Case2
駅前に一人の少女が佇んでいた。
年は十代そこら、冬だというのにやたら薄着で時折震える体を抱えるようにして道の端で小さくなっていた。
「お嬢ちゃんどうしたんだい?」
駅のホームから出てきた一人の男が少女に声をかけた。
年は二十代後半の痩せ型、くたびれたジャケットにボロボロのデニムといった出で立ちで、黒い癖っ毛を手で掻くと頭垢が落ちる様子はお世辞にも清潔とは言えなかった。
「……」
「もしかして家出したのかい?」
「……」
「困ったな……」
ひとまず男は自動販売機で温かい飲み物を買い少女に与えることにした。
「ほらこれあげるから」
「……」
相変わらず無口なままだがそれでも少女は缶を受け取るとぎゅっとそれを握りしめ、暖を取っているようだった。
「もし良かったら今日はうちに泊まるかい? 温かい炬燵と食べ物があるから」
「……」
「反応なしか……」
男が諦めて帰ろうとした時、少女が無言で服の裾を引いた。
「お、じゃあ一緒に行こうか」
少女はこくりと頷いた。
しばらく歩くと男の住むアパートが見えてきた。
築二十年以上経つ木造アパートで空き部屋もいくつかあるようだった。
「さあ入って。今暖房をつけるから」
そう言って男は暖房の電源をいれた。
部屋はよくあるワンルームで、男の趣味の釣具や魚拓が壁に飾られていた。
「ねぇ、あなた釣りが好きなの?」
「なんだ喋れるんじゃないか。釣りは月に一度は行くかな。大きな獲物を釣り上げた時の興奮が忘れられなくてね」
「そう……。私も釣りは好きよ」
「へぇ、意外だな。君みたいな小さい子が釣りの魅力を知ってるなんてね」
「あなたはどんなお魚が好み?」
「俺はそうだな……やっぱり鯛かな」
「私はね、提灯アンコウが好きよ」
「変わったチョイスだな」
男はやかんでお湯を沸かすとカップラーメンの容器に注いだ。
「こんなもんで済まないな」
「お兄さん貧乏なの?」
「まあな。しがないフリーターだよ」
「貧乏なのになぜ私を助けたの?」
「困ってる人を見たら放っておけないだろ。それだけさ」
食事を終えると男は押入れから布団を取り出し床に敷いた。
「今日はそこで寝るといい」
「あなたはどうするの?」
「俺は炬燵で寝るから大丈夫だ」
「そう」
明日家に送り届けよう、そんなことを考えながら炬燵に入る。
背後で少女が布団に入る気配を感じながら男は眠りについた。
翌朝、男が目を覚ますと少女の姿はなかった。
「寂しくなって家に帰ったんだろうか」
大きな欠伸を一つすると男は再び横になった。
夜、駅のホームには一人の少女が佇んでいた
そこに一人の男が現れた。
年は三十代、体格は太めのその男は少女を見つけると足早に近寄ってきた。
「お嬢ちゃん一人? こんな所で何してるんだい?」
「……」
「ねえねえ、もし泊まる所がないのなら今夜はおじさんのうちに来ないかい?」
「……いいわ」
「よし決まり! 何か食べたい物があればおじさんに言ってごらん」
「……」
「ま、いいか。それじゃ行こうか」
道すがら男は少女に色々と尋ね続けたが少女がその問いに答えることはなかった。
「さあここがおじさんのおうちだ」
一戸建ての平屋で男は一人でこの家に住んでいるようだった。
「さあ入って入って」
導かれるまま少女は建物の中へと進む。
少女の後から入ってきた男は扉に鍵をかけると、少女の背後からいきなり襲いかかった。
「おじさんねぇ、君みたいな子をずっと待っていたんだ。これからはこの家でおじさんと一緒にいつまでも暮らそうねぇ」
男はニヤニヤと笑みを浮かべ、事前に用意してたのであろう縄で少女の手足をキツく縛り上げた。
「私もあなたみたいな人を待っていたわ」
「襲われるのを待っていたのかい? ほんと変わってるねぇ君」
「人間だって釣りをする時小さな獲物がかかったら逃してあげるでしょ。それと同じよ」
「さっきから何を言っているんだ?」
男に組み伏せられたままなおも少女は語る。
「私は提灯アンコウが好き。だって私と似てるもの」
「何の話だ」
「大物を釣り上げた時の興奮が忘れられない。あなたの気持ち今ならよく分かるわ」
いつの間にか少女を縛っていたはずの縄はバラバラに切断されていて、少女だったはずの物はその姿形を変え始めていた。
「な、なんだお前は!」
恐怖に震えながら男はその場から逃げ出そうとするが、少女から伸びた太く靭やかな触手がいつの間にか男の四肢を絡め取っていた。
「私は私、それ以外の何者でもない」
口は裂け、中には剃刀の様に鋭い無数の歯が並んでいた。
「最後に何か言いたいことはある?」
「ば、化け物……」
「そう」
それが男の最後の言葉だった。
少女の姿に戻った怪物は男の家を後にする。
「少し脂っこいわあなた。次からはもう少し筋肉質な獲物を探そうかしら」
次なる獲物を求めて食人鬼は夜の街へと消えていった。
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