第46話 軍師の推測その2
私は今日の戦いの前に考えた。
騎兵二万を用いた包囲殲滅戦ならば軍事史に残る金字塔となってもおかしくはない、と。
カルーザスはそんな事を気にしないが、ロスカーンならばどうか?
あれほどの騎馬を用いての包囲殲滅を成功させれば、なるほど、軍事史に名は残る。
その発案者であればなお更に。
つまり、奴は、カルーザスを登用した皇帝としての成果ではなく、軍事史に華々しい戦果を付け足そうとしたと言う事か?
戦場もろくに知らないあいつが?
私は予想を上回るロスカーンの行動に困惑する中、レジシィの納得したような声が響く。
「道理であんな補給の難しい編成で……! カルーザス将軍の運用と言うには補給軽視が過ぎると思った!」
その言葉に私は小さくため息をつき頷く。
確かにそうだ。
騎馬の大軍と言う補給を圧迫する運用をカルーザスならばするはずがない。
補給の軽視は敗戦の第一歩だからな。
……そうなると、帝国内に飛び交っている噂も故意に流されたものか。
「ロスカーンは勝ったつもりでいたのか」
「帝国に流れる騎馬作戦の立案者の噂からして、そうでしょうね。しかし、皇帝の甘い夢をロガ王は砕きました、徹底的に。相手がカルーザス将軍でなければ、そのまま勝っていたでしょう」
「カルーザスは騎馬作戦は失敗すると踏んで、二段構えとでもいうべき戦法を取ったと言う訳か」
「ええ、ですが、その結果がカルーザス将軍の立ち位置を如実に示しています。彼はそのまま勝たせてもらえなかった。追撃中止の命令が届き、兵を引かざる得なかった」
酷い話だ。
おかげで助かったが、あいつは常に全力では戦えないわけだ。
「……ですが考えてください。コンハーラの横やりだけで、恐れるロガ王の首を取る機会を、皇帝がむざむざと捨てましょうか?」
昨年の和平は私を恐れているから成ったとサンドラは言う。
だが、結果は追撃の中止……それの意味するところは……。
「……それは、つまり……ロスカーンは私以上にカルーザスが功績を上げることを恐れている?」
「ええ。カルーザス将軍。年若き常勝将軍にして、ゴルゼイ先生から聞いておりますが、血筋に秘密がある人物、ある意味皇帝の血筋にも連なるとか」
サンドラの言葉に幾人かが意外な顔をし、そして得心したようだった。
皇帝に連なる血筋だから、ロスカーンに仕え続けているのかと得心したのだろう。
魔王には告げたが、それ以外には基本的に私は口にしなかったからな。
そんな私の感慨を余所に、さらにサンドラは言葉をつづけた。
「民草にも評判の良い人格者ですが、道を踏み外した為政者から見れば、何度か無体な命令を下しても素直に従い、遂行してきた薄気味の悪い奴。従順すぎて怖い……、いや、このままではいつ今までの恨みを晴らすために寝返るか……」
……寝返らねぇよ、あいつは。
くそっ! 敵の私ですらそんな事分かっていると言うのに、なんでそれが味方に伝わらない! それではあんまりではないか!
カルーザスの無私の奉仕に対する評価がそれではあまりに報われない……っ!
確かに彼の忠節には思う所があるが、それでもある程度は報われるべきではないか。
あれほどの忠節を捧げても恐れ疎まれるなど、我が友であった男の境遇があまりに不憫だ。
そいつが最強の敵になっているとしても、そう思わずにはいられない。
……だが、なぜ急にこんな話をサンドラはするのだ?
「一応言うが……カルーザスは取り込めやしないぞ」
「それが期待できないことは存じております。私はただ私の策の成功確率を説いているだけですよ。」
サンドラは私やその他の面々を見渡して告げた。
「ロスカーンにしてみればロガ王とカルーザス将軍ならば、まだロガ王の方が戦いやすい。ロガ王は確かに恐ろしい相手ではあるが、カルーザス将軍に比べれば劣り、しかも今は大分弱っている……はず。次こそ我が策で打ち取ればこれ以上カルーザスに頼らずとも良いではないか、と考えるのではないかと」
ロスカーン自身が味方を敵と誤解して、言わば二方面作戦を展開しているような物。
どちらかの敵を平定して、一息付きたいと思っているというのがサンドラの指摘だ。
それならば弱っている方を叩こうと躍起になるのは分かる。
「……優秀すぎる部下を持った苦労か?」
私の呟きに、サンドラは羽扇子で口元を隠して、笑った。
「苦労? 単なる疑心暗鬼でしょう。ロガ王であれば部下の功績は素直に喜び褒め称えるのでしょう?」
最後の言葉はそうしないとすぐに陣営を去るぞと言う脅しにも聞こえて、私は苦笑を浮かべながら頷きを返す。
「働き成果を出すならば十分にその功績に報いなくてはいけない。それに、その仕事一つで評価を下してしまうような愚は犯したくはないな」
私の言葉に少し意外そうにサンドラは目を見開いたが、すぐに平素の表情に戻り。
「なれば全力で、ロスカーンを……ついでにコンハーラも引きずり出して、永遠に疑心暗鬼から解放して差し上げましょう」
つまりは、殺すと言う事か。
中々に辛辣な物言いをする。
ロスカーンもコンハーラもよほど恨まれているな……。
そう言う事であれば、先ほどの策はカルーザスさえ絡まなければ、きっと成功するだろうなと言う予感を抱かせるに十分だ。
だが、私には一つの懸念がある。
「ロスカーンを殺せば、カルーザスが復讐に躍起になるのでは?」
「皇帝と言う権威がなくなれば、諸領や周辺諸国の今までの不満が爆発します。カルーザス将軍には不満がない
私ばかりにかまけている時間はカルーザスにはなくなると言う事か。
「その段に至れば、いかなカルーザス将軍と言えども自身の過ちに気付くのでは? 当人が頑迷であっても部下が付いていかなくなる」
そうサンドラは言葉を紡いでから、ゆっくりと息を吐き出す。
さすがに疲れたのだろう。
「人物に対する洞察と推測に基づいた策、確かに説得力はある。分かった、その案で進めよう。だが、いったいどこまで引き付けるつもりだ?」
「その件で相談があります。いくつかの地形を確認したいので、偵察させていただきたいのですが……」
「良いだろう、幾人か連れて明日にでも見て来てくれ」
「ありがとうございます。ロスカーンが重い腰を上げるには少し時間がかかると思いますので、ロスカーンが動く前には戻ってまいりますよ」
私は頷きを返してから、ふと気になった事を問うた。
「軍師、君の情報網……ゴルゼイ元将軍のそれかは分からないが、その情報網にはギザイアについて何か掴めているか?」
「生憎と噂の域を出ない物ばかりですね。やれ死人を操るとか、それ野盗の群れを統率していたとか」
「皇妃としてではないよな? まさか、カナトスの王妃時代に?」
「それより前だそうです。まあ、眉唾物ですがね」
サンドラの語る噂は確証に欠く物ばかりだったが、一瞬、コーデリアの緑色の双眸に鋭い光が走ったような気がした。
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