第40話 軍議
一人天幕に籠っていたが、結局対策が頭に浮かばない。
極端な戦法に対して正攻法では太刀打ちできないが、極端な打開策も思い浮かばないのだ。
当然だ、私は戦巧者じゃなく、勝つべくして勝つ戦いを志してきたのだから。
……問題は二万騎に及ぼうかと言う騎馬の群れだ。
まあ、数は当て推量だがどう見てもその程度は居るんだよなぁ……偽兵じゃないかと疑いたいが、どう見ても本物っぽい以上はそう対処するしかない。
これに対する打開策が浮かばない。
それに帝国軍の方が早くに着陣しているから、向こうの歩兵陣には馬防柵とか用意してある様子。
無理やり騎馬の機動力を生かして攻め込むと、痛い目に合う。
だからと言って敵が攻めてくるのを待つのは阿呆だ、それこそ私の運命は潰える。
過行く時間は帝国軍にこそ有利に働く、時間を掛ければ撤退した三将軍が再び兵を率いてやってくるだろう。
或いは、カルーザスに援軍を出す一方で、カナトスや魔王の軍勢を抑えるためにも出兵する事も当然考えられる。
だから、急ぎ決戦をせねばならないが、どんな策を用いてもカルーザスには見破られ、逆撃を喰らう未来しか思い描けない。
「困った」
ぼそりと呟いて、ぼんやりと宙を見つめていると、羽虫が一匹目の前を通り過ぎた。
……目の前を通り過ぎる? 目の前を?
騎馬が力を発揮するには一定の空間が必要だ。
だから、最初に動き出すのが騎兵。
……いや、それは賭けだぞ。
だが、賭けでもせにゃ如何にもならんか。
ここで悩んで時間を潰しても仕方ない、この場合、徒に過ぎる時間は帝国の味方だ。
この策をたたき台にして、軍議に掛けるほかないな。
そう決心した私は、外に控えている兵に軍議を開くので諸将を呼ぶようにと、声を掛けようとした。
だが、声が掠れて上手く出なかった。
……本当に良いのかと言う感情が胸中で荒れ狂う。
だが、時間はない。
そう自身に言い聞かせて、兵に改めて皆に集まる様にと伝達した。
それから暫し時間が過ぎれば、ロガ軍の幹部とでも呼ぶべき連中が、居並んでいた。
「カルーザスの布陣を見ればその目的は明白だ。君達も分かっていると思うが」
「圧倒的な数の騎兵を用いた包囲殲滅か?」
「そうだ」
私が口を開くとリウシス殿が答える。
彼ならば当然思い至る事は分かっていたので頷きを返し。
「帝国軍は右翼に騎兵を置いている、そこで私も右翼に騎兵を全て置くことにした。そうだ、川沿いの右翼にだ」
「地形の不利を承知で突撃させるのか?」
アーリーが意外そうに口を開く。
だが、私はそっと首を左右に振り。
「いや、最初敵陣に突撃するかと思わせながらも、右翼騎兵は敵の眼前を横切り、こちらの左翼に食らい付いているであろう敵騎兵の横っ面を叩く」
「何?」
「敵前横断?!」
驚きの声が上がる。
まあ、驚くよな、私もそんな作戦を告げられたら驚くと思う。
「全騎兵で行わなければ意味がない。出来るか?」
私はこの場でまだ口を開いていない三人の人物に視線を投げかけた。
カナギシュ族のウォラン、騎兵隊長のゼス、そして三勇者の一人であるシグリッド殿だ。
「不可能ではないですな」
まずはゼスが口を開く。
「横断の最中、敵を怯ませるのに矢も射掛けるか?」
不敵な事をウォランが口にする。
「この作戦、騎兵は無論ですが、それ意外も危険なのは……」
「承知している。左翼は騎兵の突撃を一時でも堪えられるように精鋭を揃えねばならないし、そうなれば、残りの兵で帝国軍の本隊たる歩兵や弓兵、魔道兵と戦わねばならないからな」
シグリッド殿が伺うように問いかけてきた。
その懸念も当然だが、カルーザス陣営には大きな穴があると言っても良い。
「騎兵の数は負けているが、それ意外の数はこちらが上……か」
「そうだ。騎兵に比重を置く布陣だからこそ脅威なのだが、その騎兵さえ無力化できれば勝てる」
リウシス殿が思っている事を口にしてくれた。
その言葉に確かにとシグリッド殿も頷き……。
「敵前横断、やって見せましょう」
と、力強く返答を返した。
これで騎兵に関しては大丈夫だろうが、問題は……。
「騎兵を受け止める左翼の指揮と、中央と右翼の指揮をどうするかだな」
「騎兵の大軍を受け止める左翼の指揮は私とブルーナが指揮をしようと思う。正確にはブルーナが指揮して私はお飾りでそこにいるだけだが」
私がそう発言するとコーデリアとアーリーが不安そうな顔を一瞬した。
「驚いたな、王自ら死地に立つのか?」
リウシス殿が双眸を細めて問いかける。
「騎兵の指揮が出来れば騎兵を率いたかったがね、そうでなければ左翼の指揮だ」
「正確には俺が指揮して大将は居るだけだが……良いのか?」
「死ねと兵に命じる以上は前線に居る、この規模の軍勢ともなればそれしか出来んし」
歩兵の指揮に慣れたブルーナが混ぜっ返す様に言う。
その言葉に苦笑いを浮かべながら、私は一つ頷いた。
基本的に私ではなく部下が各兵科を指揮していたのが帝国時代のベルシス軍団の戦い方だ。
私は前線で兵の士気を鼓舞するだけ。
帝都を脱出して以来、任せられる部下もいなかったので頑張って来たが、ここ最近は部下も増えた。
そろそろ本分に戻るべきだろう。
「では中央は俺が受け持とう。コーデリアとアーリーは右翼で良かろう」
私の言葉を聞き、リウシス殿がそう言葉を締めくくった。
少しだけ面白く無さそうな顔をしたコーデリアだったが、口を挟む事は無かった。
アーリーはそんなコーデリアを見やって、私を見やって、やはり口を挟む事を差し控えた様だった。
下手に口を挟めば、王の妻と言う立場を笠に着た行いと言われかねないとでも判断したのかも知れない。
が、ここは軍議の場だ。
何か引っかかりを覚えるのならば口に出した方が良い。
「何かあるか、コーデリア? アーリー?」
「何もないよ、多分……」
「多分?」
「なんか嫌な予感がするだけ」
……脅かす様な事言わないで欲しいんですけど。
「問題は無いだろう。我々は新婚だからな、気を回しすぎるのだ」
コーデリアの発言で少しおかしな雰囲気になりかけたがアーリーがお道化ていったので、雰囲気は和らいだ。
だが、私はコーデリアの嫌な予感を忘れる事が出来なかった。
何故ならば、漠然と私も似た感覚を抱えているのだから。
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