアイカがエレーナ様を侮辱したからです」


「ええ〜っ!まさかの裏切り?」


 流れから考えて、自分一人が罪を背負うつもりかと思ったら、途中から愛華が悪者にされていた。しかし、エレーナが信じるはずもなく、


「ドやかましいわ!バカの感染源はおまえしかおらんわ!」


 当然の如くシャルロッタはつかれた。


「うぅぅ、ひどいよエレーナ様。あたしの言うことなにも信じないで、アイカばっかり信じるなんて。えこひいきだよぉ」


 因みに愛華はまだ何も言ってない。言わなくともわかる。贔屓ではない。誰もシャルロッタの話を信じないだろう。


「聞かんでもわかっとるわ!だいたいおまえに理性など最初からあるか!」


「痛いっ、痛い。あたしに理性がなくなったのは、エレーナ様がボカボカ頭叩くからだよぉ。エレーナ様なんか嫌いだぁ〜っ」


 シャルロッタは両腕で頭を庇いながら立ち上がると、背を向けて逃げ出してしまった。エレーナは彼女を追わず、「逃げたか」っとつぶやいて笑っていた。


 愛華はシャルロッタの裏切りは少しショックだったが、自分にも非があるので一方的に怒られたシャルロッタが気になった。


「心配するな、あれは演技だ」


 心配そうな愛華を少しからかうようにエレーナが言う。


「演技なんですか?」


「まったく見えすぎた演技しかできん奴だ。あれで私を誤魔化せると思っているのか。それよりシャルロッタに随分気に入られたようだな、アイカ」


 エレーナの言う演技というのが、裏切り発言のことなのか「嫌いだぁ」と言って走り去ったことなのか?シャルロッタの嘘はエレーナでなくともわかるだろうから、たぶん後者なのだろうが、彼女に気に入られたと言うのは意味がわからない。


「シャルロッタはバカだが、人を陥れてまで保身するほど落ちぶれていない。私がそういう行為を最も嫌っているのも知っている」


 エレーナの性格を知っているなら、なおさら不可解な行動だ。必ずあとで殺される。


「あいつはバカなりにアイカを庇ったのだろう。私の怒りが自分一人に向かうようにな。本気で言い訳するなら、異星人に操られていたとか、もっとアホらしいことを言うはずだ。そんなことを言ってたら、本当に殺してやったがな」


 やっぱり殺す気でいたんだ。しかし本気なら異星人に操られてたって、やっぱり発想が凡人とは違う。


「あいつは実力を認めた者にはそれなりの敬意を持つ。回りくどくてバカらしいやり方だが、天の邪鬼のあいつとしては精一杯おまえを庇ったつもりなんだろう」


 どこまでも不可解なシャルロッタの愛情表現に、愛華は呆れると同時に嬉しくなった。にわかに信じられないが、シャルロッタをよく知るエレーナが言うのだから、そうなのだろう。


 なんとも面倒くさい人だけど、本当は優しい人なんだと微笑ましくなる。


「午後の公式練習は、二人とも私たちと一緒に走れ。真面目にコースを覚え、四人の足並みを揃える。いいな」


 エレーナは午前のフリー走行については何も言わなかった。シャルロッタもこれ以上責めないようだ。エレーナもまた、シャルロッタの実力は認めていた。


「だあっ!シャルロッタさんにも伝えてきます!」


 愛華は明るく応え、駆け出して行った。その背中を見つめるエレーナの頬が自然に弛んだ。


「気持ち悪いですよ。一人でニヤニヤしないで下さい」


 スターシアが傍に来ていた。


「アイカに感謝されるシャルロッタを想像したら、笑えてきた」


「性格悪いですね」


「散々迷惑受けているんだ。それくらい楽しませろ」


「『べ、べつにアンタを庇おうとかしたわけじゃなくて、ちょっとエレーナ様に叱って欲しかっただけなんだから、勘違いしないでよね』とか言うんでしょうね」


 スターシアがシャルロッタの口真似をして微笑む。


「スターシアも楽しんでいるだろ?」


 二人とも声に出して笑った。



 ──────



 午後の公式練習は、愛華もシャルロッタも、エレーナとスターシアについて、四人揃って走ることになった。再び二人が暴走するのを危惧したからという訳ではない。


 シャルロッタはあくまでも下僕と言い張ったが、愛華をチームメイトとして認めた。とはいえ、愛華とシャルロッタが同じレースを走るのは初めてだ。しかもシャルロッタはこれまでエースライダーとして走っていたので、このメンバーでエレーナのアシストをするのは、チームにとっても初めてである。


