第15話 強襲

 カムン領の貴族であるセガイ殿と会話を交わしてから一週間後。


 カムン領の傍で予定通り、アーリー将軍をおびき寄せる為、三百名ほどの兵士の一団を率いて練兵を開始した。


 この練兵、実は見せかけではなく本当の訓練でもあった。


 訓練だけが兵士を生き残らせる事が出来る唯一であるからなのは勿論だが、優秀な将の存在を育て上げる為にも必要な事だからだ。


「個として優秀過ぎる勇者殿達だが、彼等が兵を率いる事を覚えれば……」


 伝説に聞く古代の大王やゾス帝国の開祖をもかくやと言う働きをするだろう。


 そうであれば、ロガの地と帝国に平穏を齎す事も出来る。


 ……帝都をロガ家が奪うと言う結末で。


 この結末、はっきり言えばどうかしている。


 無茶だし、無謀だし、何より……不敬だ。


 だが、帝都とロガ領の近さに改めて考えが及べば、いくら私が防衛戦に勝ち続け、皇帝に頭を下げても独立は許されない。


 距離が近いほど恐怖心は大きくなる。


 何時、私が帝都に侵攻するのか分からないと、ロスカーンもその取り巻きも考える。そうなれば、何度でも口実を作って攻め入るのは目に見えている。


 当初、この点に思い至らなかったのは私自身の迂闊さ故だ。そこまで考えが回らず、甘い事を考えた。


 恐怖は激し敵意に容易にすり替わる事など、何度となく見てきて知っているのに。


 そんな状況が予測される以上は、ロガの地は帝都に近いと言う理由で独立は許されない。


 許されなければ、ロガの地も私と勇者殿一行が生きて行ける場所ではないと言う事になる。


 帝国内ではどう足掻いても私達は反逆者に過ぎないのだから。


 だから、帝都を奪う。


 帝都を奪い、遷都でもさせれば、距離が開き皇帝らが私達に抱く恐怖心は小さくなる。


 そうなれば、漸く和平の目も出てくるのだ。


 出てくるんだが……あまりに茨の道で、考えただけで眩暈めまいを覚える。


 それに、だ。


 ――この間の戦いの比ではなく人が死ぬ。


 兵士だけじゃないだろう、民の中からも老若男女構わず死者が出る。


 それを思うと胃がキリキリと痛みだす。

 

 痛み出すが、だからと言って私は故郷を失うのも、死ぬのもごめんだし、ロスカーンを許す事も出来ない。


 だから、ゾス帝国の帝都を攻め落とす。


 如何にか、民を巻き込まず、せめて死ぬのは兵士だけの状況を作って。


 虫が良い事この上ないが、その位の細心さで状況を進めなくてはいけないのが戦争だ。



 ちなみに、まだ、この決意を誰にも話してはいない。


 あまりに大ごとだし、自分勝手な結論にも思えるからだ。


 だが、降りかかる火の粉を払うに終始しているだけでは戦いは終わらない。


 延々と防衛戦に勝ち続けられるのならばそれでも良いだろうが、私にはそんな事は無理だ。


 戦争の終わりを、最終目的を早期に達成せねばならない。


 それが、帝都攻略。


 ……出来れば、こんな結論に達したくはなかった。


 きっと、それが成功しても帝都には私を恨む声が満ちるのだろうなぁ、そう思うと嫌になる。


 それでも、私の下で戦う者達の安全は得なくてはいけないと言う思いと、ロスカーンのあの振る舞いは許せないと言う怒りが、その目標に私を突き進ませる。


 ブラックと言う言葉が、脳裏を過ると抑えようのない怒りが満ち、その反対側に立たねばと言う思いに駆られるのだ。


 そして、ブラックと言う言葉の意味は分からないが、何となくその体現者がロスカーンである事は分かっていた。


 私の単なる思い込みかも知れないが、それの所為でロスカーンを主と仰ぐ訳には行かないのだ。


「皇帝を主と仰げないならば、独立するしかない。そして、今のままだと独立が認められないならば……」


 帝都を奪うしかない。


 最近は、そんな事ばかりを考えて溜息をついた私は、練兵の場と言う事で持ってきていた将軍杖しょうぐんじょうもてあそんで、コーデリア殿が兵の指揮を執っているの見ていた。


 将軍杖は八大将軍のみが持つ軍司令官としての権威の証、杖と言うには少々短いが色々と装飾されている。だが、帝都を離れた際に本物は居室に置いてきてしまったので、これは偽物だ。


 練兵の際にはこれが無いと妙な気持ちになるので、この金属の杖を作らせたのだ。



 さて、若々しくも、危なっかしいコーデリア殿の指揮を見守る私の耳に地響きにも似た音が届いたのは、昼の最中。


 最近は汗ばむような日差しの太陽が、真上に達した頃合いだった。


(掛ったか……)


 兵士達の訓練を少し離れた所で椅子に座って見ていた私目掛けて、数多の殺意が向けられているのを感じる。


 そして、百程の騎馬の軍勢が真っ直ぐに駆けて来るのが見えた時には、コーデリア殿が下知を飛ばしていた。


「みんな! ベルちゃんを守るよ! アタシに続け!!」


 ……気が抜ける。


 そう感じたのは私だけの様で、兵士は口々にベルちゃんを守るぞと叫んでいた。


 あれで士気上がんのか?


