第31話 問題の解決へ

 ロガの地に王が起つ。


 その一報が大陸全土を揺るがすと、徐々にロガ領に金が流れ始める。


 私の王としての威光は、ゾス帝国と言う強大な敵を相手に寡兵で二度も退けた事だ。


 正直に言えば、私自身がそれを可能とするとは思っていなかったのだから、他の者からすればそれこそ奇跡であろう。


 だが、この威光は僅かに二度の戦いの結果でしかない。


 一度でも敗れれば、きっと全てがご破算だ。


 ロガ領だけの戦いになっていたら、この威光すら諸国は目をつぶり、無かった事にしただろう。


 その諸国の眼を開かせ、貸しを作っておいた方が良いのではと思わせたのが、カナトスの存在であり、魔王の存在だ。


 他国が私が王となる事を承認し、尚且つ手を貸すと言う事態でなければ王を名乗ろうとも意味はなかっただろう。


「そういう意味では、ありがたい話だよ」

「お金も増えて、戦う人も増えたけど浮かない顔だね、ベルちゃん」

「まあ、ね」


 私は地図で三将軍が兵を駐屯させているロガ領と帝国領の境を睨みながらコーデリアに気のない返事を返す。


「メルディスのかく乱は功を奏しているが、攻めんのか?」


 リウシス殿の問いかけに私は軽く頭を振った。


「三将軍もその兵も攻めると言うアクションが出来ないだけだ。守るとなれば生き残るために力を合わせ戦うだろう」

「勝てたとしても被害が大きくなると?」

「そうだ。対陣しているだけで相手のスタミナは減っていく。これが暖かな季節ならば、疲労のピークを狙って攻めたんだが」

「冬か」

「冬の戦いは、兵士への負担が大きすぎる。万が一雪など降れば、形勢が有利であったとしても逆転されるかもしれない。それ程に厳しい……連中はまだ撤退しないのか」


 私ならば早々に撤退している。


 無理な戦を仕掛けると被害ばかり増えるのだから。


 三将軍ならば猪突猛進のテンウ将軍ですらその辺はわきまえている筈だ。


「撤退できない理由があるのか?」

「皇帝か?」

「叱責程度ならば気にも留めないんだがな」


 兵の命を預かる身、多少の罰があろうとも退がる時は退がらなければならない。


 まあ、命が危ないとなれば、兵士共々何処かに亡命すると言うのも手だが。


 亡命か……怒りのままに逃げ出して、領地に戻っての戦争は、少し早まったかなぁと今でも思わぬでもない。


 ロスカーンに怒ったまでは良かったが、後はなし崩し的展開だったからなぁ。


 人生はままならないと一度だけ天を仰いだ。



「何を黄昏ておる、第二夫人が欲しければ」

「お前、絶対勢いだけで口にしてるだろう」


 私とコーデリア、それにリウシス殿とで茶を飲んでいた席に、メルディスが勢いよく現れて告げる。

 

 最近はすぐに第二夫人とか後宮とか言う言葉を使って来るが、何だかネタにされている気分になって来る。


 落ち着いて考えてみれば、そこまで私を好く理由がメルディスには無いんだ。


 自分がモテるとか言う幻想は後で傷付くだけだから、速攻で捨てよう。


 それに、コーデリアですら私には過分な存在だ、それ以上を求めるのは欲が深すぎる。


「分からん男だな。まあ、それはそれとして……三将軍が撤退できない理由が分かった」

「何だ? ロスカーンが無茶を言ったか?」

「当たらずとも遠からず、だ。実際にはギザイアだそうだが」

「またあの女か……」


 毒婦め、今度は何を言ったんだ? と言うか、何故こうも奴の言葉が政治に反映されるのだ?


