第13話 時間

 ロガの地と帝都は然程離れていない。


 そうでなければ、いかに神官と魔術師が搭乗し、回復と強化を馬に施したとて、重い客車を引っ張る馬車が二日でたどり着ける訳がないのだ。


 通常の馬車ならば四日でたどり着くだろうが、魔術的な強化を施した早馬ならば一日半と言った距離。


 馬車が二日で付けたのは、回復と強化を施した者達がそれだけ優秀であったと言う事だろう。


 まあ、随分と近くで反乱騒ぎを起こしたものだが、何と言うか、なし崩し的にそんな状況に陥ったので、よくよく考えている暇など無かったのである。


 だから、落ち着いて考えてみると、一連の帝国の動きには色々と奇妙な点が見えてくる。



 衝撃的と言うか、来るべきと言うか、メルディスの報告を受けた私は、相変わらず茶の席で、三勇者と魔族二人相手に話を続けていた。


 現状の認識が間違っていないか、整合性が取れているのかの確認の為だ。


「奇妙な点か、確かに俺も気になっている点が幾つかあるな」


 説明せずともリウシス殿は何かを察したようである。


 それを値踏みするような視線でメルディスはリウシス殿を見ている。


 直に会うのは初めてなのかな、勇者と影魔は。


「一つは、あまりに速い進軍。進軍速度自体は遅かったがな」

「まずはそれだな。もし、謁見の間の出来事が突発的な出来事であり、私の離反が唐突であれば、後任を決めて、軍団を編成するのがいくら何でも早すぎる。二日、私達は馬車でロガの地に来るだけの時間で、彼等は八万の兵士達と大型獣を組み込んだ軍団を編成している? あり得ないね」


 及第点と言いたげに頷いているメルディス。


 魔族と勇者は直接戦ってきた間柄だからな、思う所もあるのだろう。


 ――それを言えばゾス帝国も変わらんはずだが。


 私達の言葉の驚きを示したのはシグリッド殿だった。


「つまり、あの一件は仕組まれていたと? 何時から……」

「三勇者が魔王城に乗り込み、魔王と和平を結んだと魔道伝達が来た時からだろう。謁見の間の出来事の約二か月前の事だな」


 魔族の領域は流石に遠い、早馬を乗り継いで1カ月と少しと言う所か。


 それでも同じ大陸に在り、海を越えないだけ短い旅程と言えるが。


 三勇者凱旋の日は公式な皇帝の公務なので、三勇者が帝都に戻られてから日程が組まれた。


 つまり、何かを画策する時間は十分にある。


「ロガ領の主、ヴェリエ殿とわしが連絡を取り合うようになったのもその頃から。見目麗しい女性が多いと言う勇者一行を目にして、今の馬鹿皇帝がどんな反応を示すのかは……察しが付くじゃろ?」


 ロスカーンの性格を知る者ならば、そう思うものだったらしい。


「皇帝についてよく知っているな」

「将軍は先帝への忠誠があつい故、そこまで考えない様にしていたのだろう。どんな馬鹿でも先帝の血筋とな」


 メルディスは痛い所を平然と突いて来る。


 確かにその節はあった。


 何だかんだとカルーザス投獄は免れたし、頭の一つも殴れば正気付くんじゃないか、なんて考えた事は百を下らない程だ。


 つまり、無意識化に私はロスカーンが正気を失っているのではないかと考えていたわけだ。


 実際は、素面しらふであの状態だった訳だけれども。


 そうでなければ意見など口にしなかっただろう、暗君相手に何を言っても無駄と黙って離れれば良いのだから。


「私の甘さが招いた事態でもあるか」

「それは考えすぎではないか、ロガ将軍。将軍の思いは、情ある者ならば、ある種当然と言える」


 私の言葉にシグリッド殿がフォローの言葉を投げかけた。


 彼女も主君がある身、共感でも覚えて貰ったのだろうか。


 彼女の主であるカナトスの王ローランは、ロスカーンと比べるべくもない、機知にとんだ若者だが。


 ともあれ、如何やらあの騒動は事前に計画されていたものと考えた方が良さそうだ。


 良く良く考えてみれば、何故食堂で晩餐の準備を仕切っていた私に、兵士が謁見の間の出来事を伝えに来たのか。


 誰かがロガ将軍に知らせろと命じたのではないか?


