第18話 影と覚醒

 ここ半年ほどの出来事を回想するのは一瞬の事だ。


 良い出会いもあったし、懐かしい再会もあった。


 それは何も勇者殿や親族達ばかりでは無かった。


 新たに加わった二万弱の兵の中には、私が嘗て指揮していたベルシス軍団に参加していた古参兵も混じっていた。


 歩兵隊の大隊長の一人ブルーナや騎兵隊のゼスなどがそうだ。


 それに、弓兵隊を率いるバージスに魔道兵を率いるマレーとの出会いも同じだ。


 帝国に仕えた十八年間は無駄ではなかったと言う事だ。


 まあ、無駄だと思った事は一度たりとてないんだが。



 ともあれ、現状に対処せねば。胃が痛いなぁと思いながら迫る第一陣と第二陣の騎兵に備えていると、丘の上に伏せさせて戦況を見極めていた監視兵の報告が響いた。


「第三陣の騎兵にも動きが! しかし、妙です!」

「何があった!」

「第三陣の騎兵は急ぎ第一陣、第二陣の元に向かっています! ……両陣の本隊の援護を開始しました!」


 それでは、騎兵の攻撃は続けられることになる……三勇者の軍団も簡単には楽をさせてはもらえないか。


 しかし……この判断の早さ……いや、まさか……!


「第一陣、第二陣の本隊は、我々に攻撃目標を変えていないのか!」

「第一陣、第二陣ともに本隊は各軍団への攻勢を行ったままです! 一向に陣形は崩れません!」

「迫っている第一、第二陣の騎兵は!」

「左右に分かれ、丘を迂回して此方に迫る模様!」


 ……くそったれ! 胃が痛い!


 これは読まれている、私が第一陣と第二陣のテンウ、パルド両将軍の不仲を突いて陣形を乱そうとした策は、完全に読まれている。


 セスティー将軍が読み切ったか?


 いや、彼女にしては行動が早すぎる。


 彼女は優秀だが優柔不断であった筈。


 この場で何かに目覚めて判断力に磨きがかかったとでも?


 或いは……と、ある事に思い至り私は怖気を感じた。


 カルーザスの存在が脳裏にちらついたのだ。


 まさか奴が? いや、それならば辻褄は合う……しかし、全て我が友が係っていると言うそんな考えは他の将軍を侮ることに繋がる。


 カルーザスでなくとも十分に私より戦運びが上手い連中だ、変に侮ればそれもまた敗北への道だ。 


「……ともあれ、迫る騎兵を打ち砕かねばならない。各員、抜かるなよ!」


 多くの疑念をを抑え込みながら、私はそう指示を飛ばす。


 単純にセスティー将軍に見破られただけかもしれないのだが、アーリー将軍捕縛の際に見破られ、命の危険を経験した事で、カルーザスの脅威が脳裏に焼き付けられてしまった。


 戦場に居れば居たで脅威だが、居なければ居ないで疑念が増す。


 この先、私はカルーザスの影とも戦わねばならないのか……。



 それにしても、三勇者の軍団がじりじりと削られて行く中、私は妙案を思いついたと実行した挙句、間抜けにも友軍の援護の機会を失っただけか?


 いや、まだだ、まだそうと決まった訳じゃない!


 だが、どうすれば良い?


 迫る騎兵は勝ちを確信し、功績を求め奔走する浮かれた兵士ではない。


 決死の覚悟で私の首を取るか、時間を稼ぐ為だけに命を散らしに来た恐るべき帝国兵だ。


 如何いかに迎え撃つ?


 どうすれば速やかに勝って、皆の援護に回れる?


 どうすれば……!


『息子よ。兵を率いるのに必要な心構えを教えておこう。兵の命、その全てを背負い込むのではない。己の命を兵に預ける、その気構えこそが必要なのだ』


 不意に父の言葉が脳裏に過る。


 まだ幼い頃に聞いた、その言葉を思い、私は一時目を閉じた。


 幾人かの顔を思い浮かべながら深呼吸を繰り返す。


 私が死んでも勢力として残る? 馬鹿を言うな、最初に始めたのは私だ。


 始めた以上は最後まで責任を持て。


 最後に笑う彼女の顔を脳裏に思い浮かべた私は、残された右目を開き命令を下す。


「マレー率いる魔道兵達よ、そしてバージス率いる弓兵達よ。丘に少し上り回り込んでくる敵騎兵に備えよ!」


 軍馬の足音が響いて来る。敵はもうすぐこちらに来るだろう。


「私が軍旗を掲げ、騎兵の元に赴く。もうすぐ姿を見せる敵騎兵は、私の首を狙い殺到するだろう。連中の視線は、その多くは私に向かう。歩兵たちの方に向かい、連中が歩兵とぶつかり合う段になれば合図を行うので、攻性魔術を一斉に背を向けている敵騎兵に放て。その後は矢による攻撃を行え」


 私は傍にいた弓兵や魔道兵を指揮する二人にそう伝えると馬に乗り、軍旗を掲げる。


「騎兵、及び歩兵隊にはどう動くか伝えずとも?」

「歩兵指揮のブルーナ、騎兵指揮のゼス双方にか? ……伝える必要はない、奴らならば意を酌む」


 それだけ告げて私は走り出した。


 もうすぐ傍から無数の軍馬の足音が聞こえていたからだ。


「諸君、私を男にしてくれ! 戦いに苦しむコーデ……いや、恩義に報いるべく無謀な戦いに身を投じた者達を救う為、この私に力を貸してくれ!」


 走らせながら、最後にそれだけ告げて、私は軍旗を翻す。


 危ない、危ない。


 色々と考えていた事が駄々洩れになる所だった。


 死ぬかもしれんと言うのに、人間と言うのは秘密は隠したがるものだなと内心で肩を竦めると、無数の馬蹄が私を追って来る状況に、微かに笑みが浮かぶ。


「あの旗印は!」

「ロガ将軍だ! 討ち取れば戦は終わりだ!」

(そうだ、私はここだ。追ってこい!)


 私は流石に持っているのが辛くなってきていた軍旗を、それでも目立つように靡かせたまま、懸命に馬を走らせる。


 漸くベルシス軍団の歩兵たちが見えてくる場所に辿り着いたが、彼等は慌てふためいた様子で盾を投げ捨て身を伏せて左右に分かれていた。


 一瞬、落胆めいたものを覚えたが、それが見せかだとすぐに気付く。


 誰もが武器だけは捨てていないからだ。


 槍を伏せ、目立たせぬようにしながら、彼等は伏せている筈なのに隊形を保ち続けている。


 そして、私の背に追って来る騎兵の投槍が届くか否かと言う頃合いになり、一斉に槍を構えた。


「ははっ! 左右に分かれていた連中、合流したは良いが陣形が伸びきってやがる! 迎え撃て!!」


 ブルーナの声が響いた。


 もう十年の付き合いにはなる歩兵隊の長は、兵を鼓舞して騎兵へ槍を突き出し、その突進を食い止める。


「将軍! ベルシス軍団の全騎兵が、将軍の命令を待っておりますぞ」

「ゼスか! 歩兵たちの背後から脇に出て、敵騎兵の脇腹に穴をあけてやれ! ああ、だが、その前に!」

 

 私は手にしていた軍旗を大きく振り回した挙句に、伏せた。


 一瞬の間の後に、敵騎兵の背後から放射線状に火の矢ヒートアロー石弾ストーンバレットが襲い掛かった。


 更に一拍置いてから降り注ぐ矢の雨。


「行けるか?」

「無論、連中の横っ面をぶん殴ってきますよ!」


 今まで以上に張り切った様子でゼスはベルシス軍団に所属する五百騎の騎兵を率いて出立した。


 私は方陣を組み騎兵の突進を防ぐ歩兵たちの傍に寄り、人馬の悲鳴と怒号に負けじと馬上で軍旗を翳しながら叫んだ。


「密集もしていない騎兵の突撃など恐れる物ではない! 敗残兵と思い込んでいた諸君の反撃と、取り残されただけと思われた魔道兵の魔術に敵は混乱しているぞ!」


 私の言葉に嘘はない。


 確かに迫っていた騎兵は混乱している。


 騎兵の破壊力を最大限に生かすには密集しての突貫が必要だ。


 だが、彼等は密集隊形を崩していた。


 私と言う最大の功績が単騎で逃げる様に駆ける様を見て、功名心に駆られたのだ。


 自分の力で戦争に終止符を打つ。


 それに興奮しない兵士は居ないだろう。


 それに、抵抗して来ると思われたベルシス軍団の状況が、功名心に拍車をかけたに違いない。


 魔道兵や弓兵は未だに丘に逃げ残り、先に逃げたと思しき歩兵は恐怖のあまり地に伏せていた。


 ブルーナの念入りな敗走擬態が功を奏し、彼等はより一層勝ちを確信してしまった。


 勝ちを確信すれば、覚悟は緩み、命を惜しむ。


 勝ち戦で命を失う事ほど馬鹿げた事は無いからだ。


 そこに、不意に牙を剥いた歩兵陣。慌てて密集隊形を形成しようとしたところに背後からの攻勢魔術に矢の雨。


 混乱するなと言う方が無理だ。


 だが、まだ歩兵陣を突破すれば戦功が留まっている。


 是が非でも突破するべきか、或いは離脱して体勢を立て直すべきか悩めば悩むほど、我々に有意になっていく。


 だが、まだ終わりではない。


 最後に……。


「我が軍の騎兵が突貫していきます!」


 誰かの報告に、視線を其方に向ける。


 僅か五百の騎兵だが、密集し横合いから襲い掛かれば、それがトドメだ。


 三、四千騎は居た第一陣、第二陣の騎兵たちはその殆どが地に伏すか、方々に逃げていく。


 私は五百の騎兵と合流すれば、ゼスを伴って急ぎ陣取っていた丘へと戻る。


 そして、第一陣、第二陣の敵騎兵を打ち破った事を戦場に知らしめるべく、丘を登って行った。


 丘の上で軍旗を翻すと同時に、アルスター平原に新たな軍勢が現れるのを確認した。


 アレは、敵か味方か……。

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