第21話 カナトスの事情
残存兵力を纏めて帝国軍は一旦退いたその日の夜、ロガ領に帰途の途中で私は感謝を伝えにカナトスの陣に赴く。
シグリッド殿には先に赴いて貰い、先方に話を通して置いた。あまり大人数で赴くのは無礼かと思い、少数の兵のみ連れての道行き、まず大丈夫とは思うが襲撃は少し怖い。
本来はリチャードも一緒に来るはずだったが、奮戦して手傷を負ったとかで護衛はコーデリア殿が引き受けてくれた。
何処を怪我したのか聞いてもはぐらかしていたのが気になるが……病気ではあるまいな?
奴も年だからな、楽させてやらねば。
そんな事を考えていると、コーデリア殿が馬を寄せてきて口を開いた。
「ベルちゃん、カナトスの人達ってどんな人達?」
「騎兵が強い事で有名だな、王妹シーヴィスが率いるカナトス白銀重騎兵は昔から多くの大軍を打ち破っている。ただ、最近は金がなくて縮小傾向にあるが」
帝国に支払う賠償金とかあるしな。
ふむ、私に付く事で賠償金の反故でもする心算なんだろうか?
今帝国に敵対しても、カナトス王国にどんな益があるのか。
「あー、そう言うのじゃなくて……王様とかお姫様ってどんな人たち?」
「ああ……。王のローラン殿は聡明な若者だ、思い切りも良くかなりのリーダーシップを発揮している。お姫様……と言うか、王妹のシーヴィス殿は、お姫様と言うか……」
「と言うか?」
「……武人かな」
姫などと呼ばれる人で、一般的な話に聞く様なお姫様等は見た事も無いが、シーヴィス殿は戦に特化している。
猪突猛進と言う意味では、コーデリア殿と馬が合うかもしれないし、反対に全く相いれないかもしれない。
詩人剣士のマークイが彼女に惚れていると聞いた時は、世の中色々だなと思たものだ。
四年前の交渉の席で交わした雑談を、補給路の構築や出費と得る利益と天秤にかけて戦えと言う話をローラン王やシーヴィス殿が覚えているのか、如何か。
そして、覚えているなら今回の戦で何を吹っ掛けて来るか……。
私は内心戦々恐々としながらカナトスの陣に馬を進めた。
カナトスの兵が野営する陣に差し掛かると、先方の出迎えがあった。
援軍の最高責任者は誰かと迎えてくれた兵士に聞くと、驚いた事に王自ら出向いていると言う。
これは、ますます何を請求されるか分からないなぁ。
恩義には恩で応えねばならない、この度は命を救われた様な物だ、何で返せば良いのやら。
頭を悩ませながら案内されるがままにカナトス王ローランが待つ天幕に案内されるがままについて行った。
「ロガ将軍、お久しぶりです」
「カナトス王の力添えにより、如何にか窮地を脱する事が出来ました。感謝いたします、陛下」
「貴方には命を救って頂いた恩義がある。それをお返しするのは当然でしょう」
私が椅子に腰かけたローランに頭を垂れると面を上げる様に彼は告げた。
そして、少しばかり困ったように背後のコーデリア殿を見た。
なるほど、天幕内部には見た所ローラン王しかいない、これから話す事は他言無用と言う訳か。
「コーちゃん、外で待っていてくれないか?」
「私はベルちゃん将軍の護衛です、離れる訳にはいかないです」
一応畏まった物言いになっているけれど、相変わらずベルちゃんなのな。
私はもう慣れたけど、ローランには予想外だったのか、目をぱちくりさせて私とコーデリア殿を見ている。
そして、一つ笑い、表情を改めてコーデリア殿に頭を下げて言った。
「勇者様と言えども、これからロガ将軍とお話しすべき事はお伝え出来ません。ご心配なのは承知しておりますが、天幕の外で待機して頂けませんか?」
「……分かりました。外で待機してます」
渋々と言った風に、コーデリア殿は天幕の外に出て行く。
その背を見送りながら、私は勧められた椅子に腰を下ろして謝った。
「根は良い子なのですが、少々礼儀が……それに、戦いの後なのでナイーブになっている様子。無礼の段はご容赦頂ければ」
「こちらこそ人払いを願うなどご無礼の程を。それと、この場には我々だけ。そこまで畏まった口調でなくとも良いかと」
他国とは言え王族相手に、畏まるなと言うのは聊か無理があるんだが……。
「それでは、ローラン王。人払いをしてまでの話とは?」
そんなに凄い事要求されるんだろうか? それは困るぞ……。
「まだ、確定している訳では無いのですが……ギザイアについてお耳に入れておきたい事が」
「ギザイアについて?」
「それに……もし、状況がこうも変わっていなければ、今回の出兵はなかったでしょう」
すまなそうに視線を伏せ、ローランは告げた。
しかし、それは当たり前の事だ。誰がゾス帝国に好き好んでは逆らうものか。
どうもはっきりとしないな……状況の変化とは何だ?