 それぞれは高いレベルのライダーであっても、チームとして機能させるにはお互いの連係が大前提である。いきなり複雑なコンビネーションなどは、いくら彼女たちであっても簡単に出来るものではない。ましてシャルロッタは、アタック力はずば抜けているが頭は空っぽという非常に扱いの難しいじゃじゃ馬だ。どう使うかはエレーナもまだ決めかねていた。それでも一緒に走り、最低限お互いの走りの特徴やリズムは把握して置く必要がある。



 このレースは、終盤を向かえたタイトル争いの上で、絶対に落とせない分岐点となるだろう。


 噂されていたジュリエッタのバレンティーナ用ニューマシンが、予想通り持ち込まれている。今回はバレンティーナ専用の一台のみであるが、欧州ラウンドの最終二連戦には他のライダーにも行き渡るだろう。そうなるとここまでのように簡単には勝てない。たとえエレーナが勝てたとしても、バレンティーナも上位に食い込んで来るのは必至だ。それどころか、調子に乗らせると逆に上位を独占される可能性すらある。だからこそ、ここで流れを渡す訳にはいかない。このレースで四人体制になったストロベリーナイツの強さを見せつけ、そのまま最終ヨーロッパラウンドに移りたい。


 ストロベリーナイツが急遽シャルロッタを復帰させ四人体制にしたように、ブルーストライプスも何としてもタイトルを死守しようと必死だ。


 シャルロッタが復帰した事で、愛華のマシンを診てくれてたセルゲイおじさんが、本来のシャルロッタ担当に戻ってしまった。一応、二人共セルゲイの担当なのだが、シャルロッタの要求が理解出来るのは彼しかいない。ピットインすると、まずはシャルロッタに向かわなければならない。おまけに愛華のマシンに時間を向けると、シャルロッタの機嫌が悪くなる。愛華は自分が文句を言える立場にない事を自覚しており、不平を言わなかった。


 替わりに愛華専属についてくれたのが、シャルロッタと共にツェツィーリアから来た若いメカニック、ミーシャだった。彼はセルゲイおじさんの甥で、若いがなかなか腕は確かだ。十代の頃には、ライダーをめざしていたが才能に見切りをつけてメカニックになったと自己紹介した。愛華にとって良かったのは、彼がライダーとして才能がなかった分、ライディングに関して非常によく研究していた事だ。愛華の走りを見て、セッティングだけでなく、それに合わせた乗り方のアドバイスまでしてくれて、とても勉強になった。


 それに対しても、シャルロッタは不満そうだったが、彼女の乗り方にアドバイスできる人間などいないのは、本人が一番よく知っていたし、求めてもいなかった。


 それ以外でも、シャルロッタは事ある毎に愛華に絡み、イチャモンをつけた。フリー走行を終えたあと、愛華がラニーニとちょっとした女子トークをしていると、「敵と仲良くしてるんじゃないわよ!」と割り込んで来る。しかし、愛華もラニーニも、それが本心でなく下僕である愛華を独占したいだけだとわかってしまって、思わず微笑んでしまう。嫉妬とも言う。シャルロッタはぷんぷん怒って、ラニーニから愛華を引き離そうと引っ張っていく。


「こういうのツンデレって言うんだって」


 離れ際、ラニーニにこっそり教える愛華だった。


(アイカちゃん、大変そう。でもちょっと羨ましいなぁ……)


 ラニーニは手を振って二人を見送った。



 ──────


 土曜日、MotoGPの予選終了後、いよいよMotoミニモのタイムアタック方式の予選が始まった。

 デビュー戦では一番最初に走った愛華も、今やトップライダーの仲間入りをしていた。


 愛華がメインストレートとスタンドの間のオーバルコース上に設けられたスタートステージに登場すると、スタンドは一気に盛り上がった。

 GPの雰囲気に大分慣れてきた愛華であったが、本場に負けない大歓声に思わずたじろぐ。

 彼女の活躍が、インターネットやBS放送で報道されて、本人の知らないうちに日本でもかなりの人気となっていた。


 一段高い特設のスタート台からスタンド席を見回す。


「うわぁ、すごいなぁ。Motoミニモも日本でこんなに人気あるんだぁ。あっ!」


 愛華が見つけたのは、最終コーナー近くのスタンドの手摺に吊り下げられた垂れ幕だった。そこからだと遠くてよく読めないが、愛華には細かい文字まですぐわかった。


『河合愛華ファイト!!

白百合女学院体操部』


 それは、愛華が中学まで在籍していた白百合女学院体操部の応援幕だ。大会の時には、同じ部の友だち、先輩、後輩、クラスメイトたちまでもが、あの応援幕を掲げて応援してくれた。


「みんな、遠いのに来てくれたんだ。カッコ悪いとこ見せられなくなったじゃない!」


 懐かしさとともに、俄然ヤル気がこみ上げて来る。


「いきますっ!」


 スタンドまで届けとばかり大声で気合いを入れて、スロープを下って行った。

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