第34話 テス商業連合の思惑

 金だけ欲しかったのだが、テス商業連合は単なる融資では済まそうとしなかった。


 商人の集まりが国を牛耳る経済主体の国家だから、ロガの政治にそこまで食い込んで来ようとするのは意外だ。


 しかし、そうなってくると此方も対抗手段が必要になる。


 そして、アーリー将軍……ではなく、アーリー・ガームルが何故私の元に嫁ぐと言う話になったのかも調べねばならない。


「と、言う訳で集まって貰った訳だが……」

「……アレだな、王に尋問に行けと言った俺のミスかも知れん」

「リウシスが非を認めるとは珍し」


 リウシス殿の仲間の一人、大魔導士のフレア殿がそう混ぜ返し、リウシス殿が口をへの字に曲げた。


「――テスの思惑の一つには、奴隷制度の導入があると思う」


 そう告げたのは、やはりリウシス殿の仲間である黒い肌に白い髪と言う森護もりごと呼ばれる妖精族のティニア殿だ。


 森護もりごは男女ともに見目麗しく、森林での生活から弓の熟練者が多い。


 ティニア殿もその性質を受け、弓の扱いは達人クラスでありながら大変美しい女性である。


 ただ、何処か影があると思っていたが、その物言いから奴隷絡みで何か在ったと見るべきか。


「帝国は奴隷制を導入する事は無い。帝国に反旗を翻したとは言え、我が国も奴隷制度を導入する気はない」

「向こうはそうは思わない。必ず利を説き売りつけて来るぞ。その時はどうする?」


 リウシス殿の問いかけに軽く首を傾いで告げた。


「テスの奴隷は夜明けから日没まで重労働を課せられるか、性奴隷として扱われるのかの二択。私はその双方の在り方が気に入らない。それを導入せよと迫るのならば、その使者の首を撥ね、送り返す事でテスへの返事としよう」


 胸の奥で、燃え盛る怒り。


 シャーチクなる妄想が、私の中には未だに消えることなくくすぶり続けている。


 誰であろうと、国や商会の奴隷である必要はない。


 働かねば食えないし、農作物を育てるのすら奴隷の如き重労働をせねばならないのは知っているが、なればこそ、その分対価が行き渡らねばならない。


 奴隷制度は駄目だ、行き渡らない所か上前をはねる輩が横行するだけだ。


「奴隷が出来れば平民、特に貧困層は自分達より下が出来たと喜ぶだろう。そして、憂さを晴らすために奴隷に当たる。そして、何れは奴隷の中でも貴族と平民と貧困層が生まれるのだ。奴隷の最下層となれば、誰にも顧みられず、苦悶の内に果てるだけだ」


 私は荒れ狂う激情を抑え込みながら言葉を選んで口にする。


 それでも一気に語り終え周囲を見渡すと、その場に居る者達は皆が意外な物を見たと言う顔をしていた。


「それが将軍……いや、王の本質か。まるで貧民の実情を、人間の醜さを見て来たかのように知っている」

「――不思議な事に昔からこの手の妄想をしている。そして残念ながら、禄でも無い事は大抵妄想通りだった」


 リウシス殿が感心したように告げるので、私は肩を竦めて種明かしをする。


 まあ、種と言っても妄想でしかない訳だが。


「……なるほど、ね。戦場での在り方と言い、その思想と言い、ガームル王家が神聖視する訳ね。ロガ王、貴方には残念なお知らせかも知れないけれど、アーリー・ガームルはどんな手段を用いても貴方との婚姻を諦めないわ」

「――何故?」

「神との婚姻だからよ。彼等には貴方がガームルの言う輝ける大君主シャイニング・グレート・モナーク現身うつしみに見えるから」


 はっ? 大魔導士であるフレア殿の言葉に私は思わず呆けた。


 よりにもよって神の現身?


「それに、コーディと結婚したからね。彼女は輝ける大君主シャイニング・グレート・モナークに選ばれた勇者。神の花嫁に相応しい。だからそこに異を唱えない、ただ、アーリーはそこの列に加わり王家の役目を果たしたいのよ」


 大きな鍔の広い帽子を弄りながら、赤い髪の女魔導士は言葉を連ねる。


 え、いや、だってテスは……。


「ああ、それであの神聖視か。しかし、そうなるとテスが最初に異を唱えたのは何だったんだ?」

「テスの思惑はそれこそティニアが言ったように、奴隷制度の導入などの自分達が儲かる経済制度の導入を目指したのよ。でも、すぐにその意見を変えたのは、もしかしたら下達かたつが上手く行ってなかったのかもね」


 リウシス殿が得心の声を上げると共に私が言葉に出来なかった疑問を告げる。


 そうだ、そうだ! 流石は三勇者の一人!


 だが、フレア殿は思いの外簡単に答えが返すばかりか、あの朝令暮改ぶりを見ているとそれが真実なのではと思える答えだった。


「……テス商業連合の長老の中にはガームル国と同じような宗教観を持っている者が居る。その一派には奴隷制度はどうでも良くて、輿入れを兎も角成功させたい一心。そこに付け入る隙はあると思う」


 あまり喋らないティニア殿が更にフレア殿の推測を補強する情報を出してきた。


 ……彼女はテスと浅からぬ因縁があるようだ。


 だが、語る言葉には恨みだとかそう言った感情は垣間見る事は無かった。


「何故、ガームル国の輿入れが其処まで重要なのだ? 奴隷制度に噛んでいなくともテスの長老ならば商売第一だろう?」


 私は勤めて冷静に問いかけた、つもりだ。


「ロガ王ベルシス、宗教的熱狂は時として損得を上回る。それを言ってしまえばオルキスグルブ王国とて、異大陸征服などと言う労力と金の浪費に邁進しない筈だろう?」


 戦争は浪費でしかない。


 それに邁進しているのはオルキスグルブだけでもないしな……。


 自身の行いにため息をつきながら、皆を見渡す。


 そして、私は否定すべき言葉を思い出した。


「アーリー将軍が私を美しいと言った時に否定するべきだったな」

「面と向かって言われたのか? そいつは受け入れても受け入れなくても同じだったろうな」

「否定すれば謙遜で、受け入れれば神の貫禄よ」


 どっちにしろ、詰んでるじゃないか!


「受け入れるのが早道だと思うぞ。コーデリアを厭う訳でも無さそうだしな」

「胃が痛い……」

「ロガ王はリウシス並みの精神を備えた方が良いわ。この男三人も侍らせてもまだ」

「その話は今はするな!」


 ……すげぇな、リウシス殿。


 私は二人も妃を持つかもしれないと言う状況だけで、胃が痛いと言うのに。


 その肝っ玉は羨ましいよ。


 ティニア殿とフレア殿に茶化されながらも、唇を尖らせて抗議するリウシス殿を見ながら、そう言えばと思う。


 彼の仲間の最後の一人は何処に行ったのだろう。


 茶色の髪の盗賊娘は。

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