「こうも敗戦が続くのは既に八大将軍と言う名は過去の物となったと言わざる得ない。勝利なくば、八大将軍と言う制度を解体する、とな」

「解体? それで何の得があるんだ?」

「気に入った相手に気軽に兵権を渡せるだろう? 八大将軍などと言う役職に引き上げるよりはやり易い」


 いや、兵権なんてものは早々渡さない物なのだが……。


 メルディスの言葉に眩暈にも似た思いを抱きながら頭を抱えると、リウシス殿が何やら考えながら告げる。


「そもそもアーリーを八大将軍に推したのは誰だ? ガームル王の遺児なのだろう? 異大陸に人脈があるのは誰だ?」

「ああ、それは私も考えていた。状況を察するにギザイア辺りではないかな」

「そうなるとだぞ、ロガ将軍……今は王か。奴にとっては、最初の侵攻も後の侵攻も成功しようとしまいと関係がなかったのではないか?」

「何?」


 兵をそんな投槍に派兵する奴があるか?

 

 そう疑問を抱きかけたが、ローラン王との会談を思い出す。


 ギザイアがゾス帝国と周辺国に混乱をもたらす為に放たれた異大陸の強国オルキスグルブの先兵と言う話を。


「帝国の混乱を増長させるような動きは、単なる馬鹿とは思えない動き。一つ一つの事象は愚かな為政者の行動と思えるが、それに対する次の一手がどれも急速に帝国の力を削ろうとしている。予想より遥かに危険な相手だぞ」


 リウシス殿が空を睨みながら告げる。


 確かに、あの女には得体の知れない何かがあった。


 私が感じたあの斬らねばと言う思いは間違いではやはりなかったか。


「そんな奴に中枢に入り込まれたのは、私達の落ち度だ。……帝国には遷都してもらうのも大事だが、ギザイアも追放させねばならんか」

「……ロガ王。はっきり言うが、そんな手心加えて勝てる相手なのか、帝国は」


 リウシス殿は鋭い視線を私に向けた。


 その瞳には言わねばならんと言う強い意志を感じる。


「袂を分かち王となった今、その甘さは命取りになるぞ」

「リウシス! ちょっと!」

「良い、コーちゃん。リウシス殿の言わんとする所は分かる」


 ストレートな言葉だが、それでも此方を気遣ってくれているのは分かった。


 それだけに、その言葉が彼が深くそう思っていると言う事に他ならない。


「王になり妻も得た。暫くの間は死にたくは無い。だが、帝国を滅ぼそうと戦っては駄目だ。正そうと戦ってこそ活路がある」

「滅ぼそうと戦えば帝国は一致団結するだろうからな。だが、正そうと言うのは理想的だが滅ぼすより難しいぞ」

「ああ、そうだな。だが、一度や二度敵になったからと滅ぼせばそれで終いなんだ。後が続かない。……とは言え、殺さねばならん敵もいるが、そこは見極めなくてはいけない」


 下手に殺せば無限の怨嗟が螺旋階段を作る。


 討つべきものは討つが、それ意外には刑罰を与えるだけにせねばならない。


 それで恨まれても。


 私の顔を見据えていたリウシス殿は、小さく息を吐き出すと告げた。


「頑固な男だ」

「皇帝に喧嘩売って出て行くような馬鹿者だからな」

「違いない」

 

 にやりと何時もの不敵な笑みを浮かべ、リウシス殿はカップを持ち上げた。


「三将軍を撤退させるのに案がある。どうせ冬の戦い云々も彼等を殺さぬための方便も混じっているんだろうからな」


 実際問題に、長期戦となれば冬の戦いは地獄だ。


 だが、兵数が互角になった今、疲弊した連中と会戦を挑めばまず勝てるだろう。


 そう考えているのも事実だが、実はそれだけじゃない。


「それもある。だが、現状に不満を持った兵士には、一人でも多く帝国に戻って貰いたいのさ」

「それではギザイアの思惑通り帝国が弱らないか?」

「ギザイアの予想を上回るほどに帝国の力が弱まったらどうする? 本国が動く前に他国が、例えば私が平定してしまえば奴の目論見は一からやり直しだ」

「……圧力を掛ける事で真っ当な政治も行わせるつもりか?」


 相手が無能じゃないならば、その力も利用する。


 口で言うのは簡単だし、ギザイアが本当に愚かであれば私が平定してしまうと言う未来もあり得るだろうが……。


「ともあれ、まずは当面の敵に対するとしよう。それで、撤退させる案とは?」


 考え込むリウシス殿に問いかけた。 

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