第25話 交渉

 さて、帝国軍も早急に成果が欲しいのか、カナトス側が交渉の話を受諾すると、早い方が良いと会談の席をとっとと設けた。


 こちらとしては、どちらでも良いですよ、と言いたげにゆっくり返答したり、条件に付いて突き詰めた会話も無く、だ。


 ちょっとこの流れは可笑しいな。


 戦争時の交渉なんて奴は、宥め、すかし、そして脅すのが普通だ。


 ましてや相手の方が兵力は上の筈。


 ここまで話し合いに拘る必要は普通、無い。


 それだけレジシィが戦の機微を分かって居ないのか、裏があるのか。


 ともあれ、この機を逃す手は無い。


 交渉の席に着くことをカナトスが決めれば、私とコーデリア殿も交渉の席に護衛として変装して乗り込むことを提案して受け入れられた。


 幾つかの提案の為、カナトスの面々に流通経路や商人の流れを確認して日々を過ごせば、すぐにその日がやってきた。



 双方が軍を下げた状態で交渉の……この場合は会談? の場に私達も紛れ込んでついて行った。


「ベルちゃんさぁ、一般兵士の格好するとほんと目立たないね」

「ほっとけ」


 同じく一般兵士と同じ格好をしているコーデリア殿に言われる。


 派手なら良い訳じゃない、地味な容貌だって役に立つのだ。


 ――役立つんだ。

 

 さて、会談に指定された場所には天幕が既に設置されている。


 見通しは良く、双方ともに少数の護衛しか連れていない事が確認できた。


 そこから天幕へと入って、会談が始まる。

 

 私とコーデリア殿は護衛よろしく、カナトスの王妹シーヴィスの後方に控えていた。


「今回の作戦責任者となりましたレジシィです」

「カナトス王ローランの名代、シーヴィスです。早速ですが此度の出兵の何処に大義がお有りとお考えで?」


 レジシィの挨拶から始まったが、先制したのはシーヴィス殿だった。


「――」

「四年前、ロガ将軍の指示の元、カナトスはゾス帝国に降伏。その際に結ばれた条約を違反しておりません。なのに突然の賠償金増額、それも国が立ち行かなくなるほどの……我らと戦いカナトスを亡き者にしようとお考えか? ゾス帝国側の考えをお聞かせ願いたい」

「……誠に申し訳ない。貴国がロガ将軍に加担するのはある種当然である。理は貴国にある」


 レジシィはこの攻勢を予測していたのか、眼鏡の位置を直しながら静かに告げる。


「では、大義なき戦いを――」

「相対しているだけで良いのです」

「……え?」


 レジシィは振り向いて改めて確認するようにゾス帝国の将校を見やった。


 将校たちは頷きを返す。


 これは……まさか、サボタージュか?


「皇帝に対する人心の乖離は著しく、皇帝に気に入られて栄達した者達は統制が取れなくなってきている。特に皇妃のギザイアは皇妃と言う立場にありながら、まつりごとに感情で口をだし、若い貴族の子弟を侍らせる有様」

「ギザイアが……」


 予想以上にボロボロじゃないか。

 

 しかし、ロスカーンを蔑にしてどうやってそれ程の権力を得ているのだ?


「あの皇帝が大人しくしているとは……」

「若い女を何処からか連れてきて、宛がっております。誉れ高きゾス帝国の宮中は今では伏魔殿ですよ……」

「つ、つまり、貴方がたは、命を落としかねない戦をするよりは、にらみ合いを続けたいと?」

「そうです、私は……いや、俺の本来の仕事は主計官、戦の指揮など出来ません。大兵力とは言え無暗にカナトスを攻めれば、落とせたとしても損害が多くなる。それに、敗北する可能性もありますから」


 ああ、道理でメルディス殿の遅延工作が上手く行ったはずだ。


 宮中が其処まで乱れれば、帝都内でもその影響は出てくる。


 帝都で影響が出れば、ゆっくりと多方面に影響は浸透するだろう。


 しかし、困ったな。


 今回出兵したゾス帝国軍、彼等の気持ちは良く分かる。


 そんな状況ならば誰だって戦いたくはない。


 士気を維持できないし、忠誠すら失われる。


 だが、軍同士が相対すると言う事は、それだけで金が掛かるのだ。


 常に臨戦態勢でいなければならないとなると、兵士が抱えるストレスも相当な物だ。


 それに、これが帝国の作戦であるかもしれない。


 だから、私はそっと手をあげて発言の許可を求めた。


 シーヴィス殿が気付いて、頷くと私は兜を取ってレジシィを始めとしたゾス帝国の面々に向かって告げた。


「それでは双方の民が困る事になる。戦は金が掛かるのは知っている筈だ、レジシィ」

「っ! こ、これはロガ将軍!」


 良かった、気付いてもらえた……。


 ああ、いや、そうじゃない。


「貴君等の気持ちは分かる。そんな有様では、ロガを攻めた三将軍もアーリー将軍も十全の力は振えない訳だ」

「そ、そうです、貴方はロガ領の防衛のため離れられない筈では!」

「誰がそう予測したんだ?」

「カルーザス卿です、魔王へと援軍を求めるために東に向かうだろうが、あいつの性格上、三将軍を完全に追い払ってからだろうと……」

「……珍しいな、あいつが読み間違えるとは」


 カルーザスが敵の動向を見誤るとはねぇ。


 まだ私を敵と思ってないのか?


