第19話 第三陣への突撃

 普段の私ならば、あの軍勢が敵味方どちらか判明するまで動かなかったかもしれない。


 だが、今の私はそんな事を気にしていられない。


 帝国の第一陣、第二陣の騎兵を打ち破った事を、敵に周知し衝撃を与えねばならない。


 衝撃は味方には喜びと変わり、敵には恐怖に変わる。


 とは言え、敵が優勢の内は恐怖となる前の、微かな疑念がかま首をもたげる程度だが。


 それを積み重ねれば、疑念は動揺に変わり、恐怖に至る。


 例え優れた将がその恐怖を跳ね除け挫けずとも、兵が挫ければ戦にならない。


 数が多い敵に勝つには衝撃を与える事がまず肝要。


「丘を下るぞ!」

「目標は? コーデリア軍団の助攻を?」

「……あそこが一番劣勢か。――だが、狙うはセスティー将軍の第三陣」

「心得ました。……全騎兵、声を張り上げ勝利を喧伝しながら、敵第三陣に突撃!」


 騎兵を率いるゼスは、言葉通り心得たもので敵の士気を挫きながら、第三陣を狙う動きを敵に気付かさせる方法を指示した。


 僅か五百騎で騎兵が居ないとは言え帝国軍の第三陣に突撃をかますのは無謀だ。


 だが、戦に絶対はない。

 

 だからこその突撃である。疑念に疑念を重ねなくては勝てないし、私が無茶をするのもそのための布石だ。


 あの勇猛でもないロガ将軍が先頭を切って走る意味は何だ? と思わせればしめたものだ。


 ただ、突撃して勝てる訳も無いし、犬死はしたくないから、敵に動揺を与えて頃合いを見て、反転するか。


 或いは……三勇者の軍団から騎兵が追随して来る、そう言う状況になればそのまま突撃しても良い。


 第一陣や第二陣の兵士はともかく、第三陣所属の騎兵達は必ず惑う。


 いや、背後に控える第三陣が被害を被れば、戦場は混乱する。


 それこそが、私の狙いだ。


 それに……最大戦功が少数を伴って戦場を疾駆すれば、利に釣られて陣形を乱す馬鹿が出ないとも限らないしな。



 それにしても、死にたくないから進んで死地に赴かなくてはならないと言うのは、この仕事の矛盾だ。


 しかし、それが指揮官と言う奴の役目なのだから仕方ない。


 私にはカルーザスの様な戦術眼はなく、テンウ将軍の様な勇猛さも、パルド将軍の様な怜悧さも無い。


 セスティー将軍はどちらかと言えば私寄りだが、戦場では彼女の方がはるかに勝る。


 こう言う具合に彼等には劣っている私だが、それでも将軍の役目は知っているし、実行してきた。


 有効な作戦を発案計画する事と兵の士気を高めるために全力を挙げる事だ。


 だから私は、無い知恵絞って戦略面では常に優位に立っていられるように努力したし、やりたくもない陣頭指揮だって行った。


 陣頭指揮をやりたくなかったのは危険な事もあるが、直接、死が間近に見られる光景を喜ぶ趣味はないからだ。


 胃に来る光景はそりゃ見たくない。だが……兵に死ねと命じる者がソレから目を背ける事は許されない。


 それが責任と言う奴だと私は思っている。


 その責任を果たす行いは今まで恐々と行っていたが、今この時は違う。


 命を捨てるのではない、命を兵士達に預けてただ指揮官と言う仕事の責任を果たすのだ。


 迫る謎の軍勢は敵か味方かまだ分からない。


 帝国軍が優位な状況で援軍を送るかどうかは分からないが、ロスカーンが恐怖して更に兵を送った可能性もある。


 だが、きっとその指揮はカルーザスではない。


 ロスカーンは未だに私よりもカルーザスを恐れている筈だ。


 考えてみれば、カルーザスが私の策を見破り、剣を交えた時だってやりようは幾らでも在った筈だ。


 カムンに滞在していた八万の兵をカルーザス自身が指揮すれば、今の状況はない。


 そうせずに暗殺まがいの事をしたのは、ロスカーンがそれを許さないからだ。


 カルーザスの声望が高まる事は避けたいだろうし、三将軍の任地を任せる後釜にはカルーザスを当てるしかない。


 三将軍とカルーザス以外の他の将軍連中はロスカーンにおべっかを使うだけの、私以下の連中だから異大陸での任務に耐えられない。


 アーリー将軍が帝国に戻るの出れば話は別だが。


 ともあれ、謎めいた神を信奉するオルキスグルブ王国の勢力が強い異大陸に睨みを利かせられるのは、手すきではカルーザスだけだ。


 幾らロスカーンでもそこは間違えない筈だ……多分。


 でも、実は声望が高まる事だけを恐れてカルーザスを用いてないのじゃないだろうな?



