第30話中二病でもレースがしたい

 日本GPでシャルロッタを復帰させる事がエレーナに伝えられたのは、日本に向かう直前だった。ジュリエッタ対策として、いささか時代遅れだった自国製のインジェクションから、外国製の最新のものに代えたマシンを携えて来るらしい。心配された愛華の処遇は、そのままアシストと起用し、チームは四人体制でタイトル奪取に挑む事となった。


 シャルロッタの突破力は、エレーナやスターシアをも上回っており、チームにとってこれ以上ない戦力増強のはずなのだが、エレーナは頭を抱えた。


 現在のストロベリーナイツは、自分とスターシア、それにアイカの三人で、それまで以上にバランスのとれた一体感のあるチームになっている。メカニックたちの士気も高い。シャルロッタが加われば、そのバランスが崩れ、チームとしての混乱するおそれがある。


 確かにシャルロッタは、一人のライダーとしては、間違いなくアイカより速い。しかし、何と言ってもだ。指示通り走らない。別に逆らっている訳ではない。あれは自分とスターシアにだけは従順だ。しかし、挑発されれば我を忘れ、勝ちが見えれば先走る。要するに自分をコントロール出来ないアホだ。これまで何度作戦をぶち壊してくれたことか。自分とスターシアのどちらかが、絶えず見張っていなければならない。エースとして中心に据えるならそれも可能だが、アシストとしての使い道が浮かばない。


 その上、愛華を敵視しているとくれば、もう迷惑以外何ものでもない。実際どれほど復調しているのかもわからない。



 ──────


「アンタ、ちょっとあたしがいない間にもぐり込んで、ほんのちょっと活躍したからって、いい気にならないでちょうだいよね!」


 日本GPの行われるツインリンク茂木のパドックに、エレーナたちと入った愛華に、ゴシックロリータファッションに身を包んだシャルロッタが開口一番絡んできた。最近はセクシーさを売り物にしたレースクィーンが自主規制の傾向にあり、マニアうけを狙うコスプレレースクィーンも珍しくないが、開幕前の慌ただしいパドックに似つかわしくない。


 腰にまで届きそうな緑色の髪をツインテールに束ね、仁王立ちで睨み付ける小柄な少女は、まるでアニメの世界から抜け出したような現実離れした印象だ。


 彼女の二次元的な雰囲気はそのゴスロリファッションだけが理由ではない。右の瞳は茶褐色だが、左の瞳は髪と同じ緑色。しかもそれはスターシアのように透き通るようなエメラルドでなく、のカラーコンタクトである。


 どうやらこのジャンルの最近のトレンドは金銀妖瞳ヘテロクロミアらしい。緑色のカラーコンタクトを入れた左目には、異能の力が宿る設定だと思う、たぶん。


 コスプレヤーとしては高いレベルなのだが、当人は本気だ。いわゆる真性の中二病と言われる病である。


 シャルロッタは、愛華に向けて人差し指を突きだし、

「あたしの半身バイクを奪って勝手に乗り回して、いい気になってるんじゃないわよ」

 と凄んた。


「おまえが欠場したおかげで、どれだけチームに迷惑かけたと思っているんだ、このアホ!少しは反省しろ」


 間髪入れず、エレーナが彼女の頭をついた。


「痛〜っ。痛いよ、エレーナ様。だって、そいつはあたしのバイク盗って、おねえさまたちをたぶらかしているんだよぉ。だけど、あたしが戻ったからには、もう勝手な真似させないから!あんたなんか、あたしがいなくって寂しかったエレーナ様が、ちょっとつまみ食いしただけなんだからね、っ!痛いっ!痛いっ!……ちょっと本当に痛いって!グーで殴るのはやめてっ」


 エレーナがグーパンチでタコ殴りにする。シャルロッタは両腕で頭を庇いながらうずくまった。エレーナは四つん這いになったシャルロッタに跨がり、バックマウントポジションを獲ると耳朶を引っ張って尋ねた。


「誰が寂しかったって?誰がつまみ食いしたって?それではメインディッシュはおまえか?おまえの脳味噌、スープにして頂くとするか?だいたいアホな事して怪我するおまえが一番悪いんだろ?ちがうか?誰が悪い?」


「あぅーっ!耳がちぎれるぅ!ゴメンなさい!あたしが悪いです。あたしの脳味噌スープは美味しくないです、空っぽですから!ぎゃーっ、ギブっ、ギブです!」


 シャルロッタが馬乗りになったエレーナの脚をタップして、ようやく解放された。緋と黒のボーダーの二ーハイソックスの膝が破れ、幾重ものフリフリの重なったスカートも汚れていた。それでも立ち上がると真っ赤になった耳で外れかかっていたピアスを直しながら、涙の浮かんだヘテロクロミア(偽物)で愛華を睨みつける。


「ふん、今日のところはエレーナ様に免じて許してやるわ」


 強がって見せたが、典型的小物キャラのセリフだ。再びエレーナがキッと睨みつけると、「ひっ!」とたじろいでスターシアの後ろに隠れた。

 緑色のウィッグがずれ、自毛であるブルネットの髪が見えている。ゴスロリ調のドレスの胸の膨らみも、不自然に傾いでいた。パットごと誇張サイズのブラがずれているのに、本人以外は皆気づいていたが、敢えて見えないふりをしてあげた。せめてもの情けだ。


