第30話 戴冠、或いは王の僭称

 行きと違い、帰りは急がなくて良かった。


 と言うより、急いでは駄目だ。


 私が引き連れるのは1万の魔王軍の兵士達。


 彼等を引き連れて急いで戻るのは事実上不可能だし、それを行う時は緊急の作戦実行時だけだ。


 それに、ゆっくりと戻る方が宣伝効果も大きい。


 人伝に聞いた方が、見るより衝撃が大きい場合もある。


 街道を堂々とロガの地へと西進する。


 ロガ将軍と魔王との盟約は成ったと知れば、内戦とたかを括っていた帝国諸領も、他国も考えを改めざる得ない。


 ゾス帝国に付くのか、反ゾス帝国に付くのか。


 

 街道を進み、カナトスの付近までたどり着くと、レジシィが既に待ち構えていた。


「魔王との交渉すら成功させましたか。恐れ入りました、ロガ将軍……いや、王とお呼びするべきか」

「慣れない世辞は止めた方が良い、レジシィ。それで、如何するんだ?」

「俺が引き連れていた兵士、半分はロガ将軍に付く事を選びました。残り半分は、内戦には参加したくないと」

「当然だな。して、半数と言うといかほどの軍勢になる?」

「3万です」


 魔王軍の兵士を合わせて四万か。


 数の上では三将軍の軍勢に対抗できるが……。


「三将軍はどうした? 動いたとも退いたとも聞かないのだが……」

「かなり噂に引っ掻き回されていますね。どこそこで給金が滞ったとか、出征中に皇帝に妻を寝取られたとか……。噂に拍車をかける様に補給が滞ってます」

「……そこまでボロボロか」

「三将軍はそれぞれアクが強い。彼らの意見を誰も取りまとめられないのですよ、今の帝国は」

「カルーザスは?」

「業を煮やした皇帝が異大陸より呼び寄せたと言う噂があります」


 奴が戻れば、兵力の拮抗とか意味が無くなる。


 レジシィに礼を述べ、陣営に加わるならば主計官を任せるがと問えば、彼は任されましょうと笑った。


 

 続き、カナトスに立ち寄り、王妹シーヴィスと軽く言葉を交わす。


 クジャタとの交渉を任せると、我々は再び西へと進む。


 そして、遂にはロガの地へと舞い戻った。


 その頃にはアルスター平原の戦いから4ヶ月が過ぎようとしていた。


  正直、帝国がロガを攻める機会は幾つかあった筈だが、三将軍は誰もがその能力を発揮できなかったのか、攻勢の機会を逸していた。


 これはメルディスの遅延作戦とデマが大いに役立った。


 兵士が何の為に戦うのかを正確に把握し、今の帝国ではさもありそうな、士気を挫くデマをばら撒くと、後は勝手に兵士の士気が下がる。


 その結果、帝国軍は攻勢に出れず、ロガとカナトスの連合軍は兵数の差から攻勢に出れず、膠着状態が続いていた。


 だが、季節は徐々に寒さが厳しくなる頃合い、そろそろ三将軍が成果を欲して、強引に攻勢を掛けて来るか撤退をする筈だ。


 そこに私が援軍を連れて戻ればどうなるか?


 それもただの兵ではない、魔王の軍勢をだ。



 ゾス帝国の精兵であれば、魔王の軍勢であっても指揮次第では引けを取らないが、この戦いに魔王が加わったと言う一事が問題なのだ。


 つまり、ロガ領ばかりに関わっている場合ではなくなったと言う事だ。


 カナトス攻めに送った兵士が健在であれば、其方を警戒や防御に当てる事も出来ただろうが、生憎とレジシィは此方の陣営に付き、軍団は解体されている。


 状況が一変した事を彼等は知るだろう。


 更にそんな苦境の最中に、あのカルーザスが戻ると知ったならば、三将軍は如何するだろうか?


 彼等は無能には程遠いが、カルーザスを頼る気持ちが出てくるはずだ。


 そして、カルーザスが指揮する兵の数を無意味に損なう愚は犯すまい。


 ……やはり、あの男を越えねば、私に未来は無いか。


 最後にカルーザスと朝まで飲み明かしたのはいつだったか。


 二年は前だ。


 ……互いの道を塞ぐ形になった以上は、いつかはこう言う日が来ることは知っていた。


 だが、最早迷うまい。


 私はカルーザスを倒す、倒さねば私に先はない。


「言うは容易いが……か」


 小さく呟きながら、ロガ家の皆が待つ話し合いの場に赴いた。



「熟考した結果、私が王を呼称する」


 皆の前でそう告げた私であったが、如何にも皆の様子が今一つだった。


「このような時期に何を言っているのかと思うだろうが、王を名乗る事で――」

「ベルシス、お前は既に実質的に王だったでしょう」

「ベルにぃ、お義父様もロガ王と呼んでいたでしょう?」

「大事な話と言うから何を言い出すのかと思えば……俺はてっきり結婚」


 ――いやいや、大事な話だぞ、これは!


 そう言い募ろうとしたが、ヴェリエ伯母もアネスタもアントンも何を言っているんだと言う風に流すばかり。


 そこにガラルが颯爽と扉を開けて入って来た。


「ベルシス兄貴! 新婦のドレスを見繕ったわ! 出来たら一からデザインしたかったんだけど」

「新婦?」


 おい……何で知ってんだよ。


 まだリチャードにしか言ってない……って、リチャードはどうした?


「リチャード老が言ってたのよ、ベルシス兄貴はコーデリア殿と婚姻の約束をしたんですって」


 リチャード、お前……お前っ!


「では、結婚式と戴冠式でも一緒にやりましょう。まあ王冠自体は如何でも良いのですが」

「お、伯母上、一応権威の象徴なので如何でも良いは……」

「今回のロガの権威は貴方の武勲でしょう、ベルシス。いえ、ベルシス王」

「うわ、結構堪えますね、王呼びは……」

「腹を括るしかねぇよ、ベルシスあにぃ。しかし、あのお嬢ちゃんと結婚か、目出度い、目出度い」


 ……おかしい、私が王位に就くと言う事でゴタゴタが起きる物と身構えていたと言うのに……。


 何で、結婚おめでとうみたいな、祝賀ムードになっているんだ?


 私が一人頭を悩ませていると扉が、バンッと音をたてて開かれ。


「儂と言う者がありながら、あの小娘と!」

「うわっ、出た!」


 影魔のメルディスが眉間にしわを寄せて部屋に入って来た。


 もうめちゃくちゃだ。



 結局、私は王となる事をロガ領の人々の前で訴え、多くの兵の賛同で王となる。

 

 ロガ王ベルシスの誕生である。


 これは、最早最終決戦まで一気呵成に突き進む事を意味していた。


 事実、事態は加速度的に大きく動き出した。

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