第35話 叔父ユーゼフの策
テスの使者がやって来る。
アーリー・ガームルの婚姻やその他に関する打ち合わせの為に。
コーデリアは色々とアンジェリカ殿と話し合った後に、受け入れろと改めて私に告げた。
そう告げながらも、その微かに震える口調とか翡翠の瞳に揺れようだとか見るのは辛い
だからと言う訳では無いが、私は即答を避けた。
「浮かない顔をしておりますな」
「……リチャード、私は妻を悲しませるために所帯を持った訳じゃない」
「そんな事を考える馬鹿が居れば、真っ先に殴りに行くのが今のご当主でしょうな」
からかい混じりに竜人の老いた男は笑った。
竜の頭を持つ古い血筋の竜人であるリチャードの笑いがどんな物か分かるのは、付き合いの長い私くらいだろうが、あれは何処か楽しんでいる笑いだ。
それに気付けば、私は口元をへの字にして楽しそうだなと抗議する。
リチャードは、軽く肩を竦めて私の前に淹れ立ての茶を差し出す。
テスよりの手土産の一つであるこのお茶は、ほのかに甘く帝国でも人気が高い。
今はそんな琥珀色の茶を飲んでも、苦虫を噛んだ表情しかできない。
と、そこに扉をノックする音が響く。
「ベルシス、居るか?」
「叔父上? 珍しい……。お入りください」
昼下がりの訪問者は意外な事に、最近は孫のウオルと遊んでばかりの叔父ユーゼフだった。
叔父にもリチャードは茶を入れて、その前に置く。
最近の叔父は、当初より大分元気を取り戻していた。
臆病な策略家、そう評した事もあるが今ではただの好々爺のような印象すら受ける。
その叔父が、声を低くして告げる。
「テスは我が一族についても良く調べておる。お前と私の微妙な関係も良くご存じの様だ」
「と言う事は……叔父上に接触を?」
「ああ。一体どの程度の軋轢があるのかを図りに来たようだ」
ほう。
ほうほう。
なるほど、なるほど。
「余程今回の婚姻について思う所があるらしいな、ベルシス」
「無い訳ないでしょう」
「そうしていると年相応なのだがな」
……顔に出ていたかな?
そう言えば、伯父は私の何を恐れていたのだろう。
「ファマルは、お前に援軍を送った結果、地固めに成功した様だ」
その叔父が突然、別の話題を振った。
カナギシュ族の族長、ファマルについて。
息子夫婦に孫まで寄越しているのだから、ファマルの動向は伝わるのだろうが、唐突だな。
「カナギシュ族は纏まりつつあると?」
「そうだ。それもお前がその後も帝国軍を退けているからだ。あの帝国を相手にまぐれは続かない、まして魔王と結べるほどの勢力になる前から援軍を送ったのは賢者の行いと言う評価に落ち着いてきている」
なるほど。
ファマル・カナギシュは賭けに勝ったんだな。
万が一、勢力争いに負けて自身が死んでも、息子も孫も生き残る道を模索していたのだろう。
恩を返すと言いながら、しっかりある種の打算があった訳だ。
当然の行いだ、むしろそうであった方が気が楽と言う物だ。
「つまりは、ベルシス。私もファマルに倣う事にするよ」
「それは……?」
「お前に賭けようと言う事だ。今のままでは腑抜けた男、もう一方の祖父が賭けに勝っているのだ、私も負けてはおれん」
おっと、そう言う流れか。
叔父は策略家だ。
そのおかげで私はロガの地から逃げ出した様な物だが、それは過去の事に過ぎない。
叔父がその力を振るうと言うのであれば、私は方向性を示す一方で任せた方が良い。
「どの様な賭けに出るおつもりで?」
「賭けなんてせんよ。私の元に非公式で使者が来た、その一件でテスから搾り取れるだけ搾り取る」
「伯父上がそれを行う見返りは?」
「ウオルの処遇よ」
「王位継承権でも欲しますか?」
「そんな危険な事を求める物か、あの子には安穏に暮らして欲しい」
となると、軍権も関係ないな。
別に王位継承権の候補にいれる位は良かったのだが。
私の子供が、バカじゃないとは限らない。
先帝の息子でもバカは居るのだから、私の息子がそうじゃないと言う可能性は拭いきれない。
それに、娘しか生まれないとか、子供が出来ないと言う話も考えられる。
ウオルはその普段の生活を見るに、聡い子だから私としては構わなかったのだがなぁ。
「暗君が生まれるかもしれないと言う危惧は常にある、それが原因で帝国と
「伯父上からの忠告など数十年ぶりですな」
「そうだな、甥だったお前がいつの間にか仮想敵に変わっていたからな」
「何故です?」
「今も覚えているのか知らんが、幼い頃のお前の妄想だ。商売や投資などで利益を得て、ある種の人間と深く関われば関わるほどにお前の妄想の、その根幹は的を射ていた。何れそれが元で、平民と共に敵になるのではと恐れたのだ」
ふむ、なるほど。
私の妄想は労働階級の物だ。
それが貴族社会に生きる者には恐るべき思想に思えたのかも知れない。
家族、親族以外に他言していなくて良かった。
拒絶反応がこんな物では済まなかったかもしれない。
「それも、お前が王になった事で完全に消えた。後はウオルの処遇さえ確約すれば、私は安心して逝ける」
「縁起でもありませんな。孫バカぶりをもっと見せて頂かねば。ついでに、過去に追い出された私の為にも今少しお働き下さい」
従妹のアネスタが家出してからは随分と腑抜けていた叔父だ。
そんな様子を見てしまえば、過去の復讐などする意味も無い。
むしろ、生きがいを見つけて長生きしてほしいと思ったくらいだ。
それが如何やら見つかった様で、安堵すると共に、私の支えにもなって貰わねば割に合わんとも思う。
「死ぬ気はそうそうないがな。しかし、お前はやはり恐ろしい男だ。今までとは別の意味で」
叔父は最後にそう締めくくって、少し覚めたテスの茶を飲んだ。
数日後、叔父の策は見事に嵌り、私の前で懸命に弁明するテスの使者の言葉をぼんやりと聞いていた。
私が追及するまでも無く、叔父が突けば結構、色々な情報が出て来る。
更にリウシス殿も追及に加わってしまえば、使者は洗いざらい吐き出す以外にはなかった。
――この使者も少し可哀想だから、生き残る術を後で教えておこう。
まあ……二重スパイとしての生き方なんだけけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます