第39話 洞察

 カルーザスが陣を構えていたのは、ゾス帝国の帝都とロガ領を結ぶ主要街道の中間ほどにあるトプカであった。


 トプカの地は幾つか高地はあるがなだらかな平原が続き、傍らには水運の要所であるサネイ川が流れている。


 川にさえ気を配ればカナギシュ騎兵やカナトス騎兵の本領を発揮できる場所だ。


 こちらの騎兵事情は大体把握している筈のカルーザスが、態々ここに布陣している理由はなんだ?


 答えは程なくして知れる。


 こちら以上の騎兵を揃えたのだ。


 その数は……カルーザスが指揮する十万の内の二割に当たる約二万騎。


 信じられない数を揃えてきやがった。


 こちらの騎兵はカナギシュ族とロガ領の騎兵で三千強、カナトスの白銀重騎兵が千騎、それにカナトス攻めに加わっていた二千騎の騎兵の合わせて六千騎。


 魔王の援軍である一万には騎兵はほとんど含まれていない。


 魔王の国の黒い馬は精強だが、餌が少しばかり特殊で魔王の国よりの補給を頼らざる得ない。


 いつ攻撃を行うかもわからない状況下では、騎兵は連れてはいけなかったからだ。


 この六千騎だって十分すぎる騎兵戦力だ。


 だと言うのに、カルーザスは六千騎の三倍以上の騎兵をかき集めてきた。


 馬鹿じゃねぇの? 何処から引っ張り出してきたんだよ? 異大陸からも騎兵をかき集めたのか?


 あまりに騎兵に比重を置いたこの陣容、トプカと言う平原を戦場に選んだ理由から察するに、機動力を生かした戦運びでこちらを圧倒する心算なのは伺えた。


 いや、それ所か、サネイ川を用いて……いや、まだこれは考えすぎか。


 私は陣を整えながら兵を進めたが、思考の時間を欲してゆっくりとカルーザスが待ち構える場所まで兵を進めた。



 遂にカルーザスの陣が見える場所まで来た。


 戦うには必要な距離と言うのがある為、見える位置にいる程度では即座に戦とはならない、いや、互いに戦いの距離に至って布陣しても戦機を掴むまでにらみ合う等ざらだ。


 だから、私は天幕に一人こもってカルーザスと如何に戦うか悩んでいた。


 カルーザスは、機動力を生かし包囲殲滅戦を試みる心算なのが、見えてきた帝国軍の陣を観察して気付いた。


 サネイ川に沿って、右翼、左翼、中央と軍を三つに分けて陣を張っている。


 右翼側には川が流れており、左翼側には歩兵や弓兵、魔道兵と言った通常の兵科の他に騎兵の大軍を待機させていた。


 その意図は明らかだ。


 川と言う天然の障害となだらかな平原と言う立地、数にせよ、配置にせよあまりに偏った騎兵の運用。


 これだけ材料が揃えば、包囲殲滅を狙っていることは明らかだ。


「……妙、だな」


 私は少しばかり違和感を感じて独り言ちる。



 陣を一目見てその思惑を明示するのは、この期に及んでは何のマイナスにもならない。


 戦においては、意図を味方に伝える事は単純化した方が効率が良いのは事実だし、敵にした所でその意図を理解しても止められる様な代物ではない。


 もし、これを私が常道に従い騎兵を左翼右翼の両脇に置いて戦えばどうなるのか?


 ただでさえ相手より少ない騎兵を分けるのだから、騎兵同士が戦えば一蹴されるだろう。


 残った騎兵で敵右翼を突破し、背後に回り込む以外に手立てがないが、敵右翼に何の備えも無いだろうか?


 私はそれは無いと踏んだ。


 必ずや備えがあり、騎兵の突撃が殺されるだろう。


 こちらがまごまごとしている間に、敵の騎兵の大軍が背後から我々に襲い掛かると言う訳だ。


 だが、カルーザスと同じように騎兵を集中させた場合はどうなるか?


 敵左翼に対峙する形で騎兵を置けば、騎兵同士ならば二万対六千、結果はまず負ける。


 三倍の数の帝国騎兵を相手にするのであれば、いくら特殊な騎兵であるカナギシュ騎兵もカナトスの白銀重騎兵もその力を振るう前に蹂躙される。


 一方で、相手の右翼に対峙するように騎兵を置くとどうなるか?


