第12話 帝国の動向

 カナギシュ族が私に派遣した騎兵部隊は、ウォランとアネスタを含めた二千騎。


 族長のファマルはまだ参戦できないとの事で、あの場所で語り合った後に帰った。


 カナギシュ族もいろいろと問題を抱えているからだ。


 さて、そんな訳で騎兵の拡充に難なく成功と言うか、向こうからやってきた訳なのだが……問題もある。


 ロガ領の兵士は現状一万三千弱、その内、騎兵は千五百だ。


 それがカナギシュ族の合流により三千五百と、大幅に増加した。


 兵力の増加は嬉しいが、補給やその他の編成を考えないといけない。


 また、カナギシュ族の騎兵と帝国騎兵は同じようには扱えない為、自ずと戦い方が変わってくる。



 帝国騎兵の特徴は、その突撃能力に在った。


 魔道兵が攻性魔術を放つ前に接敵できるし、その速度に乗った一撃は歩兵や弓兵すら蹂躙する。


 その一方で、方陣を組んで槍を構える歩兵の集団は苦手としている。


 だが、カナギシュ族は馬と共に生きている一族、故に彼等は馬を走らせながらも矢を放つ事が出来る。


 嘗ては、くらあぶみも必要なく馬に乗れていたらしい。


 そんな彼等の馬術は尋常ではなく、軽妙に動き矢を射かける機動戦力が物を言う。


 そして、軽装である事で帝国騎兵よりも尚早く戦場を駆けるのだ。


 だから、彼等は攻撃のみならず戦場のかく乱や情報伝達にも一役買ってくれる。


 敵対すると面倒だが、味方となると頼もしい。


 だからと言って、帝国騎兵に使い道が無くなったと考える者は居ない。


 敵陣の破壊には、攻性魔術と帝国騎兵が特化しているのだ。

 

 だから、私がやる事は、帝国騎兵とカナギシュ騎兵の特性を見極め、変わりゆく戦況を判断して、指示を出す事だ。


 うん、胃が痛いぞっ!


 合計一万五千の命を預かるようになったわけだからなっ!


 ……あ、馬の餌どうしよう……。



 課題は多々あったので、叔父一家のゴタゴタのは、あまり口を挟む機会が無かった。

 

 と言うか、口を挟む心算が無い。


 家族間の事を良く知らずに口を挟むべきではない。


 とは言え、あんまりにも関係がこじれる様なら挟まざる得ないんだろうけれど。


 そう、一緒に茶を飲んでいる面々に伝えると太った勇者殿が口を開いた、無論、リウシス殿だ。


「家族ってのは色々あるもんだ。しかし、不思議なのが、騎馬民族に嫁いだ将軍の従妹はまるで実の妹の様な物言いをしているな、息子に伯父さんと呼ばせている所とか。ガラルも将軍のみは兄貴呼ばわりだし」


 それな。


 アネスタがそんな感じなのは意外だったが、特に気にはならない。


 従兄弟の中では私が一番の年上だから、遊びとか仕切っていた事が影響していたのだろう。


 問題はガラルだ、女の様に喋っていたかと思えば、私を呼ぶ時だけ野太い声で『兄貴』な物だから、全く慣れん。


 でも、これにもアネスタと同じ理由だからなぁ。


「従兄弟達の中では私が一番年上だからか、それなりに面倒は見ていた心算だ。その為かあにぃにぃだ、兄貴だと呼ばれているよ」

「結構な事だ。実の兄弟でも上手く行かないなんてザラだからな」


 そう告げて、笑う黒髪の勇者の顔には、何処か寂しさの様な物が見えた。


 如何やら先程の、家族ってのは色々あるもんだ、は実体験からの言葉か。


「それで、どうして我らをお茶に?」


 何かを察したのかシグリッド殿が話題を変えた。


 コーデリア殿はいつもと変わらずにこにことお茶を飲んでいる。


「三勇者殿は帝国の内紛に巻き込まれた形だ。帝都でのことを貸しと思った事は無いが、先程の戦いで貸しが在ったとしても返して貰った。これ以上ここに居ては、更なる戦火に巻き込まれるだろう。だから」

「アタシは残るよ。住んでた村は焼けちゃったしさ」


 会話の途中でコーデリア殿が口を挟んだ。


 いつもの様な飾りっ気のない言葉に思えたが、その内容は重い。


「俺の家は焼けては無いが、戻るつもりはない。見てくれはこれだが、十分な戦働きはできるぜ」


 リウシス殿が続く。


 いや、リウシス殿が凄まじく動けるデブなのは知っているし。


「将軍、私がカナトスに戻れるとお思いか?」


 最後にシグリッド殿が口を開いた。


 その一言にハッとする。


「あ、いや、そうだったな。戻れば国に迷惑が掛かる……か」

「そう言う事だ。私が戻れば、あの皇帝が……いや、皇妃ギザイアが再び帝国軍を攻め入らせるだろう。過去の目障りな記憶を消し去る為に。そう言う訳で口実を与えぬためにも帰れんのさ」