 あそこに居たのは、ロスカーンの取り巻きばかりであると言うのに、態々。


「ロガ将軍の追放、アーリー将軍の着任、そして追放将軍の生まれた地を攻め取り功績を上げるアーリー将軍と言う絵図を誰かが書いたと儂は思う」

「……エルーハか」


 ロガ領の事を教えたのはエルーハだ。


 そうであれば、私がロガ領に赴き、戦わざる得ない事を彼女ならば理解していただろう。


 だが……。


「そうかなぁ。アタシ思うんだけど、あの竜人のお姉さんは単なるおせっかいだったと思うよ」


 暫く黙っていたコーデリア殿が、首を傾げながら告げた。


 それは確証の無い印象論に過ぎないが、私もその言葉には内心同意したし、何よりホッともした。


 我が友、カルーザスは帝国を裏切る事は無いのと同じく、私を裏切るとは思えないからだ。


 互いの進む道を違えて、戦場で決着を付けるのならばあり得るだろうが、敢えて私や勇者殿を罠に嵌めるとは思えない。


 カルーザスが許可せねば、エルーハとて行動を移せるはずがない。


「感情論じゃな、と切って捨てたいところだが……中々鋭い小娘だ。儂が思うにロガ将軍と三勇者がロガ領に居たこと自体が予想外だったのではないかな? 欲しいのはロガ将軍の首と言う銅貨一枚にもならぬモノではなく、商業栄えるロガの地」


 確証はないがとメルディスは付け加えた。


 これには少し驚いた、メルディスは確証の無い事は喋らない傾向にある事を知っているからだ。


「メルディスも、考えとか口にするのね。でも、一応将軍の首には報奨金が付いてるんじゃ?」


 それはフィスルも同様だったのか、驚いたように口を挟んだが、直ぐに真顔で話を混ぜ返した。



 結局、アーリー将軍の電撃的進軍は、事前に準備をしての進軍であったが、今度の三将軍の場合は、準備から始める必要がある。


 軍団規模にもよるが任地から彼等を呼び戻して、軍団を編成するには数か月は掛かるだろう。


 何せ、帝国の領土は異大陸にも及んでいるのだ。


 八大将軍の任地も、大陸内であったり異大陸であったりとバラバラである。

 

 そう言う意味でも、私が帝都に居る時に謁見の間の事件が起きた事も怪しいと言わざる得ない。


 半年前まで、カナギシュ族と国境を接する前線に居た訳だし。


 さて、話し合いも一段落つき、お茶会もお開きにしようかと言う段になり、何処か思いつめたようなコーデリア殿が口を開く。


「あのさ、そのね、ベルちゃんとメルちゃんはどのくらい付き合い長いの?」

「っ! ベルちゃん!? ずるいぞ、将軍! 儂もそう呼ばせるべきでは!」


 狐耳をピンと伸ばしながらメルディスが食い付いてきた。


 ……ああ、変なスイッチ入りやがった。


「先帝がお隠れになる直前だったから七年程前か?」


 私はメルディスの言葉を意図的に無視して答えを返す。


「結構長いんだね」


 そりゃ、それなりに。


 しかし、コーデリア殿の言葉にも幾分、棘が含まれている気がするのは気のせいか? 気のせいだな。ああ、気のせいだとも。


「なんじゃ、勇者の小娘。儂と将軍の仲が気になるのか? 儂は将軍が好きで、将軍も儂を好いておる」


 ねぇ、さっきから言いたいんだけどさ。


 何で私の心まで確定事項で話しているの?


「ええー。そうかなぁ。さっき、出たとか言ってたし」

「それは無論照れ隠しじゃ」

「照れてると言うより、苦手意識持たれてない?」

「そんな訳はない。将軍との仲を嫉妬するとは、勇者の小娘は器が小さいぞ」

「えー、じゃあ、何て呼ばれてる? アタシはコーちゃんって呼ばれてるよ」

「なんじゃとっ!」


 等と、唐突に始まったコーデリア殿とメルディスの口論とも言えない、じゃれ合いの様な掛け合いを眉根を寄せて無視をして、残り二人の勇者と魔族のフィスルに告げる。


「残って貰えるのであれば、勇者殿には軍を率いる算段を覚えて頂きたい」


 掛け合いを続ける二人からの視線に極力気付かないふりをしながら、私はそう言い切った。


 この先、どうなるかは分からないが兵が増える可能性もある。


 将と呼べる人材の確保が第一だが、見込み在りそうなものを育て上げもしなくては。


 数か月あるか無いかの時間で何処まで育つかは不明だが、やれる事はやるしかない。


 メルディスがメルちゃんと呼べとか私に言っている風に聞こえたが気のせいと言う事にして、私はシグリッド殿とリウシス殿を見据えて頼むと頭を下げた。

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