第43話 ロガ軍再起す

 士気は取り戻した。


 前線に立ち戦う兵士たちの士気は、戦には欠かせない大事な要素の一つだと私は考えている。


 私の短くない軍歴で学んだことがそれだからだ。


 この士気と言う奴をいかに下げないかが勝敗を占うものであると確信しているし、下げないように工夫してきたつもりだ。


 無論、士気だけで勝てるわけはないから、策を練り、補給路を構築し、陣を形成するが、士気のない兵士では、その他がいかに優れていようと勝利はおぼつかない。


 だから、まずは士気を取り戻すことを優先した。


 それも兵士自らの熱意で。


 私がここで踏ん張るための最初の難関はクリアできた。


 次は、将の奮起だ。


※  ※  ※  ※


 リウシス殿が休んでいるテントへと向かう。


 敗戦というのはなかなか侮れないダメージを精神に与える。


 何せ、負ける時は多くの人が死んでいる時であり、死した者たちに対する責任を思えば、何ら痛みを受けない奴は指揮官なんてやらない方が良い、いずれ壊滅的な結果をもたらすに決まっている。


 勝ち戦でもついて回るその責任、しいて言えば後味の悪さは、負け戦となれば何倍と膨らみ、己を押しつぶそうとする。


 そういった意味でリウシス殿が意気消沈しているのは喜ばしいことだ。


 私の指標でも、やはり彼には才能があるということになるからだ。


 だからこそ、しっかりとしたサポートをつけなかった私のミスが悔やまれる。


 これは何もリウシス殿一人に限ったことではない。


 勇者と呼ばれるコーデリアにも、シグリッド殿にも当てはまる。


 今の今までは負け戦ではなかったから何とかごまかしが効いていたわが軍の問題点が、負け戦と共にボロボロと覆いがはがれて、問題があらわになったようにも思える。


 だが、この問題点は当初から当たり前のようにわが軍の弱点としてあり続けていた。


 大軍を、どころか一軍を指揮した経験があるのは、私だけという状況。


 三勇者は才はあったが、経験が足らない。


 それを補うべくベテランをサポートにつけるくらいは行ってしかるべきなのに、私はそこまで気が回らなかった。


 よく今まで戦線が瓦解しなかった物だ。


 敵も味方も勇者と言う名前に、三柱神により選出されたという存在に知らずと気圧されでもしていたのか、あるいは単純に運が良かっただけか。


 ともあれ、一度の敗戦がその虚飾をはがすと言う事は良くある。


 これで敵も味方も勇者と言えども他の将軍と変わりがないと気付くだろう。


 特別恐怖を覚えるような、あるいは崇拝をするべき存在ではないのだという気付きは、本来ならばマイナスと言えた。


 だが、私はもとより三勇者にそんな役割を担わせるつもりはなかったし、彼らが普通の人間であることを知っている。


「ならばしっかりサポートをつけるべきなのだ」


 結局は思考はそこに戻った。


 この敗戦の引き金を引いたのは、実のところは私だ。


 リウシス殿にも、シグリッド殿にも補佐役の参謀をつけてこなかった、そのお鉢が回ってきただけの話だ。


 そう確信が持てるのは他ならないリウシス殿の指揮する部隊が敗れたという事実だ。


 コーデリアには途中、魔王軍のメルディスを参謀につけて、今は戦場慣れしたアーリーがその役目を引き継いでいる。


 シグリッド殿は元がカナトスの騎士であり、指揮の経験はなくとも戦自体の経験もある。


 だが、リウシス殿は非凡な才を見せてはいたが戦慣れはしていない。


 少数の戦闘は場数を踏んでいても、多数の兵士を指揮する戦には。


 彼の仲間たちもそうだろう。


 コーデリアにそうしたように、戦を知る者に参謀の役目を与え、リウシス殿の補佐させる必要があったのだ。


 そのことを悔やみながら、私はリウシス殿が休む天幕へと足を踏み入れた。


※  ※  ※  ※


 天幕の中にいたリウシス殿はいつもの不敵さはまるでなく、肩を落として私を出迎えた。


 何かに耐えるようにじっとうつむいていた彼は、意を決したように私を見やり告げる。


「申し訳ない」


 絞りだされたのは謝罪の言葉。


 リウシス殿の仲間である大魔導士のフレア殿も森護もりごのテニア殿も私に頭を下げた。


 いやいやいや、彼らが頭を下げるいわれはないんじゃないか?