 そんな甘い男じゃない筈だが……。


 何か裏があるんだろうか? 例えば、私が魔王と手を結ぶ方が良いと判断した理由が……。


「まぁ、それは良い。私が言いたいのは、軍は陣を構えているだけで金が掛かると

言う事だ。帝国ならば数か月陣を張っていた所で大勢に影響はないが、カナトスにはその金は重大な傷になる。そこまで見越してか?」

「――裏切ると言う訳には行かないのですよ」

「裏切れとは言わない、君たちは戦いたくない。カナトスも戦いたくない。そして、双方陣を張って相対を続けるのも愚策だ。貴君等はずっと陣中にある兵の制御を完全にできるのかね? 一部の兵でも暴走すれば、簡単に戦争になる。そりゃ、ゾス帝国は勝てるだろう。意図せぬ攻勢が巻き起こす大損害に目を瞑れるのならば」

「……では、どうせよとロガ将軍は仰るのか?」

「一部の兵士に帝国領の街道を抑え、カナトスへの流通を封鎖すれば良い。封鎖に当たる兵を十日かそこらで入れ替え、後は近隣の街で待機して置けば良いではないか」

「……カナトスへの経済封鎖を言い訳にしろと?」

「貴君が受けた命令が殲滅か、経済の圧迫かは分らない。だが、陣を張れば金が掛かり旨味が無いと言い張るなりすれば良い。相応の成果は手に入るだろう」


 レジシィは軽く頭を左右に振って。


「カナトスがそれを了承しますか?」

「相対だけして軍に展開を続けろと言うよりは。と言うより、相対だけを続けろと言う方が無理だ、途中で攻勢に出るに決まっている」


 カナトス側からすれば、それこそ旨味が無い。


 それに、本来ならば流通の封鎖だけでも十分にダメージになる。


「……それを魔王と貴方が手を結ぶまで続けろと?」

「魔王と私が約を結べれば……今のゾス帝国に勝ち目はあるかね?」


 レジシィは押し黙った。


 こういう時は自分を大きく見せるのも一つの手だ。


 虚栄では無い、脅しとしての武名を用いる。


 無論、以前の私ではそんな事を言っても鼻で笑われるのがオチだが。


 多数の兵を退けた後で言えば、人は捉え方を変えてくる。


「しかし、我々にはもう一つの手立てがあると言えば、どうなさいますか?」

「私の首かね? 勇者殿をこれだけの人数で討ち斃せれば、或いは……」


 コーデリア殿に目くばせすると、彼女も兜を脱いで素顔を晒す。


 その顔は知らずとも、噂に風貌は聞いて居る筈だ。


「……確かに、護衛とするならばこれ以上の存在はないですか。万策尽きましたね」

「やはり、相対を持ちかけて、のらりくらりと決戦を避けながら経済を圧迫する心算だったのだな」

「それ以外に勝ちようが無いでしょう、俺に。将軍でも何でもないのに」

「何故に君が兵の指揮を?」

「誰かさんの下で鍛えられた所為で、ムダ金に口喧しいですからね」

「疎まれたか……」

「それでも、貴方ほど疎まれていないんですよ、ロガ将軍。あくまで追放では無く仕事を仰せつかっただけなので。ですから、ここは日和見とさせていただきます」


 その言葉に、レジシィが先程の提案を飲むことが分かった。


 さて、後は……カナトスの流通の確保が問題か。


 カナトス王国は帝国に面していない場所は少ない。


 が、全くない訳でもない。


「カナトス後方の隣国クジャタとの流通については?」

「敵を増やしたくないので様子見で。それで納得するでしょう、クジャタのインフラ整備の勢いを詳しく知る者は宮中にはいない」


 五年前に王が変わり、クジャタは勢力を広げる代わりに商業に力を入れだした。


 そして、何より流通が大事とインフラの整備に力を入れている。


 インフラ、つまり道の改善だ。


「シーヴィス殿、何だかんだとカナトスの交渉に口を挟んでしまったが、これで良いだろうか?」

「五万人の兵士が下がってくれるなら、僕はそれで」


 その言葉で、この会談はお開きになった。



 レジシィは言葉通り、数日後には街道を封鎖したようだ。


 カナトス側はクジャタと連絡を取り合い、流通は細ぼぞながら滞る事はなくなった。


 ……これで魔王との交渉を上手くやらねばならない理由がまた一つ増えてしまった。


 責任は重大だが、ここまで来ると更に責任を背負わされてもあまり差はない。


 どちらにせよ、成功させなければじり貧の未来だ。


 オルキスグルブの件以外で魔王を動かせる材料が今一つの中、我々は魔王城へと向かった。

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