第24話 カナトスに迫る影
魔王の城へと出立した私達を乗せた馬車が進む。
私の希望としては早馬を乗り継いで、とっとと行きたかったが、何事も格式高く行うのが良いと言うフィスルの言葉に従った形だ。
早馬を乗り継ぎ、明らかに急いで魔王の元に赴けばそれだけ足元を見られると言うのである。
それはそうなんだが、そんな駆け引きをしている余裕が今のロガ陣営にあるのかと言えば、ない。
出来る事は帝国に対して行動を遅らせる妨害工作に、帝国に不満を持つ者を味方に引き入れる事だけだ。
だが、果たしてそれで良いのかという思いもある。
帝国に不満を持つ者を
対立姿勢を強めて行けば、何れは先鋭化して、和平に辿り着けなくなる可能性もある。
私は、私と仲間たちがロガの地で普通に生きて行けるのならば、ロスカーンに頭を下げる事だってやぶさかではない。
帝国がその矛を収めるのならば、私は喜んで大抵の事は行おう、そういう気持ちもあるのだ。
だが、実際には未だ帝国軍は退かず、こちらも兵力を募るために行動してる。
泥沼の内戦と言う様相をはっきりと呈してきた。
あれほど嫌った内戦の、その責任の片棒を担いでいるのが私である事に、私は実の所ショックを受けている。
生き残る為にだけ戦ってきたつもりなのだが、結局は他者を殺して生き延びようとする薄汚さを自覚する羽目に陥っている。
……馬車での長い道のりは、色々と考える事が出来てしまい、一旦思考がネガティブになると際限がないな……。
気持ちを切り替えようと頭を左右に振って、同乗者たちをそっと見る。
将魔のフィスルは再び少女の姿に戻り、その分霊は影の様に佇んでいる。
そして、コーデリア殿と並んで仲良くお休み中だ。
馬車の御者台には二人の魔族が乗り込み、交代で馬を走らせていた。
彼らが御する馬は黒い体を持ち、白い鬣の美しくも恐ろしげな馬である。
魔王の国が原産らしいが、見た事も無いこの馬は非常に馬力がある。
二頭立ての馬車が、思ったよりも速く走っているのがその証拠。
「一か月半ほどで辿り着くかな……」
このペースで進んでくれるならばと、小さく息を吐き出す。
しかし、予想とは常の裏切られるものであり、事態とは良くない方向に転びがちだ。
魔王の国に向かってロガ領から東進していた私達を乗せた馬車が、ローラン王の国カナトスに差し掛かった頃に事件は起きた。
「フィスル様、ロガ将軍、先程すれ違った隊商の話ですと帝国軍がカナトスに対して兵を起こしたと……」
「……本当? 困ったね」
「ローラン王自ら援軍を率いて来たからな、王の居ない内に国を叩こうと言う訳か。初めからこれが狙いか?」
差して困った風でもなくフィスルが言う。
普段は然程感情を表に出さないフィスルは、本当に困っているのか、何となく言っているのか判別がつかない。
……有効な時と損する時がありそうだと人ごとながら思う。
ともあれだ、誰の狙いだろうか? ロスカーン? カルーザス? それとも、ギザイアか。
多分、ギザイアあたりだろうが……王妹シーヴィスと白銀重騎兵の半数はカナトスに居る。
無論騎兵だけでは戦闘にならないから歩兵も弓兵も居るだろう。
援軍に全軍の半数も連れてきてしまったローラン王の人の良さと言うか、義理堅さは正直に言えば為政者向きではないな。
それでも、ロガ領が倒れればカナトスは賠償金に潰されるか、帝国軍に潰されるかの二者択一だったことを思えば、そうするより他はなかったのかも知れない。
そう意味では、大きな賭けをせざる得なかった若き王の心中は察するに余りある。
きっと、胃がすごく痛かったに違いない。
等と勝手にローラン王に親近感を感じていたが、ある事実に気付いて首を傾いだ?