「アイカちゃんは、エレーナ女王が極東の地から召還した姫騎士なんですよ。この地で貴女の復活に立ち合うのも、千年前からの宿命です。氷の魔女に仕える者同士、力を合わせなくてはなりません」


 スターシアが、悟すようにシャルロッタに語った。愛華には今ひとつ意味がわからない。何気に氷の魔女と言われたエレーナも一瞬眉をピクリとさせたが、言ってる意味がわからないらしい。


 しかし、シャルロッタのツボには嵌まったようだ。


「……氷の魔女の眷属なら、仕方ないわね。でもいい?あんたは一番下っ端なんだからね!姫騎士なんて名乗るのは一万年早いわ。騎士見習いよ。いえ、それも生意気だわ。下僕げぼく、そうよ、奴隷よ。わっ!ゴメンなさい、エレーナ様。冗談ですって、だからグーはやめて」


 エレーナが一歩前に踏み出したとたんに、頭を押さえて謝っていた。幼少の頃から天才と言われ、自己顕示欲の肥大しすぎたシャルロッタも、エレーナには絶対逆らえないらしい。



 ようやく落ちついて、愛華が口を開いた。


「初めまして。あの……わたし、シャルロッタさんのこと、すごく尊敬しているんです。身長とか、わたしとあまり変わらないし、シャルロッタさんのライディングを参考にしようといつも研究してたんです。けど、やっぱりシャルロッタさんは天才なんだって……、わたしとは才能が全然ちがうんだって思い知りました。だから、シャルロッタさんの下で走れるのは、すごく光栄だと思ってます」


 謙遜でなく、愛華の本心であった。あまりに純心な愛華に、逆にシャルロッタが戸惑ってしまう。


「なに?あたしにもゴマするつもり?あたしはたぶらかされたりしないからね。でもまあ、魔力は生まれ持ったモノだから、どんなに努力しても敵わないってことはわかってるみたいね。アンタの謙虚な姿勢は褒めてあげるわ。世の中、魔力の差も気づかない哀れな人間も多いから」


 どうやらシャルロッタ語では才能の事を魔力と訳すらしい。一応記憶の辞書にメモしておく。


「まずは明日のフリー走行で、選ばれし者の走りを魅せてあげるから、あたしについて来なさい」


「ありがとうございます!シャルロッタさんに教えてもらえるなんて、感激です!」


 愛華があまりに素直に答えるので、シャルロッタは調子が狂わされてしまう。


「べ、べつに教えるとかじゃないわよ。大抵の人間は、自分の無力さに打ちのめされるけど、アンタは最初からわかっているようだから大丈夫そうね。せいぜい頑張ってついて来なさい」


「だあっ!」


「だあ……?とにかく足手まといになるようだったら、エレーナ様がなんと言おうと追い出すからね」


 なんだかんだと言いながらも、シャルロッタも満更でもなさそうだった。


「良いのですか?そんなこと言って。アイカちゃんの潜在能力は未知数ですよ。女王すら把握出来ないほどの魔力を秘めています。秘めた魔力を覚醒させることになるかも知れませんよ」


「あんた、覚醒するの?一体何者?」


 スターシアもシャルロッタ語が話せるようだ。愛華も薄々気づいていたが、スターシア語と同じ言語系と思われた。(正確には同じ美少女アニメオタクでも、ジャンルが異なるのでスターシアのシャルロッタ語は正確とは言えない)


「覚醒とかわりませんけど、少しでも近づけるように頑張ります」


 この頃は、愛華もオタク会話を微妙にスルーしながらも話を合わせるスキルをスターシアとの会話から身につけていた。


「……まあ、いい心掛けだわ。覚醒するなら早いとこ覚醒して、あたしの足引っ張らないようにしてちょうだいね。あとあんた、あたしと身長とか変わらないとか言ったけど、あたしの方が大きいわよ。それにスタイルなんかはまるで違うんだからね。アンタみたいな『つるぺた』と一緒にしないでちょうだい」


 …………


「だあぁ……」


「何よ、その間?」


「いえ、別に……、」


「それからねぇ、○□☆●だから、○☆◎△……!」


「だあっ!」


「だからその『だあっ!』って何よ?」




「意外と相性良さそうですね、あの二人」


「アイカが素直だからな」


「素直ですね、アイカちゃん。エレーナさんなら大喧嘩です。一方的で喧嘩にならないでしょうけど」


「アイカは大人だ」


「大人ですね。それに大物です」


「大物だ。二人とも胸は小物だが……、もしかすると、最強のチームになるかも知れない」


「わくわくしてきました」


「問題はまだ山ほどあるがな。だが楽しみだ」


 四人体制にする上での一番の不安要素が薄らいだ事に、エレーナとスターシアは胸を撫で下ろしていた。


 しかし、この出逢いが想わぬ展開になるとは、エレーナもスターシアも、当人たちすら気づいていなかった。


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