第36話 輿入れ

 テス商業連合の使者が語った幾つかの情報を元に、テス側を脅し、宥めすかし、譲歩する素振りを見せながら話を進めた。


 アーリー・ガールムを迎え入れる事は人材の補強と言う観点から言えば有益だが、一度戦った相手だ、何もなく迎え入れる訳には行かない。


 それを交渉の軸として話を進め、最終的には無利子の融資を受け取る事に成功した。


 無論、アーリーを迎え入れねばならないが、そこは王を名乗った以上受け入れざる得まい。


 王は言わば公器、国が栄える道筋を得る為には大抵の事を我慢しなくてはいけない。


 ただ、我慢して婚姻と言うのも相手に失礼な話だとは思う。


 僅かな会話しかしていないが、滅びた王家の遺児としての責任を果たそうとしていた風に見えたアーリー・ガールム自体に、それ程悪感情を抱いている訳でも無い。


 ただ、どうしても私は結婚したばかりでこんな話が舞い込むタイミングの悪さを感じずにはいられない。


 ……まあ、テス商業連合と結ぶには良い頃合いなんだけれども。


 後宮とか、碌なもんじゃねぇんだよなぁ……足の引っ張り合いとかさ。


 色々と思い出して胃が痛くなってくる。



 私の想いなど無視したように時間は過ぎていく。


 そして、遂にはテスよりアーリーが輿入れする日取りが来た。


 最近作った玉座……成り上がり者感が酷い言葉だが事実だから仕方ない……に座ってアーリー・ガームルとその一行が来るのを待つ。


 私の一歩で後ろに付き従うのはリチャード。


 それ意外は数段下がった場所で両脇に控えていた。


 コーデリアすらも。


 これが、私のある種の意思表示だ。


 アーリー・ガールムを娶ったからと言って、政治には触れさせないと言うテス商業連合に向けた意思表示。


 ただ、リチャードのみが私を守る為に背後に従っている形だ。



 こうして、玉座などについてみると分かるが、何とも寂しい感じがする。


 本来の私の居場所は、玉座の数段下、三勇者やアントンらが控えているあの場所であったのだ。


 カルーザスやセスティー、テンウなどと共に。


 今は只、どうにかリチャードを背後に従えるのみ。


 多大な権力を手にしたはずなのに、何とも寂しい限りじゃないか。


「アーリー・ガームル様、ご到着なさいました」


 兵士の言葉に鷹揚に頷き、私は待った。


 一度だけ、コーデリアを見て、そしてまっすぐに入って来る人物たちへ視線を向ける。


 最初に入って来たのは……おおよそ花嫁姿とは思えぬ装いのアーリー・ガームルであった。


 黒い鎧を身に纏い、黒い兜を小脇に抱えた姿は花嫁と言うよりは将軍だ。


 そのアーリーは私の姿を見た後に、コーデリアの姿を探すように視線を僅かに彷徨わせて、諸将と同じ場所にコーデリアが居る事に気付くと、驚いた事に彼女の前に進み片膝を付き、頭を垂れた。


