第38話 立ちはだかる壁

 冬の間、特に年明けから暫くは攻勢に出るにはあまりに不向き。


 ロガの地も、そこと然程離れていない帝都も大きく気候は変わらない、それ故に両者が軍を動かす事は無いと考えがちだ。


 だが、ここで来ないと油断すればすべてを失う可能性があるので、臨戦態勢とまでは行かないが、相応に張りつめた空気を維持させている。


 このそれなりの緊張感を維持すると言うのは至難の技だ。


 何もなければ人は気を抜く。


 訓練された兵士でもそうなのだから、訓練されて居る訳でも無いロガの地に住まう人々はより顕著に。


 だけれども、私がそれを許さないとなればどうなるか?


 当然不満は募る。


 これは、春が来れば一気に攻め込み勝利しないと挽回できない不満だ。


 勝利すれば、これ以上戦う理由も無いし、平時に戻れる。


 だが、敗北すれば?


 生きて戻ったとて、その時は私の首がロガの地に晒される結果にも成り得る。


 実の所、それは既に覚悟の上だ。


 私の人生と言う奴は、今や負ければ終わり、勝てばまだ如何にかなると言う道のりでしかない。


 こんな状況で嫁を二人も貰うとか頭おかしいと思うんだが、こう言うのも時流と言うか、流れがあるからなぁ。


 ……手を出した責任を取ったとか、交渉を進めるための策略だとかあるけれど。


 まあ、そう言う訳で、新年の祝い事だけは盛大に行う事にした。


 と言っても、税収の一部還元とかだけれども。


 これが出来るのもテスから融資を受けられたからだ。


 受けられなかったら如何なっていた事か……。



 こうして、民の不満を和らげながら兵の調練は続けていた。


 傍から見れば大分好戦的に見えたかも知れないが、事実私は戦いたがってもいる。


 真綿で首を絞める様な状況から早く脱したいのだ。


 大体、嫁が二人来たからと言っても、女に溺れる時間も無いし、その、やり過ぎると怒られる。


 夜の私は如何にもタガが外れやすいようで、宜しくない。


 ストレスが溜まっている所為なんだろうかと以前は思ていたが、状況が改善しても変わらない所から、それが生来の物だと悟った。


 割とショックである。


 好色じゃないとは言わないが、忙しさにかまけて今まであまりそう言う事をやって来なかった所為かもしれない。


 昨夜もちょっとアレで、コーデリアとアーリーに怒られた。


 まあ、最近の救いは彼女らの友好関係が板についてきたことくらいか。


 何だか空々しい空気は大分薄まって、家族になりつつあるように感じている。


 これが私だけの勘違いだったら、嫌だなぁ。



 個人的には色々な事があったが、ある意味平穏な、それだけにダレ易い日々に終わりを齎す報告が届く。


 カルーザスが遂に兵の編成を行い始めたと言う物である。


 それはある意味待ち望んでいた報告でもあった。


 この一戦で、この一戦で私の今後が決まると言っても過言じゃない。


 死ぬのか生きるのか、家族を守れるのか否かもはっきりしない緩慢なだけの時間が終わる。


 即座に、カナトスのローラン王と魔王に伝令を放つ。


 時は来たれりと。


 そして、諸兵にも同様に伝達を入れる。


 春が間近に迫り、暖かな日瓶も増え始めた時期に、私はロガ防衛の少数の兵を残して帝都に向けて進軍を開始した。


 カルーザスが相手であれば、何事も先んじねばならない。


 決定権を相手に渡さない様に、常に私が主導的に動く。


 そう決意して、早め早めの行動を試みていたが……。


 敵はカルーザス、そう易々と事は運ばなかった。



「帝国軍、軍を三日進ませた距離で既に陣を整えております!」

「早いな。いや、早すぎる。あの時期に軍編成をして何故間に合う!」


 ロガの地を経って半月ほどたったある日、偵察の兵の報告が齎された。


 カルーザス率いる帝国軍が既に陣を整えて展開していると言う。


 それはつまり、敵は有利な地形での会戦を試みている訳だ。


 避けようにも、カナトス及び魔王の援軍は別ルートを通り、合流地点に向かっている。


 今さら違うルートを選択する余地はない。


 ましてや、ここで引き返すようでは帝都を奪うなど永遠に不可能だ。


 それに、背後から襲われてはひとたまりもないし。


 情報を巧妙に操られ、出兵した時点で会戦は避けられなかったのだろう。


 或いは、進軍時期やルートなどは私自身が選択したかと思っていたが、カルーザスに選択させられたのかもしれない。


 過大評価かもしれないが、奴ならばやりかねない。


 カルーザスのその兵法は人心を縛る事から入る。


 相手の指揮官が最善手と思って行った決定が、破滅への第一歩となる様子を何度も見て来た。


 端から勝てる相手ではなかったのかも知れないと、胸中に暗雲が立ち込めるが、私とて帝国で八大将軍を務めてきた男だ。


 いざとなれば、そんな不安を覆い隠して、自信たっぷりに振舞い術は知っている。

 

 将は笑っておらねばならない、どれだけ苦しかろうが、悲しかろうが。


 士気と言う目に見えない力の強大さを知るが故に。


 だから、私はカルーザスと言う男の巨大さを感じながらも、路傍の石を一蹴する様な鷹揚さで戦いに挑まねばならない。


 負ける訳には行かないのだ。


「なれば、一戦しそれを打ち砕くまで! 全軍に通達、陣を整えつつこのまま前進せよ!」


 その号令が帝都を巡る戦いの火ぶたを切って落とした。

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