第49話 決着

 私に向かい疾駆する六騎の騎兵。


 この混乱の最中、手傷を負いながらも落馬せずに突っ込んでくる彼らの技量は並ではない。

 

 だが、真なる恐怖はまずは上空から来るはずだ。


 カルーザス自身を囮として、空より竜の魔女エルーハが攻撃を仕掛けてくると私は読んだ。


 予想通り上空に影が横切る。


 混乱する地上の騒音に紛れ、羽音が響いた。


「させぬ!」


 老いた竜人の声が響く。


 普段は窮屈そうに畳んでいる羽を広げ、リチャードが飛んだ。


「来たか、古竜!」


 迎え撃つエルーハの声が響いた。


 どうやら、迎え撃つためにリチャードが向かう事は先刻承知か。


 上空はリチャードに任せ、私は地上に専念する。


 魔道兵の攻性魔術が一区切りを迎えると再び帝国騎兵たちへ矢が飛ぶ。


 だが、カルーザスを含めた六騎の騎兵は、既に矢の攻撃が届かぬ程近くに来ていた。


「お覚悟!」


 そんな彼らに、いや、先頭を走るカルーザスに目がけて躍りかかった人影。


 闇夜にも淡く輝く魔素マナを帯びた剣がカルーザスを切り伏せんと振るわれた。


 火花が散る。


 カルーザスはその一撃を盾で受け流して、襲撃者シグリッド殿を振り払った。


 がらんと音を立ててカルーザスの盾が地に落ちる。


 シグリッド殿の一撃はカルーザスを仕留めきれなかったが、盾を破壊していた。


 背後から迫るカルーザスの部下が槍でシグリッド殿を突くも、彼女は槍を掴んでそのまま飛ぶ。


 そして、槍を繰り出した騎兵の馬に飛び乗り、魔素マナで動く義手でその顔をヘルムの上からたたく。


 思わぬ反撃に落馬した騎兵……ああ、あれは、痛そうだ。


 だが、一度足を止めてしまえばシグリッド殿はカルーザスやその他の騎兵には追いつけない。


「まだだ!」


 横にも大きな人影がカルーザスに迫った。


 その人影はまるで球のように跳ね上がり、馬上のカルーザスを切り裂こうと剣を振るう。


 またも、火花が散る。


 鋭いリウシス殿の一撃をカルーザスは剣で受け止め、逸らして振り払う。


 カルーザスの後方に弾かれたリウシス殿だが、迫るカルーザスの部下が振るう刃を避けて、強かに逆撃を加えた。


 どの程度の威力かは分からないが、その一撃で騎兵は落馬してしまう。


 が、リウシス殿もカルーザスやその他の配下にはもはや追いつけない。


 「やらせないよ!」


 結わえた金色の髪を靡かせ、颯爽とコーデリアがカルーザスに切りかかる。


 三度火花が散れば、カルーザスの剣は真っ二つに折れた。


 それでも、半ばまで折れた剣を振るい、カルーザスはリウシス殿よりは軽いコーデリアを振り払う。


 振り払われ、一回転して大地に降り立ったコーデリア目がけてカルーザスの配下二騎が槍を繰り出した。


 だが、コーデリアはその軌道を読み切り、宙へと舞えば一騎に飛び乗り、騎手を蹴飛ばし、その反動でもう一騎に至る。


 蹴られた騎兵は体勢を崩して馬を御しきれず、更に飛び移られた騎兵は剣の柄頭でヘルムを数回殴打されて落馬した。


 勇者の剣……と言うかコーデリアの剣は特別性なのか、やたらと頑丈だな……。


 手のひらにかいた汗をごまかす様に、私はぼんやりとそんな事を思う。


 しかし、三勇者の奇襲を受けてもカルーザスとその部下、合わせて二騎が私に迫る。


 私との距離は明かりがなくとも互いが視認できる距離だ。


 片方が馬を駆っているならばあっという間に縮まる。


 だが、私は未だに剣を抜かず、ただカルーザスを見据えていた。


「その命、もらい受ける!」

「させるかっ!」


 カルーザスは追走していた部下から刃を投げ渡され、そいつを受け取り様に振り上げると同時に、私の視界を黒い鎧が覆った。


 激しく耳をつんざく金属音。


「アーリー将軍か!」

「俺は将軍ではない! ベルシス陛下の盾だっ!」


 カルーザスの確認の叫びに、アーリーが吠える。


 馬を駆るカルーザスの一撃は、先年私がどうにか防いだ一撃よりも、遥かに速度に乗った一撃だったが、アーリーはそれを防ぎ切った。