 コーデリアは、いつもの戦いの装束である革製に鎧に剣と言う姿であったので、そこだけ見れば陣中の出来事の様だ。


 コーデリアは困った様に私とリチャードを見たので。


「王の御前であるぞ」


 リチャードが厳めしく言う。


 余り似合っていないな、その物言いは。


 一方、そう声を掛けられたアーリーはリチャードを見やり、不敵に吼えた。


「口を慎め、竜人! ……俺とて、この輿入れが酷い横槍の結果である事は重々承知している。なればこそ第一夫人に礼を尽くすのが道理だろう」

「王より先に王妃に礼を尽くすのが道理と?」

「ロガ王が並の王であれば、まずは王に礼を尽くそう。だが、ロガ王ベルシスは美しい高貴なるお方、此度の婚礼で何よりもコーデリア夫人を心配していると聞いてる」


 高貴? 公器は間違いないが……。


 あと、美しい言うな、こっぱずかしい。


 とは言え……私の動向はある程度把握済みか。


 どうしようかなと周囲を見渡すと、リウシス殿が笑いをこらえているのが見えた。


 腹揺らして笑うなよ、私まで笑ってしまいそうになるから、頼むよ、そこは。


 そんな事を思っていると、何を勘違いしたのか。


「アーリー・ガームル殿は王の威に既に伏しております故の行い、ご寛恕願いますよう伏してお願い申し上げます」


 リチャードとアーリーのやり取りと、私の動きに少し慌てた様に声を掛けてきたのが、テス商業連合の長老格の一人ソーロイだ。


 奴隷売買にはタッチしていないが、結構強引な商売を行うとも聞いている。


 そんな海千山千な商人でもアーリーの行いには、度肝を抜かれた様だ。


「異な事を言う。まるで、貴殿は我が威に服していないような物言いではないか」


 私がからかいの言葉を投げかけると、ソーロイは滅相も無いと平伏して見せた。


 どんな相手か分からないが、内心は若造がと罵っていそうだ。


 そもそも、この男ではないのだ、今回の婚姻を進めていたと言う長老は。


「私はてっきり、イセブ老が来る物と思っていたのだが」

「イセブは病がちでして。わたくしめでは、役者不足かも知れませんが」

「率直に言おう。テスはこの婚姻で何を得るつもりだ?」


 イセブと言う長老こそが、今は亡きガームル王国と同じような宗教観を持っている。


 それもその筈で、彼はガームルからテスに赴き一山当てた商人らしい。


 ガームルこそが生まれ故郷。


 病がちと言っているが、テスが彼を押し留めた理由は明白だ。


 この婚姻でテスとしても何かしらの利益を得たいのに、宗教的熱意で事を進められては利益が出ないからだ。


 奴隷制度に難色を示している私の態度を知って、イセブと同じく奴隷売買にタッチしていないこのソーロイを送って来たのだろうが……。


 生憎とこの手の交渉に私は慣れている。


 金が武器の相手には武力を上手くちらつかせる、武力に秀でた相手には金の臭いを上手く嗅がせる。


 そのどちらにも強い相手には粘り強く誠実に交渉を行う。


 まあ、武力を上手くちらつかせると言えども、極端な結果を求めるのは大きな間違いだ。


 相手には決して伝える事は無いが、こちらの意が半分も通れば御の字で交渉を行う、それが私が学んだ交渉術だ。


 相手の顔も立てねば、その場は上手く行っても次が酷い目に合うと言うのを学習したからだ。


「使者が事前に申しました通り、貴国との貿易を始める事がまず肝要でして」

「その際に売り込む物があるかと思ったが、まあ良い。手ぶらで返すのは貴殿の顔に泥を塗る行為。商業担当者と詳しい話はしていただこう」

「陛下はお決めにならないので?」

「経済感覚が余人と変わらぬのでな。優れた者に任せている。故に余程の事が無ければ口を挟まんよ、例えば……望まぬ制度の導入とか」

「テスは国と申しましても根幹が商売人、客の望まぬ商売は本来はせぬもの……今回は色々と齟齬そごがございますが、今後とも取引できれば幸いです」


 私の言葉に何かを感じたのか、それともこれも世辞の一種なのか、僅かに表情を改めソーロイは下がった。



 私がソーロイと会話をしている間もコーデリアとアーリーは小さな声で会話を重ねて居たようだ。


「アーリー殿、話は済んだかね?」

「終わりましてございます、閣下。――いえ、陛下」

「互いに将軍と呼ばれる身であった時は敵同士であった。だが、此度は何故に輿入れする気になった?」

「陛下に置かれましては、もっともな疑問。されど、あの時最後にお声がけいただいた、何れは共にくつわを並べ戦いたいとの仰せを守るべくわたくしなりに」

「貴殿の一人称はそれではなかった筈だ。それとも暫し見ぬ間に変えたのか?」

「失礼、しました。俺は貴方様の剣となりたい」

「コーデリアが諸将と同じ立ち位置に居る、その意味を知ってもか?」

「なればこそ、俺の目に狂いはなかったと自負する所です」


 嫁に来たというよりは士官しに来たみたいだと、少しだけ可笑しくなった。

 

 コーデリアを見ると、少しだけ頬を膨らませているのが見えた。


 貴方の剣あたりが少し面白く無いのかな?


「私は剣を二本も持てぬ。だが、盾ならば持てよう。それで良いか、アーリー殿」

「陛下の望むままに。それと、アーリーとお呼びください、陛下。或いはアーちゃんでも、お、俺は構いません」


 思わず椅子からずり落ちそうになった。


 コーデリアを見ると、そこは胸を張っている様子が見えたので、元凶はあいつだ。


 おかげで一気に場が弛緩してしまった。


「どうもベルシスの所に来る嫁はズレていると言うか」

「ベルシス自身がズレているので仕方ないでしょう」


 あの、伯父上と伯母上は今少し声を低くして。


 それと、従姉弟連中!


 期待通り呼ばないからな! 絶対に絶対だぞ!


「前途多難ですな」


 背後から小声で話しかけてきたリチャードに、最初から知ってたと返して、私はこの場をどう締めくくるかに思考の大部分を裂いていた。


 どうすんだよ、この空気。

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