第33話 停戦の裏で

 知りたくはなかった事を知る。



 私は時を得た、この時間を有効に活用せねば、帝国が力を盛り返してくることは明白だ。


 如何に愚かな政治を行おうとも、その根幹が揺るがなければ帝国は何度でも兵を起こすだろう。


 そして、帝国の根幹を揺るがすには、私の力はまだ弱い。


 ゾス帝国の兵力動員数は魔王の国を凌駕し、五十万を超える。


 これでも、軍事費抑制のために兵力の削減は行ってきたのだから、恐ろしい。


 相手がロスカーンでなければ、ロガ領の自治を認められた可能性もあるが、そもそも奴が皇帝でなければ私は反旗を翻していない。


 私が帝国と言う強大な敵と戦いながら、どこかやり過ぎないよう配慮するとか言う馬鹿げた行いをする必要もなかったのだ。


 そりゃあ、皇帝のやらかしたことに目をつむったり、戦わず逃げていれば戦争にはならなかっただろう。


 だが、それでは亡国へまっしぐらだ。


 私は自分や仲間、それにロガの地を守りたいのと同様に、ゾス帝国も守りたいのだ。


 その為にはロスカーンを退位させ、しかるべき人物に帝位についてもらいたい。


 心当たりが一人居るが、あの男は決して帝位には付かないだろう。


 そうであればこそ、眠り続けている第二皇子が目を覚ましてくれれば、それに勝る人材はない、が……。


 そう密かに、と言っても、リウシス殿あたりには見抜けれていたが、願っていた私の想いは、微塵となって消え失せた事を知った。


 第二皇子が遂に帰らぬ人となったと言う。


 その一報を聞いた私の気持ちを余人がどれ程感じられるだろうか。


 敵対した相手の国の皇族が、ましてや数年間眠り続けていた相手が死んだだけと笑う者が居れば……私はそいつをくびり殺す。


 領土を追われるように帝都に移り、帝国の為に働いた十数年に及ぶ忠勤を笑われたと同義だからだ。



 ――カナトスの王ローランと、魔王のみが私に見舞いの手紙を送って来た。


 彼等は私がどの様な性質か見抜いていると言えた。


 士は自身を知る者の為に死ぬと言う。


 先帝亡き今、彼等とは友誼を深めていこうと心から思うと同時に、一つのわだかまりが生まれる。


 カルーザス、その忠節は見事と言えるが……帝国全土を巻き込んだ争いの火種を守り続ける意味を考えているのか。


 我が友よ。


 疎まれながらも忠義を尽くすお前を人は称賛するかもしれないが、私はお前を倒す。


 ……あの時、アーリー将軍を捕縛に向かったあの時に、私を殺しておくべきだったのだ、お前は。


 第二皇子の死を知ってから、私は決意し積極的に動き出した。


 ゾス帝国を、場合によっては討ち滅ぼす為に。


 

「ベルちゃん、最近怖い顔しているね」

「――そうか? いや、そうかもな」


 執務室に籠ってる私を訪ねたコーデリアが、心配そうに声を掛けて来た。


 隻眼になったし、数多の屍の山を築いてきたと言うのに、先帝の血筋が亡くなったと聞いただけでこの様に根詰める自分は、王には似つかわしくないなと気付いてはいた。


 だが、それでもロスカーンよりはマシな筈だ。


 いや、ギザイアよりはと言うべきか。


「……コーちゃん」

「なぁに?」

「私は、私は帝国を打ち倒したい訳じゃなかった。ただ生き残りたかった、いや、帝国の間違いに気付いて真っ当な道に戻って欲しかったんだ」

「知ってるよ」

「そのために多くの命を散らしてきた。だと言うのに、私のその熱意が途切れそうになっている。立て直せる方がお隠れになったからだ」

「……うん」

「だからと言って投げだせない。王になってしまった以上は……いや、兵を率いてそれを成そうとした以上は……」

「うん、逃げられないね。逃げられないけれど、愚痴は零して良いんだよ? アタシじゃ何もできないけれど、話は聞けるから……」

「うん、ありがとう、コーちゃん」


 コーデリアは私を気遣ってか、そんな事を言いながら、頭を抱いてくれる。


 暖かくて、柔らかな感触に癒しを感じる。


 一人でこんな事を悶々と考えていたら、私の精神は疲弊しておかしくなっていただろう。


 彼女がそばに居てくれて、本当にありがたい。


 大業を成すには誰かの支えが必要な人間だなとしみじみと思う。


「……コーちゃん、ありがとう。もう大丈」

「失礼します、ロガ王。コーディを見……あら、あらあら」


 そこにアンジェリカ殿がコーデリアを探して執務室にやって来た。


 そして、コーデリアの胸に顔を埋めた様にして抱かれている場面を見られた訳である。


「あらあらあら、新婚さんは熱々で羨ましいですねぇ。しかし、日中からは流石に……」

「ちょっと、アンジェリカ!」


 慌てて離れたコーデリアが食って掛かるが、アンジェリカ殿はあらあらと笑うばかり。


 何て言うか、この神官、おばちゃん化してきているような気がする……。


「そ、それでどうしたんだい?」


 居住まいを正して問いかけると、アンジェリカ殿は一度だけ私を見やってからコーデリアに向かって告げた。


「テス商業連合が今回のロガ王のご成婚に反対しているのです」

「ああ、それについては使者に言ったはずだ、私の結婚くらい自由にさせろと」

「政治とはそう割り切れないのでは? まあ、テス側としては良家の娘を輿入れさせたかったのでしょう」

「……」

「大丈夫ですよ、コーディ。他の者が何と言おうと、私が貴方とベルシス王の成婚を守ります!」


 高らかに告げたアンジェリカ殿が、実は『輝ける大君主シャイニング・グレート・モナーク』の高司祭であったことが結婚式の際に分かった。


 三大宗教の一つの高司祭がそう告げれば、商業連合も引かざる得ない。


 だから、割と如何とでもなると考えていたのだが……。


「ここに居たか! テスの連中、コーディが第一夫人となる事を認める代わりに第二夫人を娶れと言って来たぞ! それも、あいつを!」

「何ですか、マークイ。ノックもしないで……あいつ?」

「……もしかして、アーちゃん?」


 詩人剣士のマークイ殿が慌てて入って来ると、それを窘めるアンジェリカ殿。


 あんたがそれを言うのかと思ったが、事態はそれ所ではなかった。


 第二夫人?


 状況に頭が追い付かない中、コーデリアが小さく呟き、マークイ殿が何故それをと驚くと、コーデリアは珍しく天を仰いだ。


 そして。


「そうなりそうな気がしていたよ。あの目は絶対に逃さないって感じだったもの……どっかの国の王女様だったんでしょう? アタシよりは政治とか分かると思うけど……」


 納得したような、それでいて燃え立つ様な闘志をにじませてコーデリアは続ける。


「でも、ベルちゃんの愚痴を聞くのは許さないかんね!」

「ええ、コーディ! そうですとも!」


 女性二人が盛り上がる中、頭がようやく追いついてきた私は、執務席に座ったままマークイ殿を見やる。

 

 彼はご愁傷さまと言いたげに肩を竦めていた。


 アーちゃんて、アーリー将軍か? 何で彼女がテス商業連合と? いや、そもそも何で嫁いでくるとか言う話になってるの?


 私は何の了承もしていないんだけど!


 この間感じた自身の闇を垣間見た時のような眩暈とはまったく別種の眩暈を感じて、私は机に突っ伏した。


 て、帝国を攻める機とか計れんのか、私。……この状態で。

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