第50話 ベルシス・ロガ

 皇帝を倒してしまえば、後はそれほど難しいことはなかった。


 元より領土が欲しかった訳でもないので、ロスカーンさえ廃せればそれで良かったからだ。


 ロスカーンが功を焦って前線なんぞに出て来ず、帝都に籠っていたらどれ程の血が流れた事か。


 ともあれ、ガナ街道での戦いの後はほとんど血を流さずに私は帝都に入城することができた。


 ギザイアは逃げていたので私が帝都にて行ったことは然程多くない。


 魔王とカナトス王ローランを出迎えて感謝の意を述べたり、帝国軍の処遇を決めたり行えば、その後は帝都は帝都の自治権があると伝えて軍を引いた。


 戦争さえなくなるならばそれで良い。


 だが、来るべきオルキスグルブとの戦いには備えなくてはならなかった。


 結局、今回の戦いでは不要になったレヌ川付近に作らせていた要塞の建造はそのまま進めながらも、民衆には平和の到来を告げるための施策を施す。


 半年ほどロガの地で平和を享受しながら、ギザイアの行方を探らせていた。


 そしてあの日、私はギザイアの行方を突き止めて少数ながら軍を率いて捕縛に向かった。


 ギザイアは打ち捨てられた寺院を根城にしていた。


※  ※  ※  ※


 三勇者と十数名の兵士を伴い廃寺院に足を踏み入れた私が見たのは、恐るべき死霊術の秘儀だった。


 ギザイアを守るために数名の死者が私たちに立ちはだかったのだ。


 コーデリアの姉、シグリッド殿の知り合いらしいカナトスの騎士、リウシス殿の弟……。


 ギザイアは何故か三柱神の信託を事前に知り、三勇者を亡きものにしようとしていた。


 だが、村を襲撃したり、カナトスに潜り込んでも結果は芳しくなく、精々が近親者を殺す事しかできなかったとあの女は高らかに笑った。


「忌々しい三柱神どもの横やりさえなければ!」


 そう激昂するギザイアと氷のような冷たい怒りを抱いているであろう三勇者の対峙を阻むことはできなかった。


 いかにに静かに怒ろうとも怒りは怒り。


 怒りは理性を駆逐する。


 理性をなくせば、窮地は程なく訪れる。


 だから、私は選び取った。


 三勇者の危機を救うべく、剣を構えてギザイアに切り掛る事を。


 私が臆病な性質であることを見抜いていた節のあるギザイアは、兵士たちには警戒していても私自身には警戒をしていなかった。


 そも、王になった男が命を投げ出して捨て身の攻撃に出るとは思わなかったようだ。


 胸板を貫かれた『病める大神ザ・シック・ゴッド』の巫女は信じられないようなものを見る目で私を見やった。


「……また、お前か……我が神の威光をお前のような俗物が……」

「死んだ神の威光より……大事なもんがあるんだよ」


 帝国との戦いの責任の半分は私にあり、もう半分はロスカーンにある。


 だが、この女の果たした役割も大きい。


 そんな事も忘れた狂信者が私の仲間……部下を苛むなど許せたものではない。


 ましてや、死と言う永遠の眠りについた者たちをこき使うような、ブラックな精神を持つような奴に、私が牙を突き立てない訳がないのだ。


「口惜しや、口惜しや、ベルシス・ロガ……お前さえいなければ! 神よ、我が神よ! 我が命を糧として怨敵ベルシスをこの世より消し去り給え!」


 そんな呪詛が私が最後に聞いた言葉なのはあまりにあんまりでないかい?


 一瞬間抜けた思考が脳裏によぎったが、頬から血を流しているコーデリアが泣きそうな顔で何かを叫んでいるのを見て、申し訳なさを覚えた。


 そして、私の意識は途絶えた。

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