第23話 出立前の協議

 魔王城に出立するに当たり、多くの事柄を協議しておかねばならなかった。


 早馬を乗り継いで一ヶ月以上かかる旅程、本来ならばこの時期に私が赴くなどあってはならない事だ。


 帝国の軍は完全に退いていない状況、いや、アレが単一の将軍が率いる軍団であったならば、逃げたと思った次の日には再侵攻しかねない状況下でもあるのだ。


 そんな時に数か月不在になると言うのだから、私が逃げたと思われても仕方ない状況だ。


 そうでは無い事を知らしめるためにも、入念に協議を重ねておく必要はあった。


 そこで主だった者達を集めて、今後についての話し合いを行ったのだ。


「まずメルディス、帝国軍の動きを遅延させてほしいのだが、この場合何が考えられる?」

「新参の将軍ではなく、古くからの優秀な将軍が相手か。……帝都と軍団の、そして三将軍の仲を裂く離間計りかんのけいが最も有用じゃと思うが……」

「どうにも自信が無さそうだな?」

「先日の一件以来、どうにもな……」


 離間計りかんのけいはきっと有用だろうに、何だか自信を喪失しているメルディスは、狐耳を垂らして言葉の上でも歯切れが悪かった。


 彼女の能力が情報収集やそれを逆手に取った諜報戦にこそある。


 離間計りかんのけい等も彼女の得意な分野であろうに……。


「影魔のメルディス、私は貴殿を信頼している。なるほど、先立ってはエルーハに見事に出し抜かれたが、同じ轍を踏まないものと期待している」

「そう言って貰えるのは有難いが……」

「貴殿で駄目ならば、我が軍では離間計りかんのけいなど用いる事が出来る者は居ないだろう。やれるだけ、やって貰いたい。無理かもしれぬと何もせずにいる下策だけは、選びたくはない」