「十中八九帝国と敵対関係になるのだから当然だ」
「出来る事と言えば、敗戦後の将軍の身柄をかくまう程度。その程度の国力の我が国が貴方に味方したのは何故だと思われます?」
「分かりかねますな」
私は眉根を寄せて考える。
ローラン王は何故カナトスを再び戦火に巻き込むような事をしたのか。
いぶかしむ私の視線を受けて、ローランは口を開きかけて、迷うように閉じた。
私は彼が話し出すのをじっと、辛抱強く待っていると意を決したローランがその重い口を開いた
「……オルキスグルブより放たれた刺客、それがギザイアではないかと」
「――オルキスグルブ? 異大陸の彼の国が?」
「異大陸の謎の多いオルキスグルブ王朝、云われも分からぬ神を信奉する者達。ギザイアはその神に仕える巫女では無いか、と言う情報を得ました」
ギザイアが巫女? まるで想像もつかないが……。
それに刺客と言う事は、カナトス王に取り入り、その王の妃となる事も、その後にゾス帝国の皇妃になる事も、全て計算付くだと?
そんな馬鹿な。
そう一笑に付しても良かったが、戦争の最中に感じた違和感がそれを拒んだ。
それにしても、どうにも答えが見えない謎かけをされている様で居心地が悪い。
一体何が起きてカナトスは私に援軍を出したのだろうか、そしてその対価は何か。
焦れた様に私は問いかけを放った。
「ギザイアの件が事実として……。それで、貴国は今後どうされるおつもりで? 個人的感情で私に付くのは流石に為政者として」
「ゾス帝国はカナトス王国に対して賠償金の増額を提示しました。とてもでは無いですが、到底払えない金額です。将軍の手紙が届いた時期と同じくらいに通達がありました」
それが状況の変化か。
この時期にそんな事をする意味が普通はない。
内乱騒ぎの中、近隣の敗戦国に掛けている賠償金額を増額? 敵と結べと言っている様な物ではないか。
だが、ギザイアが異大陸の謎めいた国からの刺客で、この大陸に侵攻する前準備として波乱を望んでいるとすれば?
「私の反乱騒ぎも、ギザイアの企みだと?」
「その可能性が、濃いのです」
ギザイア、か。確かに不気味な女ではあるが、本当にそこ迄の力があるのだろうか?
それに、そんな女を送り込むオルキスグルブとは一体……。
「父は女にだらしなかった。現皇帝もそうだと聞いております」
「否定しようがない」
「あの女はそう言う男を誑かす事に掛けては一流なのでしょう」
まだ確証はない。だが、私はこれは事実であろうと思っているとローラン王は告げた。
それに、どちらであるにせよ、貴方と組するしか道がないとローラン王は締めくくった。
一体、私とカナトスを結ばせ何を望むのか。
やはり、この反乱騒ぎも仕組まれた物なのだろうか。
今は何も分からない。分からないが……やれる事をやるしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます