第44話 軍師登用の勧め
ゴルゼイは元ゾス帝国八大将軍の一人。
テンウとパルド両将軍の用兵の師匠筋にあたり、退役軍人が優先的に入植できる帝都より北西の入植地に引っ込んでいた。
猪突猛進だが、実は周到な用意をしてから攻撃に移る用兵家であり、先帝の示した軍縮案を遂行していた私とは、幾度となく論戦を繰り広げられるほどには口も達者だ。
最終的には私が折れる形で入植地への税制の優遇と退役一時金の増額を示した事でゾス帝国の軍縮はなった。
論戦を交わしたとはいえ、解決した問題であり、その後は色々と相談にも乗ってくれた老将軍の訪問の意図が俄かには分からなかった。
私が王になった事を快く思わないと言うのであれば、帝国に再仕官しても良いはずだ。
私に協力するというのならば、まあ、ありがたい話ではあるが……何故、今なのか。
正直に言えば、安穏と生きていくのならば北西の入植地は、西方のカナギシュ族が安定している今、きっと戦火には見舞われないだろう。
ファマル・カナギシュほどの男が、傍観している者たちを攻撃して敵を増やすはずもない。
ゴルゼイ元将軍の力量はファマル自身も良く知っているはずだ。
やはり、敵になるが一応の筋を通すために挨拶にでも来たのだろうか?
それならばありえそうだが……。
そう考えながら客人として遇されているゴルゼイの待つ天幕へと足を踏み入れた。
※ ※ ※ ※
「飼葉の徴収?」
「税を取らないのだから、その程度は差し出せとロスカーンめが言いおった。入植地は開墾途中、わし等にとって馬も牛も必要な労働力だが、それらを死なせても飼葉を寄越せとな」
見事に禿げ上がった頭を一つ撫でて、昔のような気安さでゴルゼイは現状を説明した。
戦で鍛えられた老人の体は、別れた数年前より小さく見えたが、その力強さは変わらない様子で、少しうれしかった。
しかし、飼葉の要求とはね……。
二万の騎兵を維持するにはいったいどれだけの飼葉が必要かなんて考えたくもない。
六千の騎兵の分すら私とレジシィがひぃひぃい言って集めているというのに……。
マジで考えたくねぇ……。
テス商業連合の連中なんて、こちらの状況を把握してか飼葉の値段を釣り上げてきやがったしな。
そんな思いをしてまで集めなくてはならないのは、それだけ騎兵には飼葉は大事だと言う事だ。
腹をすかせた馬では戦力にならないのだから。
「騎馬が戦えたと言う事は、揃えられたので?」
「ファマルにわしが頭を下げて、わし等の馬や牛の分をどうにか確保したが、冬までは持たない」
「戦が終わらなければ、さらに徴収されると? 流石にそんな蜂起を引き起こすような真似を入植地に……」
退役軍人の集まりってことは、経験豊かなベテランの群れだ。
若い兵士より体力に劣るが、搦め手やら指揮官の意をくみ取り動く連中だ。
私のみならず、カナトスや魔王も軍を動かしている最中、いくらロスカーンでもそんな馬鹿な話をするはずがない。
「お前がそう思うのは最もよな、ベルシス……王には非礼な呼び方かもしれんが昔のよしみでそう呼ぶぞ」
「私は一向にかまいませんよ、ゴルゼイ将軍。周囲に兵も居ないですし」
「少しは難色を示せ。……その辺の認識が甘いのは、昔からだったか。まあ、良い。本題だが、コンハーラが妙に張り切っておるようでな……居丈高に税も払わぬ老人どもならば、食料か馬を差し出せと言いおった。あの太鼓持ち風情が、だ」
ゴルゼイは笑っていった。
禿げた頭、豊かな白い髭、農作業に従事しているのか浅黒い肌。
一見すれば好々爺に見えるこの元将軍の語る言葉に、私は笑みを浮かべることができなかった。
あまりにも激しい怒気が、潜んでいることに気付いているからだ。
その怒りを前に私は思う、ゾス帝国はもう駄目なのかもしれないと。
獅子身中の虫が一体何匹、国の中枢にはびこってしまったのだろう。
中枢にありながら抑える事の出来なかった我が身の不甲斐なさか。
しかし、私自身の不甲斐なさは置いておくと、これほどありがたい戦いはないな。
強敵だが敵が勝手に別の敵を作っていくのだから。
「或いは、お前の策かとも思ったが」
「コンハーラの動きは関与してませんよ、精々ベルシスは無能だと言い含めて、カルーザスへの対抗心を煽った程度で」
「……それだけか? いや、そうか、それだけであそこまで踊ってしまう程度の人材が、今の八大将軍の一人か……」
私の言葉は意外だったのか、ゴルゼイは言葉を詰まらせ、最後には唸るようにつぶやいた。
その現状への嘆きにも似た呟きには、私も賛同するしかない。
「そうであるならば、わしの選択も間違いではないか……。お前が会戦に敗れたと聞いた時はどうなるかと思ったが、兵士の目はまだ生きており、お前は落ち着いておる」
「その選択とはいったい? 私はてっきり帝国につくのかと思いましたが、話の流れを察するに……」
「わしはお前の陣営に加わる。だが、わしの様な老兵一人が仕官しても意味がない、わしが手塩にかけて磨き続けた秘蔵の
「玉?」
私が小首を傾げると同時に、アーリーが見たこともないような慌てた様子で天幕に半ば転がり込んできた。
よほど慌ててきたのか、白い髪は乱れ、褐色の肌には玉の汗が浮かんでいる。
「へ、陛下! あ、あの女は危険です! あまりにも!」
「落ち着け、アーリー。あの女とは……?」
問いただすと同時に、東方にある絹の国カユウの上流階級が使うような羽扇子を片手にもてあそびながら、ダブダブなローブを纏い、流水のような薄青の髪を持つ若い娘が颯爽と天幕に入ってきた。
「アーリー様。わたくしはロガ王に取り入る算段の一つをお話ししたまで、ゴルゼイ先生との話がまとまるのならば、そのような不埒な真似は致しませんよ」
そう嫣然と笑った。
……一目見るとわかる、こいつはやばい奴だ。
私と女を困ったように見やりながら、ゴルゼイは軽く禿げた頭を撫で上げて、少しだけバツが悪そうに私に向かって言うのだ。
「軍略、計略、調略と三拍子そろった秘蔵っ子じゃて。名はサンドラ。こいつを登用してみんかね?」
マジっすか、ゴルゼイ将軍と言いたかったが、ぐっと言葉を飲み込む。
また変なのが来やがったと頭を抱えたかったが、そんな姿は見せられずやっぱりぐっとこらえて、狼狽しているアーリーを見やる。
「コーちゃんは?」
「第一夫人は、その、まるで動じず……お、俺はその」
「落ち着けよ、アーリー。……サンドラと言ったか、お前はコーデリアをどう見た?」
「大人物、恐れながら陛下よりも器が大きいかと」
物怖じせずに言い切る奴だな。
ゴルゼイが天を仰いだが、彼が能力に太鼓判を押すのならば、一流の軍師と言うわけか。
「戦の終わりをどう見る?」
「手っ取り早いのは皇帝の死、その方が遷都より楽では?」
「帝国が滅ぶぞ」
「
……ああ、やはりこいつは危険だ。劇薬だ。
雄弁で頭が良く歴史に精通しているのが短い会話の中で良く分かった。
その知識は学者のそれじゃない、軍師と呼ばれるものが持つ特有のきな臭さを内包した知識だ。
危険で有用な人材か、難儀な土産を持ってきたものだとゴルゼイを見やり、私は意を決した。
「お二方を我が陣営に迎えましょう」
そう告げて、私は深く頭を垂れた。
私の内心を見透かそうとするように青い双眸を眇めるサンドラの視線を感じながら。
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