 私の言葉を聞き、メルディスは目を瞑って何かを考えている。


 今は無理に返答を聞かずとも良いと次にルダイの都市防衛に当たっているアントンと、財政を預かる伯母ヴェリエに尋ねる。


「アントン、レヌ川を自然の防壁として、ルダイに通じる街道に砦を建設した場合、どの程度持ち堪えられる? そして、伯母上、それは財政上可能でしょうか?」

「砦に駐屯させる守備隊を合わせた全軍団でって言う事だよな? 砦の規模にもよるが、先日の戦の様子だと敵が馬鹿なら数か月。利巧な奴相手じゃ……どんだけだろうな?」


 アントンがまず答えたが、何とも端的な答えが返って来た。


「利巧な奴ことカルーザスが相手になると、要塞とか砦とかは戦略と戦術を織り交ぜて無効化するから気にしなくて良い」

「マジか。カルーザス将軍ってのはヤバいんだな……」


 あいつはマジでヤバい。難攻不落の要塞があります、どうしますか? で、全く別のルートで進軍して国落とす様な奴だからな、カルーザスは。


 異大陸で他国に通行許可を貰いそれを行う程度には、外交手腕もあるから怖い。


 何だか、戦場を一つ高い所から見ている怖さがあいつにはある。


「そのカルーザス将軍が小細工しか弄してこないのは、相変わらずの理由でしょうね。ベルシス、良くお前は妬まれませんでしたね、皇帝に」

「私の功績は基本的に地味なので」


 時間と金を掛ければ誰でもできると言われる様な作戦を好むのが私だからな。


 人の命を無意味に賭けるよりはマシなのさ。


「さて、財政的には無理に傭兵を雇うよりは砦を建築した方が良いかもしれないとは言えますね。最も、何処かと融資の話が纏まらなければ怖くて出来ませんが」

「そこまでの余裕はないと言う事ですね?」

「数万の兵の数年分の糧食や給金を考えれば、ですが」

「なるほど……それならば、建築を始めて頂きたい。今のままでは数年先の未来が在るかも分かりません」

「良いでしょう、手配しましょう」


 伯母は私の言葉に頷きを返した。


 砦があれば、虚を突かれた場合でも何とか持ちこたえられるかもしれない。


 まあ、建設中に攻められたら全く無意味だけれど。


「帝国の近隣諸国や不満がありそうな領主に片っ端から檄文でも送るか」


 何とはなしに呟いたら、リウシス殿が肩を竦めて口を開く。


「それで兵が立つと言う訳じゃないよな?」

「無論だ。その内容をわざと帝都に広めるんだよ」

「……ああ。時々ドぎついなロガ将軍は……」


 リウシス殿は納得したように息を吐き出して、ぼそりと告げる。


 と、コーデリア殿が不思議そうに首を傾げて問いかける。


「何の意味があんの?」

「わざと俺達と諸国のやり取りを帝都に広める事で疑心暗鬼を煽る心算なのさ、お前の言う所のベルちゃんは」


 うわ、酷いなぁって顔でコーデリア殿が私を見た。


 そんな顔されたって困る。こっちだって生き残るのに必死なんだから。


 それから、リウシス殿にベルちゃん呼びされるのは嫌だぞ、ちょっと。


「ロガ将軍、魔王に援軍を要請すると言うのは賛成ですが、ロガ領近辺の諸領や諸国と結び対帝国防衛同盟も視野に入れた方が良いのではないでしょうか?」

「しかし、帝国と敵対する理由を持つ国が他にありましょうや? また、諸領にとっては寝返りを要請する事になる、そこまでの大義名分は……」

「二度の戦いの勝利は、積極的な中立を得やすくしましたが、味方に付けるまででには至りませんか……」

「オルキスグルブの話は、それこそ魔王に話す事で援軍を得る手立てにはなりますが、諸国がそれで我らと手を結ぶかと言えば……」


 カナトスの王ローランの言葉に、私は幾分否定的な言葉を連ねる。


 魔王が相手であればオルキスグルブの暗躍も、援軍を引き出すための方便にはなるが、大国とは呼べない諸国にはあまり益のない話だ。


 明確な証拠があれば違うが、憶測の段階ではゾス帝国と事を構える国は居ないだろう。


 魔王相手だって、あくまで方便の一つにしかならないのに、諸国相手では……。


 とは言え、ローラン王の言わんとする所は間違いではない。


 仲間は多いに越した事は無いのは事実だし、防衛同盟を構築できればおいそれと帝国も攻めて来なくなる。


 誰だって出血の多い戦いはしたくないからだ。


 まあ、ロスカーンが本当にそうするかは不明だけど、同盟を構築できれば攻めてきた時に撃退しやすくなるメリットもある。


 しかし、こうなると……。


「帝国軍の行動を兎も角遅らせるしかない、と言う事ですね」


 シグリッド殿がぽつりと告げた。


 正にその通りだ。


 帝国軍が行動を遅らせれば、遅らせる程に我々は有利になっていく。


 防御の為の工作は進むし、外交だって一定の結果が見えてくる。


 更に上手く行けば魔王軍より多くの兵を派遣してもらえるかもしれない。


 無論、今のままでは単なる妄想でしかない。


 望みの未来を引き寄せるための努力の時間が必要なのだ。


 話し合う者達の視線は自ずとメルディスに向かった。


 その視線を感じてか否か、メルディスは双眸を開き告げた。


「やってみよう。いや、影魔のメルディスの名に賭けて、成功させてくれる」


 そう力強く言い切った。


 ……少し気負いが見えるな。


「肩の力を抜け、メルディス、貴殿であれば普通にこなせるさ」


 私がそう告げると、メルディスは深く頭を下げて無言のままに応えた。


 大丈夫だろうか?


 だが、やって貰わねばならない。


 頼んだぞと告げて、その日の話し合いは終わった。



 そして、魔王城へと出立する日。


 幸先の良い報告がメルディスから齎された。


「帝都に残してきた間者を使い、皇帝が兵士の給料を引き下げる心算だとばら撒かせた。それが三将軍の陣に届き兵士達には少なからず影響が出ている様だ……。任せよ、ベルシス将軍。儂が三軍団の兵士と将軍達との仲を引き裂いてくれる」


 そう告げて、高らかに笑う様子を見て、やっとらしさが戻って来たと私は安堵して、魔王城へと旅立った。

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