カレーライス
前に会ってから三日は経った。お互い連絡先も知らないので、おそらく彼女がこの駅前の銅像の前に来ないと僕はマリと会えないのだろう。そんなことを考えていた。
会えないとなるとなんだか会いたくなってしまうのは人間の性みたいなものなんだろうか。そう思い始めた日の帰り道だった。
「今日は、偶然なんかじゃなくて、会いに来ました」
とマリが告げた。
「美味しいもの、食べましょう」
と、マリはせかす。
「マリさんは」僕は思ったことを言う「自分で料理は作らないのですか」
「そうですね」マリは少し考えてから「それなら私が作ってあげましょう」
「そうだよね」僕は思ったことを言う「外食ばかり誘うんだもんしないよね」
「人の話を聞いてますか、作って差し上げようと言ったのです」
「本当に」
「ああ、もったいない、せっかく私が、私の一番得意な料理を作ってあげようと思ったのに」
「いや、お願いします。作ってくれて、それがおいしいというならば、作ってくれないでしょうか」
「あ、ただ、私の家、この近くじゃないんだ」
コントの真似事の最後に、こんなことを言われるものだから、僕はこういうしかなくて、
「じゃあ、俺の家で、作ってくれますか」
と問うのだった。
マリはカレーを作り始めた。
「今から作るのかい」
「そうね」
「食べるのが、きっと夜中になっちゃうんじゃないかい」
「そうかもね」
「君は帰らなくても、大丈夫なのかい」
「大丈夫じゃない」
大丈夫なのか、大丈夫ではないのか、僕には分からないトーンで彼女は言った。
「泊まってくの」
「そうかもね」
彼女はにんじんと玉ねぎの皮をむいていた。
「出来た」
カレーが出来て、彼女は時間を確認し、
「まだ、終電、あったよ」
と笑って言う。
「よし、そうか、じゃあ、食べよう、スプーンとか出しておくよ」
「あっ」
と声が上がり、
「どうしたの」
と尋ねると、
「あああ、ご飯を、炊いて、なかった」
と言って、おなかを鳴らし、マリは地面へ座り込んだ。
「ごめん、俺も気づいてなかった。どうする、今から炊くかい」
「そうに決まってるでしょ、今日は泊まらせてもらうわ」
とマリはやけになったように言うのだった。
どこまでがワザとだったんだろうか。彼女は変なところで間が抜けてるような人でもあったし、いろいろと考えて策を練るような人でもあったから、未だに僕はそれが分からない。
「なんだこのカレーは」
「ふっふっふ、おいしいでしょ」
「何が入ってるんだ、何を入れたんだ」
「秘密です」
「だから自分に手伝わせてくれなかったのか」
「そうです」
マリはまたふっふっふと、カレーを口へ運ぶ。
「でも、私、上手く作れるのカレーだけだからね」
とか言って食べ続ける。
「日本の、最強のレシピよね」
そんなことを言っていた。
食べ終わって、時計の短針は1を指していた。
マリは眠そうとするそぶりを見せず、
「明日は休みだし、今日は徹夜させてもらうわ、あなたも休みでしょ」
と情緒もへったくれもなく、マリはそんなことを言って、おもむろにバックから本を取り出し読み始めた。
「電車が動く時間になったら帰るから、そのあとじっくり寝ればいいのよ。多少は羽目を外して壊して直した方が、きっと面白いよ」
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