 私は先陣を切って走りながら懸命に頭を働かせていると、各軍団に動きがあった。


「ロガ将軍だ!」

「反転しろ!」

「無茶を言うな!」


 帝国軍第一陣の本隊は俄に騒ぐ始めた。


 或いはテンウ将軍が私の後を追って来るかもしれないとも思ったが……。


 第一陣と対峙しているコーデリア軍団から騎兵が数百騎放たれ、此方に向かうも、第一陣からこちらに向かう動きはなかった。


 第一陣と第二陣の双方と戦うリウシス軍団は八の字の様な陣を敷いてそれぞれに相対している。


 その隊形の後方からカナギシュ騎兵が矢を射かけたりして、敵をかく乱していたが、そのカナギシュ騎兵の半数ほどが此方に向かってくる。


 そして……第二陣と対峙していたシグリッド軍団の動きは顕著だった。


 シグリッド殿に預けた殆どの騎兵が戦場を一旦離れ、反転したかと思えば帝国第二陣の左翼に駆け寄りながら密集し、一気に突破した。


 そして、弧を描く様に私の方へと向かってくる。


 シグリッド軍団の騎兵が行ったのはアレはカナトス重装騎兵が最も得意とする戦術だ。


 本来は分散し接近したかと思えば、敵陣間近で肩が触れ合う程に密集し、突破すると言う恐るべき戦闘教義。


 小国カナトスが帝国と戦えたのは、あの重騎兵の突撃があっての事。


 分散していれば、魔道兵の攻撃にも、弓兵の射撃にも被害を抑えられる。


 そして、攻撃の段には密集して突撃する事で恐るべき破壊力を示す。


 当時は王女であったシーヴィス率いるカナトス騎兵は二度も帝国軍を退けていた。


 故に三度目は私が出向き、カナトス全軍三万に対して二十万と軍勢を率いて長期戦の構えを取った。


 そして、無駄に攻めず、挑発に乗らず、兵站を維持し続けて何度となく話し合いの場を設けようとした。


 それが三か月も続けば、当時は王子であったローランが交渉の席に着く旨を打診してきた。


 後は、話し合いで事を進めたのだ。


 私が出向いてからは戦死者が激減したが、代わりに金は掛かった。


 ロスカーンに嫌味を言われたが、気にすべき事ではない。


 問題は、戦の発端であるギザイアが、自分が生き残るために王子ローランと王女シーヴィスを勝手に処断しようとしたことだ。


 それも、何とかそれを事前に食い止めて、カナトスが戦端を開いた原因として帝都に連行した。


 ギザイア、か。――あの女、あの時に殺しておくべきだったかもしれないな。


 底の知れない不気味さを感じて、思わず切り殺しそうになった事を思い出す。


 出自も良く分からないあの女が、何故カナトスの前王の妃にまで上り詰めたのか調べても良く分からなかった。



 ともあれだ、こうして騎兵が集まってくる以上は、セスティー将軍の陣に一撃与えねばならないだろう。


 この機を逃す手は無い。


 ――先陣は死にやすいんだが、今更後に引けないし。


 ああ、この場合どの神様に祈れば良いのかな!


 兵に命預けたって怖いもんは怖い!


 怖いけど、やってやるぞ、畜生!


「全軍、我に続けっ!!」


 数千騎に膨れ上がった騎兵の突撃が、第三陣に及ぼうとしたその時に、突撃ラッパの音が響いた。


 あの音は……カナトス王国軍突撃の!


「我が君ローランが援軍に馳せ参じましたね」


 不意に真横に馬を付けたシグリッド殿に声を掛けられた。


 ――あれ? 軍団の指揮は?


「歩兵、弓兵、魔道兵指揮はシーズに任せました。ここからは私も一人の騎兵、将軍の露払いです」

「カナトス仕込みの散開と密集を行えたのは、シグリッド殿が直接指揮したからか!」

「カナギシュ騎兵には向かない戦法でしょうが……」


 シグリッド殿がそう言い淀むと、背後から声を掛けられた。


「カナギシュの民は俺が指揮する、従兄殿!」

「ウォラン!」

「リウシスと言う勇者は面白い戦いをする。カナギシュ騎兵を移動弓兵として使っていた。だが、俺達には縦横に戦場を駆ける戦いが似合いだ!」


 なるほど、リウシス殿は中央で二つの敵と戦っていた。


 だから、八の字に隊形を組みカナギシュ騎兵を背後に置いて敵攻勢が強まった方に動かして矢を射かけさせた訳だ。


「隊形を組みなおすよりは安全に攻撃の重点を動かせるか、考えたものだ」


 私の言葉にウォランは頷いた。


 カナギシュ騎兵の好きな戦い方ではないだろうが、有用だったようだ。


 そう考えながら疾駆していると、更にコーデリア軍団の騎兵を率いていた兵士に声を掛けられた。


「将軍! コーデリア様より伝言です! ベルちゃん、騎兵の攻撃を引き受けてくれてありがとう! との事です」

「では、お前に返答を託す。コーちゃん、第一陣の敵を引き付けてくれてありがとう、とな。だから生きて帰るぞ! ……君の名は?」

「イーダです、閣下。神官トーバの孫であります!」

「ああ、あのオーラ視る爺さんの」


 言葉を交わしていると、恐怖が和らぐ。


 消える事は無いけれど、それでも和らいでくれるのは有難い。


 一度戦場を振り向けば、私が最初に布陣していた丘の上に隊列を整えたベルシス軍団が見えた。


 ゆっくりと、威圧的に丘を降りはじめる。


 戦場の左翼では、カナトスの旗を掲げた軍勢が第二陣の側面にぶつかっていく様子が見えた。


「一撃だ、一撃与えるだけで良い。……後でまた会おう!」


 兵士達にそう伝えて、私はシグリッド殿と並走しながら槍を構えた歩兵が待つ第三陣へと突撃した。

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