第22話 魔王城へ

 ロガ領は再び一時の平和を手にする事が出来た。


 だが、それか結局のところ、次の戦争までの平和に過ぎない。


 三将軍がこのまま手をこまねいて、何の収穫も無いままに帝都まで逃げ出すとは思えない。


 会戦で打ち破ったとは言え、それは混乱の結果に過ぎない、兵の制御が難しくなった為の撤退でしかないのだ。


 その兵数は未だにロガとカナトスの双方を合わせた数に匹敵している。

 

 これが、あの時追い打ちをかけていれば話は違うのだろうが、戦力的には無理だったのだから仕方がない。


 きっと兵を動員して、近いうちにまた仕掛けて来るだろう。


 数十万単位の軍を動かせるゾス帝国に対抗するには、ロガ領とカナトス王国の兵では到底数が足らないのだ。



 アルスター会戦の時は傭兵で数を賄ったが、次もそうするのは無理がある。


 今回の戦いで、結構戦費を使ってしまったのも問題だ。


 そこで、私はゾス帝国と利益がかみ合わない諸国を巻き込もうと画策し始めた。


 商人が国を牛耳るテス商業連合をはじめとした貿易国に使者を送り、融資の話を持ち込んだりもしている。


 上手く行くかどうかは分からないが、何もせずに手をこまねいていれば攻め滅ぼされるのは目に見えている。


 死にたくないし、故郷も捨てたくないのであれば、勝つより他にはない。


 その為には何でもやってやると言う心持になって来た。


 そうでなければ、何のために犠牲者を出したと言うのだ。



 そんな訳で戦費に関しては幾つか手を打ってある。


 問題なのは金もそうだが、兵士の数だ。


 兵士は増えろと言って増える様な物では無いし、金の様に基本的には貸し借りも出来ない。


 金は貸せば利子が取れるが、兵士は減る一方だから余程の事が無ければ、何処の国も兵を貸与しない。


 それこそ数十万の軍勢を動かせる強国ならば話は変わるかも知れないが……。


 それ程の国など、ゾス帝国を除けば異大陸オルキスグルブか魔王の国ぐらいだ。


 だからと言って、異大陸のオルキスグルブに援軍を頼んだりする気はない。


 あそこが全ての発端と言えるかもしれないのに、のこのこと手を貸してくれとは言えない。


 下手すればそのまま乗っ取られる恐れもある。


 そうなると、魔王の軍だ。



 なるほど、メルディスが手勢を連れて合流しているが、その数は数千だ。


 きっと、魔王もその位ならばと目を瞑っている状況だろう。


 これ以上援軍を求めるならば、私自らが出向かねばならないだろう。


 魔王の国は言わば世界で一番古く由緒正しい。


 ゾス帝国が版図を広げながら、魔王の国とは不可侵条約を結んでいたのも魔王に敬意を払っての事だ。


 人間の寿命の数倍を生きる魔族と呼ばれる者達、その王ともなればきっと気位が高い筈だ。


 ロスカーンが馬鹿な事を言って、それで戦争になるくらいにはプライドが高いのだと思う。


 さて、そんな魔王が私と会って援軍を承諾してくれるかどうか、不安はあった。


 幾らロスカーンが馬鹿だったからと言えども、魔王にとっては言うなれば敵国の内乱。


 その一方に手を貸してくれるのか、如何か。


 その点はメルディスに聞いても、フィスルに聞いても陛下のお考えは分からないとにべもない。


 で、あれば、やはり私が赴いて頭を下げて援軍を願うしかないが……三将軍の動向も気になる。


 悩んでいる時間があれば何かしら行動を起こして置かなくてはいけない。


 圧倒的物量の前では、ともかく先手、先手を打つしかないのだ。



「んで、魔王さんの所に行くの?」

「私が赴いて、頭を下げるのが早いと思うから」

「じゃあ、アタシもついて行く?」

「いや、コーちゃんは軍団の訓練とか色々あるでしょう」


 いつも通り、剣の稽古をつけて貰いながらコーデリア殿に自分の考えを伝える。