 攻撃の反動で体制を崩したカルーザスが私の脇を過ぎていくと、アーリーも衝撃の大きさに膝をつく。


「お命頂戴!」


 追走していたカルーザスの配下が、その隙に私に槍を繰り出す。


 鎧を着こんだアーリーが立ち上がるには間に合わない速度だ。


「しまった!」


 アーリーが叫ぶ。


 私自身も行動すべきなのだが、カルーザスの誇る深緑重騎兵隊の武は、私が避けたり弾いたりできるような生半可な武ではない。


 下手に動けば取り返しがつかないことになる。


 ならば、ここが正念場。


 私は剣の柄を握っていた指の力を抜き、襲撃者をじっと見据える。


 相手が気圧されるはずはない。


 私はただ、私の部下を信じただけだ。


 王になった以上は仲間ではない、部下になってしまった者たち。


 されど、だからこそ命を預けるのだ。


 幼き日に聞いた父の言葉が脳裏に木霊し、思わず小声でつぶやく。


「兵の命、その全てを背負い込むのではない。己の命を兵に預ける、その気構えこそが必要なのだ」


 私は兵なくば王たり得ない。


 ならば、兵士を信じるより生きる道などありはしない。


 そう言う事で良いのですかね、父上。


 聊か自信がないのですが……。


 私は勝手に震える体や歯がカチカチと鳴っている状況、迫る槍の穂先と言う現実から逃避するように思考を巡らせながらも、しかし、決して視線だけは外さずにまっすぐ迫る騎兵を見据えていた。


「っ!」


 声にならない驚愕の声が響く。


 何事かと思う間もなく穂先が私を逸れて地面に突き刺さった。


 槍の持ち主であったカルーザスの最後の部下は、頭を矢で射抜かれていた。


 そして、そのまま、私の脇を通り過ぎ、背後で落馬する。


 今、下手に動いておれば、馬に跳ねられていただろう。


 そう考えた所で声がかけられた。


「従兄弟殿! 無事か!」

「ウォランか……。助かった、礼を言う」


 背中に伝う冷たい汗を感じながら、私は振り返り馬上のウォランに礼を述べた。


 そして、膝をついたアーリーに手を差し出しながらカルーザスを探す。


 剣折れ、盾もなく手傷を負ったカルーザスが槍を構えた我が兵に囲まれていた。


 アーリーを立たせてから、カルーザスのもとへと向かい、問いかける。


「まだ、やるかね?」

「やらねばならぬ」


 私の問いかけにカルーザスは躊躇無く答えた。


 馬鹿野郎が……。


 これでは殺さねばならないじゃないか。


 一瞬表情をゆがませた私をみやり、カルーザスは不敵に笑った。


 覚悟はできているのだろう。


 私も、決断を下さねばならないか……。


 下知を待つ兵たちに片手をあげて見せて、振り下ろそうとした矢先。


「皇帝は死にました!!」


 サンドラの声が響いた。


「なれば、貴方が今のゾス帝国の最上級の指揮官だ。戦争を終わらせず、同胞を見殺しにしてまで戦死の名誉を求めますか!!」


 鋭い言葉。


 息を乱しながら死を覚悟し、最後の足搔きに転じようとしていたカルーザスは一度だけ瞑目した。


 そして、上空を仰ぎ絞り出すように告げた。


「ロガ王に降伏いたす。ゾス帝国の兵士には寛大な処置を賜るよう、伏してお願い申し上げる」

「よくぞ決断してくださった。……全軍に伝えよ、皇帝は死んだ、これ以上の流血は無用である、と」


 私の言葉を聞き、伝令が走る。


 程なくして停戦命令を伝える火矢ヒートアローが上空に三度上がった。


 ロガ軍の勝利に沸き立つ兵士たちの声を聴きながら、私は血みどろの内戦……とはもはや呼べない戦いが終わったことに安堵した。


 そして、最後の敵について思いを馳せていた。


 皇妃にして元凶である可能性のあるギザイアがどう動くのか、オルキスグルブ王国はどんな手を講じてくるのかを。


 だが、結局私は前者はともかく後者については、当事者として知る機会を永遠に失ったのである。

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