 要は相手の陣の鏡映しだが……それは川と言う障害が騎兵の動きを疎外する。


 六千騎と言う騎兵が威力を発揮するには、それなりの平原が……何と言うか、空間が必要なのだ。


 だが、川があり友軍がいる事でそこまで自由に動けないのだ。


 騎兵の威力は集団で機動力を生かした場合に凄まじい威力が出るのだから、障害があれば当然騎兵と言う兵科の力は半減する。


 逆に六千騎と言う数が足かせになっている状況に陥る。


 戦場を選べないと言うのはこういう制約が付きまとう事になる。


 相手は有利な地形を手にし、有利な布陣を展開する。


 だが、遅れた此方に与えられた選択肢は少ない。


 不利を承知で攻めるか、退くか、迂回するか。


 退く訳には行かない、複数陣営からなる合同の軍では。


 私が引けば背後から襲ってくるかもしれず、また、カルーザスがカナトスや魔王の軍に矛先を向けるかもしれない。


 そうなれば、反ゾス帝国同盟にひびが入る。


 迂回するには時間が足らない。


 決戦に持ち込むよりは時間がかかっても目的地に向かう事を優先できれば良いが、カルーザスならば迂回先に兵を伏せているだろうし、足止めを食らえばやはり各個撃破の憂き目を見る。


 敗北続きの中の華麗な逆転劇、そんな演出をされたらやはり敵わないと諸領は確実に帝国につく。


 では、どうする?


 不利を承知で戦いを挑むしかないにしても、どうする?


 敵はカルーザス、帝国随一の兵法家。


 何をやっても上手く行くとは思えない。


 思えないが……先程感じたちょっとした違和感が、もしかしたら大きな転機になるのではないか?


 確かにこの布陣は理にかなっている。


 包囲殲滅と言う派手な戦果を得るには、教科書の様な布陣だ。


 なるほど、そうか……だからこその違和感か。



 教科書通りなのは全く問題ない、先人が数多の血を流して築いた結果の上に成り立っている。


 それを知識として活用しながら、自身の経験で戦えるカルーザスならば机上の空論では終わらないのは知っている。


 だが、私はカルーザスと言う男の性根を知っている。


 包囲殲滅と言う派手な戦果を奴が好むかどうかと言えば、実はあまり好まない。


 あいつの戦いは、そんな分かりやすい物じゃない。


 敵将にしてみれば、最善手を打っていたのに気付けば負けていると言った感じの良く分からない戦いを好む。


 単純なようで複雑な心境を映しているかのように。


 しかし、頑固な部分、一本通した芯があるため単なる奇策に終わらないのがカルーザスの持ち味だ。


 それが、こんな分かりやすい戦いをする事に引っ掛かりを覚えたのだ。


 だが、その理由は想像すればわかる。


 帝国は私との戦いでは敗戦続きだ。


 そいつを払しょくするに分かりやすい戦果が求められたのだろう。


 そう考えたのだが……そもそも、カルーザスが勝てば十分払しょくできる筈だな。


 では、何故?


 まさか、帝国史に残る華麗な戦をしたい訳でもあるまいに……。


 カルーザスが? する訳がないと切って捨てた途端に、天啓が走った。


「それか!」


 帝国史、これがカギだ。


 ロスカーンと言う皇帝は将来帝国史に何と書かれるだろうか?


 失政続きの愚か者。


 今のままならばそうとしか言えない。


 もし、ギザイアあたりが画策している帝国の失墜が予想より早く、私が帝国を制するとなっては問題だからと軌道修正をした場合、ロスカーンを何と言って諌めるか?


 自分が勧めてきた事柄を止めろとストレートに言えるはずもない、となると……後世の歴史家と言う視点を持ち出すのではないか?


 ロスカーンの虚栄心を刺激して軌道修正を図ったとすれば、この布陣も納得がいく。


 カルーザスが問答無用の大戦果をあげれば、ロスカーンの評価を何とでも言い繕えるとロスカーン自身が考えたとすれば?


 ……騎兵二万を用いた包囲殲滅戦ならば軍事史に残る金字塔となってもおかしくはない。


 そんな将を任命した皇帝と言う評価を欲したとすれば……この騎兵の数も納得が出来る。


 漸くロスカーンがカルーザスに全面協力をしたから実現できたのだ。


 掌返しも甚だしいが、そうなると……カルーザス自身のやる気も変わってくる。


 元より忠義の男だ、更に燃えている事だろう。


 ああ、これは厄介なことになった。


 厄介なことになったが……皆、お前と同じではないのだぞ、我が友よ。


 お前の子飼いの兵はともかく、集められた連中は何処までロスカーンの為に戦うかな?

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