 騎馬が通れるルートは限定されている場所なので、突貫して来る騎馬を遮る様にコーデリア隊はその進路を塞ぎ……戦いが始まる。


 コーデリア殿が飛び上がり剣を振えば、一撃で先頭付近の騎兵が崩れ落ちた。


 主亡くした馬を御したコーデリア殿を切りつけたのは、上等な、それでいてあまりこの辺りでは見ない意匠の黒鎧を纏った小柄な騎兵だ。


 あれが、アーリー将軍か。


 アーリー将軍の脇に現れた褐色の肌の老人が曲刀を振い、馬上でアーリー将軍と鍔迫り合いをするコーデリア殿に襲い掛からんとするが、それを防いだのは詩人剣士マークイの剣だ。


 そして、ドランの戦槌が追い打ちで振るわれたが、曲刀使いの老人は軽い身のこなしでそれを避けた。


 あと一人、魔術師が居た筈だと、混戦を見渡すと配下の兵士に守られた魔術師が、同じく兵士に守られたアンジェリカ殿と対峙していた。


 三百の歩兵と百の騎兵、突貫力があるのは騎兵だが、その鼻っ面は既に叩かれて混戦に巻き込まれた。


 騎兵の魅力である破壊力は、突進を阻まれ混戦に巻き込まれ手足を止めた時点で殺されている。


 要のアーリー将軍やその側近たちはコーデリア殿やその一行が抑えている。


 どうにかなったなと、息を吐き出した瞬間に、遠くで馬のいななきが聞こえた。



 途端に私はゾッとした。


 音が聞こえた方は、険しい起伏の岩場。


 そこに影が見えず、まさかと崖の上を見上げれば……私の右目は六騎の騎兵が崖の上に佇んでいる姿を漸く捉える。


 あの鎧の色は……カルーザス配下の深緑重騎兵隊!


 そして、その中から一騎、淀みなく馬を駆り崖を降りてきたのは……アレは、カルーザス!!


「お前ならばこうすると思っていたぞ、ベルシス!」

「カルーザスっ!!」


 私の策はカルーザスには見破られていた! 遅れて五騎が崖を下りだした時には、大地に降り立ったカルーザスが、私目掛けて馬を駆っていた。


 そして、私が逃げる間もなく距離は瞬く間に削られ、カルーザスは愛用の剣を振り上げた。


 私も、ここで死んでなる物かとがむしゃらに持っていた将軍杖を振り上げた。


「ベルちゃんっ!!!」


 コーデリア殿の叫びを掻き消したのは、打ち合い鳴り響く金属音と、一瞬で散った火花だった。


 驚愕しながら走り抜けたカルーザスが、馬首を翻して叫んだ。


「腕を上げたな、ベルシス!」


 私がカルーザスの一撃を防げるわけがない。


 で、あれば、手を抜いたのかと私は怒り覚えて、自分でも驚く位に吼えた。


「アレが本気であった等とほざくなよ、カルーザス! 私が真に障害足り得ると言うのであれば、全力で来い!!」


 紛いものの将軍杖には亀裂が走っているのにもかかわらず、私はそう叫ぶ。


「本気だったとも! 三か月前のお前ならば倒せていた! ……だが、次は……っ!」


 再び迫ろうとしたカルーザスは、再び驚愕の相を浮かべて、馬首を翻す。


 と、私の目の前に、降って来た影があった。


 動きやすいように結わえられていた金色の髪は、激しい運動で解れ、私よりも低いながら頼もしい背には、朱がこびり付く。


「……やらせる物か……っ!」


 気迫のこもった叫びに無駄のない構え。カルーザスのみならず、迫って来ていた残り五騎にも鋭い視線を送り牽制するその姿は、歴戦の戦士のそれだった。


 コーデリア殿だ。


 幾ら視界に収まる距離であるとは言え、一瞬でここまで来たのか? そう驚いていると、カルーザスはあぶみより足を外し、剣を収めた。


「勇者殿とお見受けする。ゾス帝国を代表し、魔王との和平を結んでいただき感謝いたす……。貴方の顔を立て、一度だけ退きましょう」

「カルーザス様、宜しいので?」

「今討たねばベルシス卿は大いなる禍根になると……」

「確かに、我が友ベルシスは恐るべき敵となるだろう。それでも、魔族との戦いを収めた方に対する敬意を払わぬはゾス帝国人の恥。それに、勇者殿相手に、この人数で勝てる算段は持っていない」


 カルーザスはそう告げやれば、来た時同様に疾風の様に馬を走らせて去っていく。


 残り五騎の騎兵たちは一瞬顔を見合わせた様だった。


 どいつもこいつも、槍と剣、それに弓の名手だ。


 下手したらアーリー将軍の率いた百の騎兵より、この五騎を相手にした方が厄介な場合もあるほどの手練。


 だが、それだけに彼等は敬愛するカルーザスの言葉に従い、やはり風の様に去っていった。


 助かった……そう思うと一気に気が抜けた。


 そうだ! アーリー将軍は?! そう思い、其方を見やれば、アーリー将軍達は捕縛されている所だった。


 当初の予定は達成した訳だ、改めて頼もしい背中に視線を移して声を掛けた。


「ありがとう……コーちゃん」

「……無事で、良かったよ……ベルちゃん」


 少し、違和感のある喋り方で振り向きながらそう告げたコーデリア殿は、私の顔を見て微笑むとその場でゆっくりと崩れ落ちた。


 脇腹から、真っ赤な血を流して。


「コーちゃん? コーちゃん!?」


 まだ陽が高く昇っているのに、私は周囲が暗くなったかのような錯覚を覚えながら彼女の温かい体を抱き寄せて、懸命にその名を呼んだ。

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