第27話 見極め

 王になれと魔王は言う、そうすれば踏み込んだ話もできると。


 思わず素っ頓狂すっとんきょうな声を出してしまったが、それも無理はない筈だ。


 だって、いきなり王になれと言われて、はいって言えるか?


 はっきり言えば、ちょっと何言ってるか分からないって話だ。


 それでも、この話を持ち帰るとは言えなかった。


 持ち帰れば私に決断力が無いと判断されるかも知れないし、実質的な指導者は別にいると思われかねない。


 だからと言って、ここで即断して良い問題でもない。


「即決は出来んか、ロガ将軍」

「……王になるのはやぶさかではありませんが、兵が何の為に戦ってきたのかを見誤る訳には参りません。兵の支持なくば何を名乗ろうと早晩に崩れ落ちる、言うなれば砂上の楼閣です」

「そうか」


 分らない、何が正解か分からない。


 ああ、心臓がバクバク言ってるわ……胃の辺りがチクチクする……。


 それでも、自分の考えに即した回答を選び続けるしかない。


 駆け引きはするが嘘は不味い、嘘をつけば信用を失うばかりか、次と言う場面に到達する事が無い。


 しかし、今の魔王のそうかと言う一言に、何を考えたのか計り知ることはできない。


「それでは、この先の話は今は無理、と言う事になるが?」

「最悪それも仕方ありますまい。ただ、話を打ち切る前に一つだけ……ロガ領には当初、何人八部衆をお送りになられましたか?」

「え? メルメル一人じゃないの?」


 小声でコーデリア殿が囁く。


 メ、メルメルねぇ……初めてそう呼ばれた時のメルディスの顔が見て見たかった。


「メルディス一人……ではないな」


 魔王は意外そうな顔をしたのち、少しだけ身を乗り出して告げた。


「そうでしょうね、ロガ領の者が見ております。八部衆は皆美人揃いだったとか話しておりました。八部衆の方で美しいと形容される方は多いとは思いますが、人間の男が美人と申す場合は……」

「フィスルは如何だ? アレの真の姿は美しかろう?」

「将魔のフィスル殿は此方のコーデリア殿をはじめとした勇者一行と共に私と同じ馬車に乗っておりましたので……」


 私の返答を聞けば、魔王は小さく息を吐き出してから、一つ天を仰いだ。


「そうだったな……今一人は炎魔のジャネス、ロガ将軍が領地に戻ると知り、戦力の集中を恐れ撤退したと報告を受けている」

「何故、メルディス殿に宛てた伯母上の手紙で二人の八部衆が動かれましたか? 一人ならばともかく、八部衆が二人もとなれば……陛下のご意向がなくば動きますまい?」

「我は勇者たちをそれだけ買っていたのだ。彼等が帝国で不遇の扱いを受ける様であれば、再び戦を起こす心積もりであったが……君がそれを阻んだ。これは双方にとって良きことだが、今度はその君の家族が酷い目に合いかねないと聞けばな」


 ……先程から少し違和感を感じていたが、いつの間にか魔王が私を示す言葉が貴殿から君に変わっている。


 そこに少なからず好意を感じる、無論、変な意味じゃなくて。


 魔王は娘を見るような眼差しでコーデリア殿を見やってから、私を確りを見据えた。


 威圧感は感じない、息苦しさも感じない。


 ただ、厳粛な気持ちにさせる眼差しだった。


「メルディスのみならず、勇者コーデリアにも気に入られていると聞いて、どんな物かと思っていたが。なるほど、凡夫と思わせておきながら中々の肝の据わり具合。戦で片目を失ても悔やむ気配もない、か」

「我らの状況は筒抜けでしたか」

「ある程度はそうなっていると気付いていたのではないかね? ベルシス・ロガ殿」


 魔王に殿とか付けられると少し怖いぞ。


 しかし、そこには何とも言えない温かさの様な物を感じる、そう、先帝との会話の様に畏れと敬愛を感じずにはおれない、あの温かみを。


 不意に先帝の顔を思い出して、少しだけ涙が出そうになった。


 私の仕事を先帝は高く評価してくれていたのに、今は帝国に弓引く形になり申し訳なさが胸を締め付ける。


「どうかしたかね、ベルシス・ロガ殿」

「失礼いたしました。陛下のお言葉に今は亡きゾス帝国皇帝バルハドリアを不意に思い出しまして……現状を思うと……」

「陛下、ロガ様は聊かお疲れのご様子。場所を改めて話し合いをされてはいかがでしょうか?」


 そう声を掛けてきたのは、この玉座の間に控えていた高位魔族の一人である老いた男であった。

 

 その老人の言葉には何か共感めいた物が感じられた。


「宰相よ、我の目でしかと見極めよと申したのはお主ではないか」

「国の大事なれば当然の事。されど、陛下に置かれましては十分にロガ様の性分は見極められたでしょう。そうであれば、これ以上はお客人に対して礼を逸するかと」

「さてはゾスの先帝バルハドリアを思う忠義の士に自分を重ねたか? まあ、良かろう。これ以上は確かに無礼か……。ロガ殿。客室を用意させる、そちらで休まれるが良かろう。だが、最後に確認させてもらう。君が王になるか否かは、置くにしても……戦の最後はどう考えている?」


 当然の問いかけだ。


 終わらない戦争に援軍を出す事ほど馬鹿げた物はない。


「ロガ領と帝都は近く、それ故に現皇帝ロスカーンは恐れを抱きます。ですから帝都を奪取し、ゾス帝国を遷都させることで戦の区切りとしたく」

「そこまで覚悟しておるか。なれば、尚更王を名乗るが良いと忠言はしておこう。ともあれ、一度休まれよ」


 魔王をはじめとした魔族から温情を向けられた私は、一旦玉座の前から退出して休む事になった。


 悪くない感触ではあるが、確証は何もない。


 未だに涙で滲む視界の片隅で、真の姿に変わったフィスル殿が無表情のまま親指を立てていなければ、安心はできなかっただろう。


 だが、フィスル殿の言わんとする所を察して、私は安堵の息を吐き出していた。


 が、それもすぐに吹き飛ぶ。


 何故ならば、コーデリア殿共々同じ客室へと案内されたからだ。


 しかも、ベッドはダブルベッドだった……。

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