 相変わらず一合か二合打ち合うのがやっとだが、最近は剣を飛ばされる回数が減った……気がする。


「じゃあ、メルっちとかフィーちゃんと行くの?」


 少しだけ渋面を作ってコーデリア殿は言った。


「メルディスとは何だかんだで上手くやっているんだろう?」

「まぁ、そうだけどさ。悪い人じゃないのは知っているよ。カルーザスしょーぐんがベルちゃんに斬りかかった時の事、まだ気に病んでるし」


 メルディスはエルーハに出し抜かれ、カルーザスの居場所を突き止められなかったばかりに、私とコーデリア殿が危険な目に合ったのが堪えたらしく、一時は非常に静かになっていた。


 今では喧しく人の執務室に聞て騒いでいるが、未だに気にしていたのか……。


「フィーちゃんか……あの子はどう言う……? 連れは一言もしゃべらないし」

「あの二人については、当人が喋らないと説明できないよ。難しいってのもあるんだけどさ」

「教えても良い」


 不意に横合いからかけられた言葉に、慌ててそちらを向くとフィスル殿が片手を上げて、やぁと声を掛けてきた。


「び、びっくりした!」

「スイッチ入ってない将軍はビビりだね、その落差面白い」

「フィーちゃん、教えて良いの?」

「良い。魔王様に援軍を頼まないなぁ、将軍は魔族嫌いかなと見てたけど、そう言うのじゃ無さそうだし」


 や、魔王に援軍要請するの、ハードルめちゃくちゃ高いからな?


 それに、魔族に偏見があったらそもそもメルディスの手勢だって受け入れてないだろう。


 そんな私の思惑など全く無視してフィスル殿は、声も無く背後に立っている自身の連れに視線を向ける。


 無言のままフードを目深にかぶった連れがすぐ傍に来ると、フィスル殿がそのフードを外して、連れの顔を露にする。


 と、そこには……何もなかった、全くの虚空があるばかり。


「え?」

「そう、何もいない。これは私、私の力の片割れ。戦いになれば私はこれと一体化して戦う。これ私の分霊、と言った所」

「一体化?」

「コーディーとやり合った時もそうだった……」


 感慨深げにフィスル殿が告げると力の渦の様な物がフィスル殿を取り巻き、その身体に吸い込まれて行く。


 一方で人の形を取っていたローブはくたりと地面に落ちた。


 何が起きているのか分からず、少し呆然としているとフィスル殿の身体から眩い光が溢れ、思わず視線を逸らした。


「――この姿ではお初にお目にかかると言うべきかな、ロガ将軍。我は将魔のフィスル、以後よしなに」


 フィスル殿の声より大人びた、それでいてフィスル殿当人の声に驚き振り向くと、そこには20代半ばほどに成長したフィスル殿が立っていた。


「――よろしく」


 一瞬言葉は出なかったが、挨拶されたので素直に挨拶を返すとフィスル殿は可笑しげに笑って、コーデリア殿に視線を向けた。


「素直な御仁だ。やはりコーディーによく似ている」

「ベルちゃんが? そんな事無いと思うけどなぁ」


 事態の整理に頭が追い付かない私を尻目に、彼女らはそんな会話を始めていた。



 結局、魔王城に赴くのは私とフィスル殿、それにコーデリア殿と決まった。


 軍団の訓練はメルディスが引き継ぐと言う事で話がまとまってしまったのだ。


 魔王城に赴くとなれば、道中の危険も考えられたがリチャードを連れて行く事は出来なかった。


 彼は、嘗ての竜族と魔族の戦争で名を馳せた戦士。


 連れて行けばそれはそれで厄介な事になりそうだと言う話になったからだ。


「何か手土産が必要だと思うんだが……」

「手土産を受け取るのにも相手を見るから、まずは気にいられないとだめだ」

「――そうか」

「儂の婿になれば」

「メルっちうるさい」


 胃が痛くなる相手でなければ良いなと、じゃれ合うコーデリア殿とメルディス殿から視線を外して、私は小さく息を吐き出した。

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