「そう言えば、率いる将軍は誰だ?」
三将軍がロガ領に足止めされている以上はカルーザスか? それだと不味いぞ……。
「それが……率いるのはレジシィと言う名の将軍補佐だそうで」
「レジシィ? 主計官のレジシィ?」
意外な名前を聞いた。
「知ってるの、ベルちゃん?」
「私の補佐もしてくれた有能な主計官だ。だが、兵の指揮は……」
「何でも、コンハーラ将軍の指名だそうで」
コーデリア殿の問いかけに困惑気味に答えると、噂を仕入れてきた御者台の魔族が補足してくれた。
「コンハーラじゃ、兵の指揮は出来ないから、レジシィに押し付けた形か……。あいつ、引っ張り込めないかな」
「レジっちゃん?」
レジっちゃん? 相変わらず凄い呼び方をするな。
……コーデリア殿にさん付けで呼ばれるシグリッド殿と魔王はどれだけなんだろうな……。
ちなみに、コンハーラはロスカーンの太鼓持ちだ、口が上手い方の馬鹿。
「レジシィな。あいつがいると、役立つんだよ、軍の金の管理とか」
「じゃあ、帝国のカナトス攻めに介入してみる?」
「上手く行けば、帝国の兵隊さんもベルちゃんについてくるかもだしね!」
そんな簡単にはいかないだろうなぁ……。
ともあれ、急がねばならない状況ではあったが、カナトスの危機を捨て置くのはローラン王に申し訳がないので、介入を試みる事にし、一路カナトスの王城へと向かうことになった。
カナトスの王城に赴くのには苦労が重なった。
時間的ロスが少なかったのが幸いだが、兵士にまず怪しまれた。当然である。
私は自身の名を明かして、帝国との戦いに有益な情報がある旨を伝えるも、まあ信用されない。
末端の兵士が私の顔を知っている訳もない。
ただ、魔族と勇者を名乗る少女が一緒の取り合わせは、騙りにしても奇妙だと言う事になり、一応カナトスの上層部に連絡が行ったことが幸いした。
「師匠! 師匠じゃないですか! って、こら、衛兵! ボクと兄上の兵站のお師匠様だぞ! 丁重に扱え!」
「え? じゃあ、片眼がない位しか目立っていない地味そうな男が本当にロガ将軍なので!?」
なんと、王妹のシーヴィス殿が態々王城から出てきて確認してくれたので助かった。
ちなみに、師匠と呼んでいるのは雑談した時の事を示している様だが……あれで師匠ねぇ……。
しかし、カナトス兵、言ってくれるじゃないか。
別段美形のつもりも無いけれど、それにしたって片目な事くらいしか取り柄がないは……。ああ、いや、否定できないか。
「分かってないなぁ、ベルちゃんは戦場指揮でこそ、きらっきらに輝く常在戦場将軍だよ!」
「やだよ、それは」
コーデリア殿は兵士の言葉に怒るでもなく、君は何も知らないと言いたげに妙な事を言うもんだから、私が恥ずかしくなる。
シーヴィス殿は、ローラン王と同じく青い瞳をコーデリア殿に向けて。
「え? 何それ! 見てみたい!」
と、弾んだ声で告げた。
私はその二人から視線を外して、小さく溜息をつく。
フィスル殿が表情を変えないまま人の腰辺りを軽く叩いて慰めてくれた。
一気に国賓待遇で王城に案内された私は、カナトスの防衛策がどんな物か訪ねるとシーヴィスは事も無げに言った。
「会戦に挑み、カナトス白銀重騎兵の全軍を持って司令部を強襲して帝国軍を駆逐します」
カナトス固有の戦闘教義である。
カナトスは魔王の国の黒馬ほどではないが、力強い馬が多く生まれる地だ。
その馬の輸出で外貨を稼いでいた事もある程だ。
ん? なにか、ロガ陣営はカナギシュと言い、カナトス言い、特殊な騎兵に縁があるな……。
ともあれ、レジシィがまともに布陣するのかは不透明だ。
それに、一度血が流れると簡単には戦を止められない。
レジシィを引き抜くには、私が出向いて話をするしかないだろうが、どうする?
そう易々と話し合いの場を設ける事など……。
そう悩んでいると、カナトスの文官が急いだ様子でシーヴィス殿の傍にやって来て報告した。
「帝国の指揮官が対話の席を設けたいと……」
手にある書状には、確かにそんな事が書いてあるようだった。
「このやり方……師匠を真似てますね?」
「あいつ、兵の世話は出来ても指揮できないからな」
レジシィは高級軍人ではあるが、あくまで主計官。
仕事は補給物資や金の管理や飯の調理人の手配、それに被服の調達がメインで文官に近い。
あいつなりに、勝てそうな手段が私の模倣だったのだろう。
「普通だったら突っぱねますが……対話に応じて見ますか? 相手の指揮官を引き込めるなら、確かに楽で良いですし」
「お、成長したな。猪騎士とは思えない」
「アレは、若気の至りです」
四年前は交渉の席に着かせるのに苦労した事を思い出して告げると、シーヴィス殿は明後日の方を見ながら嘯いた。
「それも習ったの? 惚け方もロガ将軍に似てる」
フィスル殿がぼそりと告げた。
……似てるかぁ?
私は似ていないと思うのだが!
「と、ともあれ、それで行ってみよう!」
そう力強く断言して、我々はカナトスに迫る帝国軍の取り込み作戦を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます