02:月と地球

「この様な一方的な離脱・独立宣言は、主権国家としてあるまじき行為であるとともに、到底認められるものではなく、誠に遺憾であります。地球連合としては、直ちに連合会議の場で話し合う必要があると考えており、ルナシティ代表管理者であるニール・ブラウン氏の出席を促しております」

 この地球連合の事務総長の声明が流れ始めて既に3日が過ぎた。

 ルナシティの一方的な宣言を受けて行われた記者会見の映像である。

 それ以来、ルナシティも地球連合も動きはない。

 一般人から見れば動きはなくとも、水面下で交渉が進んでいるのかもしれない。

 だとしても、知った事ではない。

 同じような内容しかやらないテレビをボーッと眺めながら、少年はトーストを口に運ぶ。

 戦争勃発などとメディアは騒いでいたが、それも息切れ気味で、すっかりいつも通りだ。

 そうやってうやむやになって、知らない所で決着がつくのだろう。

 少年を含めた全一般人は無責任ながら、そう考えている。

 コップに注がれた牛乳をちょうど飲み干した時、玄関のチャイムが鳴った。

「ほら、来たわよ」

 母が少年を急かす。

 面倒くさげに少年は鞄を手に取り、玄関へ向かった。

 靴を履き、ドアを開けると少女が立っていた。

「よっ!」

 少女は右手を上げてあいさつする。

「ぉはよ……」

 少年は生気のない声で答えた。

「相変わらずね」

 呆れながら少女が言う。

 学校に向かって、二人は並んで歩き始めた。

「宿題やった?」

「え?何の?」

 少年が目を見開きながら少女を見た。

 完全に忘れていたパターンだ。

「数学!忘れたの?」

 少女が頭を抱える。

「そんなんあったっけ?」

 全く記憶にない少年。

「あった。手伝ってやんないかんね」

 少女は冷たく突き放すように言う。

「えー、見せてくれよー」

 すがるような目を向けてくる少年に、少女はイライラし始めた。

「毎回じゃない!少しは自分でやれっての……」

「頼むよぉー、俺の女神様ぁー」

「こういう時だけ女神様言うな!」

 その瞬間だった。

 携帯端末がけたたましく鳴り響く。

 今までに聞いた事ない音だ。

「何!?」

 取り出した携帯端末は操作もしていないのに映像を流し始めた。

 画面にはニュース番組のアナウンサーが写される。

「え?何?」

 画面のテロップには『月と地球、開戦』との文字が出ていた。

「え?戦争始まったの?」

「どういう事だ?」

 状況が全く飲み込めない。

「繰り返してお伝えします。日本時間の今朝八時、ルナシティは地球連合に対して宣戦を布告。同時刻に世界の主要宇宙港十三カ所にミサイル攻撃を開始しました。日本最大の宇宙港・成田スペースポートも標的とされており、現在確認できるだけでも五発のミサイルが着弾、多数の死傷者が出ている模様です」

 二人は理解できなかった。

 戦争が始まった。

「嘘……」

「一般人巻き込んでるじゃねーか……」

「官房長官の記者会見が始まるようです。総理官邸の映像に切り替えます」

 映像が切り替わり、官房長官が映し出された。

「えー、今回のルナシティからのミサイル攻撃に関しまして、現状分かる範囲でお答えします」

 官房長官が言うには、日本時間の朝八時にルナシティは地球連合に対して宣戦を布告。

 それと同時刻に世界十三カ所の宇宙港に複数のミサイルが同時に着弾した。

 ルナシティのこの軍事行動は事前に予期できるものではなく、完全な不意打ちである事。

 軍施設ではなく、一般客も多く利用している主要宇宙港を狙った事は甚だ遺憾であり、直ちに地球連合は国際宇宙軍を編成し、反撃に転ずる議案が提出されているとの事だった。

「結局、連合議会の承認がないと反撃できないんだな……」

 少年はある意味予想通りの展開に呆れた。

 ルナシティ側もそれを織り込み済みでの軍事行動だったのだろう。

 ハッキリ言って、地球連合など当てに出来ない。

 主権国家の集合体など、決定力が皆無である事は歴史が既に証明している。

「多分、アメリカは単独でもルナシティに反撃するだろうな」

「なお、既に月と地球の間の宙域では、ルナシティとアメリカ宇宙軍が戦闘中との情報もあり、現在精査しています」

「やっぱり……」

 少年は溜息を吐きながら言った。

 こうなってしまったら、地球連合などただの張りぼてだ。

 アメリカを中心として、多国籍宇宙軍が編成される方が早いだろう。

 同盟国である日本も参加する事になる。

 地球連合がアメリカの力で解体・再編されるのも時間の問題だ。

「でも、いきなり地上に攻撃なんて、有り得ないんじゃなかったの?」

 少女が少年を見る。

「それだけルナシティは本気だって事だろ。地球はアメリカを中心としたいくつかの国の宇宙軍がエリアごとにレーダーで防衛してる筈。それをかいくぐって地上にミサイルを落としたんだ」

 それが何を意味するのか、少女には理解できなかった。

 ルナシティとの関係が険悪になり、レーダーによる地球への飛来物監視は厳しくなっていた。

 しかし、それをかいくぐったとなると、レーダーのシステム自体をサイバー攻撃でダウンさせたか、何処かの国がルナシティに加担している可能性がある。

「今は宙域戦だけど、軍の召集が遅れれば突破されかねない」

 それは考えたくもない最悪のシナリオだ。

 宙域の防衛線が突破されれば、今回のミサイル攻撃の様な、地上への直接攻撃が開始されかねない。

 既に民間人を巻き込んだ攻撃を行っているルナシティだ。

 そうなれば、大きくはないが宇宙港のあるこの街もターゲットになるだろう。

「嘘でしょ……、戦争だなんて……」

 少女は呆然としていた。

「とにかく、一旦家に帰れ!学校行ってる場合じゃない!」

 少年はそう言うと、少女の手を引いて走り出した。

 戦争は知らない内に始まってしまった。

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