第28話 夜の始まり

「また、おんなじ部屋だね?」

「う、うむ」


 一休みした後、魔王と食事を共にした私達は、また同じ部屋に戻った。


 交渉は上手く行った。


 と言うよりは、魔王は元から勇者の手助けをする心算だったのだ。


 そこに不意に勇者たちと共に名を連ねたベルシス・ロガと言うゾス帝国の将軍だった男を見極めようとしたに過ぎない。


 なんとか合格点を貰えたようで、安堵することしきりだが、コーデリア殿と一緒の部屋に戻り、この後眠ると言うのは……中々に、中々だ。


 最早何を考えて良いのかさっぱり分からなくなって来たぞ!


 落ち着け、落ち着くんだ、ベルシス!


 そう自分に言い聞かせながら、今は普段の軽鎧を脱いで、青いドレスに身を包んでいるコーデリア殿を盗み見る。


 結構、胸とかあったんですね……。


 ああ、いやいや、そうじゃない。


 何で自分の心臓がバクバク言うのかな!


 何もねぇから!


 素人童貞が期待するような事は何もないから!


 

 必死に自分の理性を奮い立たせているとコーデリア殿がベッドの上にちょこんと座って私を見上げ……。


「ベルちゃん、一緒に寝ようよ」

「う、うむ……ん?? い、いや、それはまずい!」

「アタシと一緒じゃいやかな?」

「そ、そうではなくて、その、私はこれでも男なので、そのですね……」

「良いんだよ?」


 頭の中が真っ白になりそうだった。


 それでも、私のか細い理性が喚き散らす。


 コーデリア殿の事だから、深い意味はないかも知れないじゃないか、と。


 まあ、その場合、私はどんだけ薄汚れているんだと言う話になる訳だが。


「アタシは、ベルちゃんが好きだよ。でも、今日の事で何かさ、優位に立とうとか思わない。一時でもベルちゃんを感じられれば」

「こ、コーちゃん! それは、ダメだ。そんな適当に君を抱くなんてできない! だから、少し待ってくれないか? 頼む」


 愁いを帯びた様な眼差しで見つめられ、頭がとろけそうな高揚感に覆われていたが、続いた言葉に我に返った私は彼女を見据えてそう言い切った。


 ――これでそう言う意味の言葉じゃなかったら、凄く恥ずかしいが、今はそれを気にしている時じゃない。


 私の言葉に目を丸くして、それからコーデリア殿は微笑みを浮かべた。


「少しってどのくらい?」

「私が責任をしっかり取ると決意するまで、だけど……」

「責任ってそれじゃ、結婚の申し込みみたいじゃん」

「そのつもりだ」

「……本気?」


 ああ、引かれちゃったかな……。


 彼女の好意がどのような物で、どの程度の物か分からないけれど。


 でもね、簡単に手を出す訳には行かないんだ。


 それをしてしまえば、私は私を許さないだろう。


 永遠に。


「本気だ」

「それって……でも、もう、決めてるようなもんじゃない?」

「……え?」

「その、ね。一緒にその、したら責任取るって決めてからするって言うなら、もう結婚したいって言ってるのと同じじゃない?」


 もじもじと視線を伏せながらコーデリア殿が言う。


 その愛らしさに心臓が絶好調に脈打っているが、彼女の言葉について考えた。


 ある意味、そうかも知れない。


「そう、だね?」

「でしょ? だからね、ベルちゃんはこう言えば良いんだよ?」

「うん?」

「結婚を前提にお付き合いしましょうって」

「ああ、なるほど……んん?」

「したら……責任、取ってくれるんでしょう?」

「それは、そうだが……」


 少し静まりなさい、心臓と下半身の愚息。


 いや、その決心がまだだから待ってねと言ったつもりだが、でも、あれ?


 もしかして、プロポーズしてしまった?


 いや、うん、その気はあったんだが、こう平和になってからとか色々と考えたんだが。


 それに、彼女から感じる好意がどう言う物か見定めてからじゃないと、ほら、勘違いだと恥ずかしいし。


 そんな事をぐるぐると考えていたら、コーデリア殿の腕が私の腕を掴み、結構な力でベッドに引きずり込まれた。


「こ、コーちゃん?」

「アタシも恥ずかしんだからね!」


 顔を真っ赤にしながら倒れた私の上に圧し掛かって、少し怒ったように彼女は言った。


 尚も何かを口にしようとした私だったが、不意に柔らかな唇に塞がれて何にも言葉が出なかった。


 ついばむ様に口づけを繰り返すコーデリア殿だったが、遂には私の唇を舌先でこじ開けて、情熱的な口づけを交わした。


 ぴちゃぴちゃと水気を帯びた音が響き、互いの吐き出す荒い息が互いの顔に吹きかかる。


 熱に浮かされた様にトロンとした眼差しで私を見下ろすコーデリアは、唇を放すと頬や耳に口付けを繰り返して告げた。


「ベルちゃん、アタシね……いつの間にかベルちゃん好きになってた。最初は少しパッとしない人かなって思ったんだけど……」


 語りながらコーデリアの指先が躍る様に眼帯を外しにかかる。


 そして、眼帯が外されると露になった左目に口づけを落とす。


 傷口は塞がっているし、顔の形が崩れないよう義眼を入れているが以前の様に自然とまでは行かない。


「醜くはないかな?」

「醜い訳ないじゃん、あの時凄く格好良かった……。あの時分かったんだ。ベルちゃんは普段輝かない代わりに、いざと言う時はとんでもなく輝く人なんだって」


 輝き。


 彼女を選定した神は「輝ける大君主シャイニング・グレート・モナーク」だ。


 その彼女が私の行動に輝きを見ていると言う事が、少しおかしかった。


「コーちゃん、このままなし崩しでも良いかって思えたけど、問題がある」

「なぁに?」

「明日、ベッドを直すのは魔王城の者だろうから、色々とバレると思うんだが」

「……あ」


 不意に羞恥心を思い出したかのように、か細く声を上げた彼女の肩に手を当てて、身体の位置を変えようと試みた。


 虚を突いたおかげか、身体の位置は入れ替わり、コーデリアが下になり、私が上になった。


「ベ、ベルちゃん?」

「私だって反撃するよ。夜はまだ長い……」


 そう告げてから私は彼女の額に口づけを落として、反撃を開始した。

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