第26話 魔王と謁見

 魔王の国に漸く着いた。


 ロガの地を出てから既に二ヶ月。


 予定より時間が掛かったが、カナトスのゴタゴタを一応片付けたのだから上出来だろう。


 帝国の動きは鈍く、三将軍はまだ兵の統制に苦労しているようだ。


 とは言え、時間は無駄にできない。


 相手はゾス帝国、その力は曲がりなりにも中枢に居た私もよく知っている。


 金や面子の問題を無視すれば、ロガの地は容易く蹂躙されるだろう。


 故の魔王との交渉だ。



 将魔のフィスル殿のおかげで、魔王との謁見は速やかに行われることになった。


 お膳立てはされたが、ここからは私がどうにかするしかない。


 正直、自信はない。


 帝国と敵対してなお、魔王が得する何かを示せるかと言われれば、無いとしか言いようがない。


 あるのは、幾つかの状況から推理した憶測くらいだ。


 ああ、胃の辺りかチクチクしてきた……。


 それでも。それでも、力を借りねば我が身の破滅。


 いや、状況はそれ以上に悪くなるだろう。


 牙を剥いてしまった以上、ロガ家が生きて行くには魔王と結ぶより手立てがない。


 決してそれが容易い事では無いけれども、やるしかないのであれば、足掻いてやる。


 そんな決意の元、魔王城に赴いたのだけれども。


 今はそんな決意が揺らいでいる。


 何と言うか、こう……赤い長絨毯の先、玉座に座る魔王の元までの道のりに、絨毯を挟んで左右に分かれた完全武装の魔族たちが居並んでいるのはとんでもなく威圧的だ。


 帰りたいなぁ……。



 先にフィスル殿が魔王城に赴いていたが、行く間際に色々あると思うけどと含みのある言葉を残して行った。


 多分、この様な威圧が様々な所で行われるのだろう。


 傍らのコーデリア殿も身構えている事から、居並ぶ連中は精鋭揃い。


 良く見れば、他とは違うと感じさせる目に見えないオーラの様な物を出している連中も数名いる。


 八部衆だろうか?


 ――八部衆、そうだ、八部衆だ。


 ロガの地に辿り着いた時にコーデリア殿が話していた神官……確かトーバとか言う爺さんは何て言っていた?


 ……そこに付け込む隙があるかも知れない。


 私は、膝が笑いそうな状況だと心の中でぼやき、一歩前に進んで……笑うと言う表現で妄想世界の物語の一節を思い出した。


 ……とんでもなく強い王の元に使者に赴いた文官の話を朧げに思い出す。


 上手く行くかな? どうだろう?


 でも、このまま飲まれるよりはマシだ!


 私は自棄気味に笑い始める。


「ふふ、ふふふ……はっはっはっ! いや失敬! ここまで勇者殿が恐れられているとは気づきませんでした! 勇者コーデリア殿には城下に戻って頂きましょう!」


 私が笑いだすと周囲は微かに騒めき、そしてコーデリア殿を戻すと聞けばあからさまに驚きの囁きが広がった。


 コーデリア殿が何かを咄嗟に言おうとするのを片手を制して遮ると声がかかった。


「……魔王軍を侮るか?」


 玉座より魔王の言葉が飛ぶ。


「まさか! 私は破滅のリスクを抱えながら魔王の元に合力を願いに参った次第。侮る筈もありません! ですが、魔王軍の中には勇者殿を恐れている者も多いご様子! そうでなくば、この備え……解せませんが?」

「数倍の敵を退けた将軍を迎えるに当たってもか?」

「私の才は裏方の才。武勇を誇る物ではありません。そんな私を迎えるに当たってのこの有様は、解せませんな。誰が命じた物かは存じませんが、杞憂が過ぎます。それこそ魔王軍の名が泣きましょう」


 周囲の空気が張り詰めるのが分かったが、もう後には引けない。


 交渉事で急に態度を変えるのは厳禁だ。


 それに、魔王自身から注がれる視線は柔らかくなったように感じる。


「なるほど、ゾス帝国八大将軍は伊達では無いか。貴殿の言う通り確かにこれは過剰な備えだ。者共、下がれ」


 魔王はこれが交渉の一環であったことを言外に認めた。


 兵士達は魔王の指示が飛べば、速やかにその場を離れる。


 後に残ったのは数名の高位魔族のみだった。


「ベルシス・ロガ、勇者コーデリア共々、我が傍に来ることを許す」


 魔王の言葉に小さく頷いて、私はコーデリア殿を伴って玉座に傍に来れば片膝を落として礼を尽くす。


「貴殿の胆力は見せてもらった。堅苦しい挨拶は抜きにして、早速話を聞こう」


 時間の価値を正確に認識しているような発言は有難かった。



 玉座に座る魔王はオルキスグルブの話題にはそれなりの反応を見せたが、それ意外には大して反応を見せなかった。


 フィスル殿と同じく捻じれた角を持ち、整った顔立ちと見事な髭がその偉容に拍車をかけている。


 正に王の中の王とでも表現すべき男は、私の言葉を聞こえれば沈思するように目を閉じた。


「時に、カルーザスと言う男は何故帝国に忠を尽くす?」


 そして、不意に聞かれたのは、嘗ての親友カルーザスについてであった。


 私はその言葉の意味を計りかね、少しばかり悩んだが意を決した。


「それは、カルーザスがカルーザスとだけ呼ばれる状況に関係があります」

「彼の将軍には姓は無いと?」

「正確には捨てたと申すべきでしょう。カルーザス将軍には先帝の血が流れております。皇位継承権のない血筋ではありますが。……そんな彼を軍人として抜擢したのが今の皇帝ロスカーンです」

「兄弟、か」


 宮中に置いて将軍の名前を性ではなく名で呼びならわすのも、私がカルーザスを慮って提案した事だ。


 名は個人を表す、八大将軍の殆どは家柄のみで将軍となったのではないと言う方弁の元に。


 一方の私がロガ将軍呼ばわりされる事が多いのは、凡夫の私が将軍となったのは家柄のおかげだと周囲に思わせるためだ。


 八大将軍の中ではベルシス・ロガは一段下がる、そう思わせるだけでカルーザスが何の仮借なく力を振るえる状況を確立したかったのだ。


 この説明を聞き、魔王は双眸を細めて私に問うた。


「では、ロガ将軍。今も君は一段下に居続けるのかね?」


 ここが正念場だ。


「今や私はロガ家を背負って立つ所に居ります故……いつまでも下には居れません」

「……良かろう。なれば王を名乗り、我と対等の位置に立て。さすればより踏み込んだ交渉もできよう」

「……はい?」


 思いも掛けない言葉に頭を殴られたような衝撃を感じながら、私は魔王の真意を測りかねた。

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