 元々、私やロガ領と帝国との戦いが発端だし。


 そう言おうかと思ったが、そいつは今更だと思いなおして止めた。


 もっと前にそう言って助力を拒んでいればそれで良かったんだろうが、リウシス殿もコーデリアもシグリッド殿も、もう私と一蓮托生だ。


 今更、君とは関係のない戦だみたいなことを言うのは、かえって無責任だ。


「私は、君の才覚に頼り切ってしまった。そこは改めなくてはいけないと考えている」


 私の方こそすまなかったと言うべきなのだが、王なんて立場上簡単に謝ることができないのが歯がゆい。


 これが天真爛漫な生まれながらの王ならば謝れたのかもしれないが、私は周囲の風聞も気にしてしまうのだ。


 王が王足らずとも、臣は臣たれ……なんて格言もあるようだが、生憎と私は乱世の王。


 戦で今の地位を分捕った男だ、ここで謝ってしまえば兵士に舐められやしないかと言う恐れを覚えた。


 まあ、大層な言葉を吐き出した直後でもあるし……。


「ああ、覚悟はできている」


 目をつむりながらも、そう言ったリウシス殿の言葉の響きは重い。


 あれ、ええと……参謀を付けるよと言うだけの話だったんだが……。


 私はどう勘違いされたかを検討するために一度黙った。


 すると、天幕の外が騒がしいことに気付く。


 間髪入れずに、天幕に乱入してきたのは、中央の陣で部隊を率いていた数名の部隊長たちだった。


「王よ! ロガ王よ! 雪辱を果たすにはリウシス将軍のお力が必要です! どうか、ご一考を!」

「控えよ! 王の御前であるぞ!」


 慌てて外で控えていたリチャードが声を上げる。


 おいおい、リチャードの制止を振り切ってきたのか?


 そうか、振り切ってきたのか……。


 この熱意、勘違いが元であっても使えそうだな……。


「諸兵に問う。信賞必罰は武門の寄って立つところである。それを知りながら曲げろと言うのか?」

「そこを敢えて曲げろと申します!」

「……」

「リウシス将軍は最後まで戦場に残っておりました! そのようなお方を処罰なされるならば、まずは逃げた我らの首をお刎ねいただきたい!」

「――分かった。リウシス殿に処罰は与えん。だが、お前たちの首も今は切らん。次の戦、その働き次第で決める」


 私はそう告げて、事の成り行きに驚いたように目を丸くしているリウシス殿を見やり。


「貴殿も一端の将、今後は参謀くらいは付けよう」


 そう笑いかけて天幕の外へと出た。


 天幕の中では何やら言葉が飛び交っているが、悪いものではなさそうだ。


「上手くやりましたな、ご当主」


 リチャードが小声で声をかけてくる。


「お前、わざと通しただろう?」

「お困りの様子の所にやってきたので」

「助かったよ……」


 そう老いた従者と言葉を交わしていると、来客を告げる使者がやってきた。


 元帝国八大将軍の一人、ゴルゼイが訪ねてきたと。


 リチャードを顔を見合わせたが、ともあれ、会わねば非礼にあたるだろうとそちらに向かう。


 はてさて、和睦の提案か、降伏の勧告か、はたまた別の所用か……。


 そんな事を考えていた私だったが、ゴルゼイ元将軍の用件はそんなのんきな思考を吹き飛ばすに充分であった。

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