第45話 軍師の推測
サンドラと言う名の女軍師は、なるほど、確かに有能そうに見えた。
だが、果たして本当に有能なのか、その才覚が帝国に通じるのかは詳しい策を聞かねば分からない。
それでも、登用したのはゴルゼイの言葉を信じたからである。
それにリウシス殿の補佐には理想的と言えるゴルゼイも同じく仕官するというのだ。
だから、それは良い。
これでサンドラ自身が期待外れだったとしても、私は構わないとすら思っている。
だが、懸念があるとすればアーリーはサンドラを異様なまでに警戒しているのが見て取れることか。
そもそも、あの女軍師はコーデリアやアーリーと何故先に会話を交わしていたのか。
無論、護衛はついていたと聞いているし、一応この陣の警備責任者となっている従姉妹にしてカナギシュ族のウォランに嫁いだアネスタの許可も取っていた。
その語る言葉が猛毒だったのかと思いはするが、どうにも何を語ったのか皆がはぐらかす。
アーリーは俺の口から言えませんと言い、コーデリアはベルちゃんひっくり返るからと肩を竦めた。
サンドラ自身に問いかけると、奥方様からお聞きくださる方が宜しいかと、ともっともらしいことを言う。
一体何を語ったんだ……?
興味はあるが、今はそれを求めるような時間はない。
反撃を開始せねばならないのだから。
そこで軍議を開く事となった、これはサンドラと言う軍師の策がどの程度の物かを判断する場でもあった。
※ ※ ※ ※
挨拶もそこそこに皆の前でサンドラは物怖じせずに口を開いた。
「機が来たら陣を引き払って逃げてください」
……兵士たちが居なくて良かったぁ……こいついきなり何を言ってるんだ!?
「逃げろ、とは?」
「文字通り」
リウシス殿の硬い声を羽扇子で自分を仰ぎながらサンドラは涼しげに答える。
まだ春先なのに、寒くないのか、あいつ。
「逃げてどうする?」
「陣を引き払い逃げたことを気付かせ、追わせます」
その言葉で、ああ、引き込んで叩くのかと得心が行く。
「その先は?」
「夜営地を作り兵の痕跡を少なくしていきます」
「逃亡者が出たように?」
「そうです、それを繰り返せば敵は油断して策に掛かりやすくなる」
言われてしまえば誰でも思いつきそうな案だが、確かに有効かもしれない。
「ならば、今すぐ慌てて逃げた風に装えば……」
「それでは駄目です。カルーザス将軍では看破される恐れがありますから戦に慣れていない、功名心に駆られた人物が赴任するまで待たねば」
「コンハーラ?」
「そんな雑魚を釣り上げても面白くありません。入植地の皆様を思えばとっ捕まえて直に殴ってやりたいのですが」
思いのほか情はあるようだ。
それが知れただけでも有り難い。
しかし、そうなると誰を釣り上げるつもりだ?
まさか……。
「ロスカーン……」
「私としましては知略の限りを尽くしてカルーザス将軍と戦うという栄誉には劣りますが、まあ、その辺が妥当では? それに、経験の浅い私では逆にカルーザス将軍の策にはめられる公算が高いですから」
自身の能力と敵の能力を冷静に分析できるか、その点も安心できそうだ。
皇帝自身を討つという策を引っ提げて、皆の前で語るサンドラは落ち着いたものだが、軍議に参加している者達が少しだけざわつく。
帝国を滅ぼしたくはないという私の思いを知っているからだ。
「なんだ、皇帝は殺して良かったのか?」
私が異を唱えない様子を見てか、コーデリアの旅の仲間である詩人剣士のマークイがお道化たように言った。
確かにロスカーンを殺してお終いならば、謁見の場で勇者殿に討って貰えば良かったんだろうが……。
あの頃はこんな風になるとは、到底思えなかった。
「マークイ、うるさいです」
「へいへい」
コーデリアの姉代わりと言える……コーデリアの過去を知ればその姉代わりと言う単語も重く感じるが……アンジェリカ殿が諫めるとマークイは肩を竦めて従った。
余談だが、コーデリアを娶ってからは、マークイや同じくコーデリアの旅の仲間だった老神官のドランとは杯を交わすことが増えた。
だから、心中でも殿と言う敬称を省くようになっている。
ただ、アンジェリカ殿は、気安さは増したが、受ける圧も増えたような気がするし、何というか姉上と呼ぶわけにもいかないので、うん……。
「しかし、ロスカーンは皇帝。早々と前線には……」
シグリッド殿が何やら考えながら口を開くとサンドラはメルディスを見やって微かに笑った。
「実は、メルディス殿とすでに話し合い、放っている密偵を通じてコンハーラに無能なロガ王を打ち取る栄誉を献上させる方向で動いております」
いい加減、無能と言われても慣れてきている……余り良くないな。
しかし、サンドラとメルディスが手を結ぶとかちょっと怖い……。
「それで動くか?」
リウシス殿が訝しげに問うとサンドラは大きく頷いてから、私を見た。
「ロガ王に対してロスカーンの抱く恐怖がいか程だと思われますか? よほど恐ろしいと見えます、そうでなければ昨年の和平はない。そんな相手が実はたいしたことなくて、自分の手で打ち倒せるとなれば……?」
口元を扇子で隠すサンドラだが、きっと人の悪い笑みを浮かべているだろうことが想像つく。
確かにロスカーンは軽率な男ではあるが、果たして自身の命を賭ける現場に来るだろうか?
確信が持てない私が眉根を顰めていると、サンドラは不意に話題を変えた。
「今回の戦、敵の策を陛下は半分は見通しました」
「半分……もか?」
「半分は、ですね。話に聞けば、騎馬軍団が敵前を横切り、脇から帝国の大騎兵軍団にぶち当てたとか」
「ああ」
「並の将ではそこまで思いきりがつかない。しかし、カルーザス将軍の方が上手であり、本命の刃は中央の陣であった訳ですが」
戦には要所となる部隊がある。
その部隊に最高指揮官が居るのと居ないの差は一見小さいが、実は結構大きな差になることもある。
その点を気にするかは将の性格によるのだが、カルーザスは戦場の機微を肌で感じるタイプだ。
故にカルーザスは要所の部隊に居ることが多かった。
だが、確かに騎馬の突撃の中に彼の姿はなかったように思う。
「中央にカルーザス将軍の旗を見た」
リウシス殿が微かに双眸を眇めながら、口を開くとサンドラが大きく頷く。
「大規模な騎馬軍団すら囮とした中央突破が今回の策だったのでしょう」
あの大規模な騎馬が囮?
囮は餌と思われない物の方が有効だが、それにしてもこれは……。
「……完全にしてやられた訳だ」
「そうですね、カルーザス将軍が全ての裁量を任されれば、彼の率いる軍に勝てる者が果たしているかどうか……。しかし、生憎とそうではない。敵対者からすれば、そこが一縷の望みと言う奴です」
あまりにか細く思える望みに頭がくらくらする思いだが、サンドラは舌鋒鋭く迫る。
「あの策が本当にカルーザス将軍が用いるような戦術だったのでしょうか? 親交が深いロガ王はどの様に見ましたか?」
「らしくないとは思ったが……」
「そうです、カルーザス将軍らしくない戦い。つまりはそこに足かせがあるのです」
サンドラはそう言い切った。
らしくない戦いをせざる得ない意味を考えると自ずと答えは出てくる。
「今回の騎馬を用いた策を考えたのは……、まさか!」
「皇帝自身と考えるのが妥当では?」
サンドラの静かな言葉が各人に雷鳴のように響いた。
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