 

 それぞれに事情があるのだなと知れば、今更ながらに彼等もこの地に生きる人間なのだと思う。


 個の能力がいかに優れていても一人の人間なのだと、私は肝に銘じなければ。


 そんな密かな決意が終わるか否かの所で、魔族のフィスルが、――勇者一行に加わり降伏の使者として帝都に赴いて騒動に巻き込まれた彼女が、今一人の未だ口を開かぬ存在を影の様に従えてやって来た。


「メルディスが帰って来るよ」

「影魔のメルディス殿が?」

「帝都も、ちょっと危なくなって来たからって」


 何だか、あんまり嬉しくない報告を持ってきそうだな……。


「それでは、帝都から馬車を走らせれば」

「帝都出たのが三日前だから」

「……ええと、それは君が報告を忘れてたのかい?」

「違うよ、ついさっき魔道伝達で来たの。奇襲の基本だからって」


 ああ、攻める直前に宣戦布告みたいな? ……って、そんな訳あるか!


 普通、帝都を出る前に連絡を……と、そこまで考えて気付く。


 ロガ領内にスパイがいることを懸念しているのか? と。


 そりゃ居るだろうが、帝都を出る事すら漏れないように、細心の注意を払う必要性があると言う事は、メルディスは私や伯母の近くにスパイがいると踏んでいる?


 確かにバタバタしていて、その辺の確認と言うか、見張りは疎かだった気がするが……。


 余程深刻な顔でもしたのか、皆が緊張したように感じるが、フィスルのみが小さく笑って付け加えた。


「直前に言わないと、ロガ将軍が逃げちゃうかもしれないからって」


 その言葉を聞いて、一瞬ポカンとしてアホ面を晒した事だろう。


 ……ああ……そう言えば、そんな女だったな、メルディス。


 ハニートラップに引っ掛かりかけた時も、散々からかわれた記憶が蘇る。


 狐耳をピコピコさせながら、にんまりと笑みを浮かべて、キセルを咥えた姿が思い出された。


 あの時は、危うく情報を漏らす所だった……。


 外交の鉄則を思い出さねば危なかった。『好みの異性(同性でも可)が理由も無く近づいてきたらそれはハニトラ!』と言う鉄則を、な!


 くそ、こっちは素人童貞だと言うのに、なんて悪辣な!


「将軍、メルディスと仲悪い?」


 私の心中を何やら察したフィスルが問いかけると同時に、バンッと音が鳴り響く。


「違う! わしは将軍が好きで、将軍も儂が好きだ!」

「うわっ! 出た!」


 音の方を見るまでも無く、扉を開け放って影魔のメルディスがトチ狂った事を叫んでいた。


 金色の獣毛に覆われた尖った狐耳をピンと立て、整った顔立ちを彩るのは、あの笑み。


 白い肌と対極をなす様な黒い服を纏う姿は美しくも、威圧的ですらある。


「……なるほど」


 この短いやり取りで何かを察したらしいリウシス殿が、カップを私に軽く掲げながら言った。


「お疲れ様」


 その、うん、憐れむような者を見る目で私を見るのは止めて。


 そんな事を考える間もなく、メルディスはツカツカとこちらにやって来て。


「愛の語らいは後にして、本題から入る。アーリー将軍が軍団を立て直している最中だが、皇帝がしびれを切らして三人の将軍にロガ領侵攻を命じた」

「……流言が逆効果を生んだか、か」


 アーリー将軍に決戦を挑んでもらうために、帝都で流言をばら撒いたが、それが裏目に出たか。


 嘆息を零しながらメルディスの青い瞳を見やり、問いかける。


「三人の将軍の名前は?」

「第一陣をテンウ将軍、第二陣をパルド将軍が率いる。かなめの第三陣をセスティー将軍がそれぞれ指揮を」

「――嫌な布陣だが、カルーザスが居ないだけマシか」

「カルーザス卿の動きは掴めなかった、逆に竜人の魔女エルーハに出し抜かれて危うく捕まる所だった」


 エルーハ、親友カルーザスの教育係の竜人。


 魔女と名高い彼女は戦闘能力も高いが奸智に長けている。


 そんなこんなと情報の交換を始めた私とメルディスを見て、フィスルが一言呟くように言った。


「なんだかんだで似た者同士ね」


 と。

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